四:異変の始まり
夜の森、いつもの修行場となっている泉の前には、私の他に2つの影があった。
「にいさま、今日はどんな術を教えてくれるのですか?」
「うっし、今日こそ100数える以上保たせるぞ!」
我が妹タマモに、フェイだ。去年まで一人で行っていた夜の修業だが、今はこの二人が加わっている。
私としてはずっと一人で続けるつもりだったのだが、まず私が夜抜け出すことをタマモに気付かれ、なし崩し的に連れて行く事になり、その後しばらくして今度はフェイに気付かれこちらもなし崩し的に同行するようになったためだった。
まぁタマモに関しては、よく考えたら普段から同じベッドで寝てるのでいずれ気付かれるのは当然だったのだが。
ならば別々の部屋で眠ればいいだろうと思うだろうが、確かにはじめは別々の部屋で眠るようにしようとしたのだ。
だが気がつけばいつの間にかベッドに潜り込んできており、それを咎めると『駄目ですか?にいさま・・・』などと上目使いに寂しそうな顔でねだられてしまうのだ。基本タマモに対してだだ甘な私に断るという選択肢など取れる訳がなかろう。
両親にも相談した所、持ち回りで自分たちとも一緒に寝ることを条件に許可が出てしまった。と言うか同じくタマモに対してだだ甘な両親的にはそちらのほうがメインだろう。
まぁ、一週間の内一番タマモと一緒の布団で眠る回数が多いのは私だがな!これは譲れん。
・・・と、話がずれたがそんな理由で、一緒に行きたいとねだるタマモに、ついでだからと少し陰陽術を仕込んでみることにしたのだ。
タマモには私が特殊な魔術、というか陰陽術を使うことは見られているし、いずれは広めていく予定の技術ではあるのだから、まずは身内からという訳だ。
そしてフェイは、持ち前の野生の勘なのか、何故かそんな私たちに気づいて後をつけてきたのだ。
隠形の術は使っていたはずなのだが、タマモが居たからか少し精度が甘かったのかもしれない。仮にそうだとしても常人では絶対知覚できないレベルなのだが一体どうやって私達を見つけたのか・・・
そして陰陽術の修業をする私とタマモを見つけ、修行なら自分も混ぜろと言う話になり、まぁフェイにも私が使う術が普通の魔術ではないと気づかれかけていたので、そのまま修行に混ぜることになったのだ。
とは言えフェイは剣士志望らしく、残念ながら陰陽道には興味を示してくれなかった。が、その前段階を応用した技術である練気法のほうは非常に興味があるということで、今はその修業を行っている。
実際この技術は使いこなせるようになれば普通の身体強化の魔術などより遥かに高い効果を発揮できるのだ、剣士にとってはかなりのアドバンテージになる。
そんな訳で試しに教えてみたところ、以外な物覚えの良さを発揮し、すでに中々の量の霊気を練ることが出来るようになっていた。
全身を強化できる時間ももうそろそろ100秒を越えそうだ。かつての私の弟子たちが同じ年頃だった頃は、50数える間続けるのがやっとだったことを考えれば、フェイの習得スピードは驚異的ですらある。
「そうだな・・・タマモは五行相生術は、もう全部教えたんだっけ?」
タマモに新しく教える術を何にするか考える。
フェイに関しては後は自分で修行を積むしかないない領域なので、とりあえず放っておくことにする。
とういうか本来ならすでに一緒に修業をする必要はなかったりするのだ。フェイにとってこの場にいるのは、練気法がまだ一般的な技術ではないため隠れて修業をするためという理由しかない。
けれど他の時間や場所でやらないのは、なんだかんだで自分だけ仲間はずれにされるのが嫌だからだろう。
所々そういう気持ちが態度に出ていたりするのだが、本人はそれに気づかれていないと思っているようで、
『俺が見てないと、二人共どんな危なっかしい修行始めるかわかんないしな!』
などと言って何だかんだ付いてくるのだ。なら仲間はずれにするのも可哀想だ。
「えっと、土生金、金生水、水生木までは・・・」
「ふむ、となると・・・」
残っているのは木生火、そして火生土。両方とも火行が関わる術だ。
(火行か・・・)
確かタマモの生家は盗賊に燃やされたという話だったが、大丈夫だろうか。あれから1年は経ったとはいえ、逆に言えばたった一年だ。火がトラウマとして残っていても不思議ではない。
一応料理はできるようだし、かまどの火位なら大丈夫ではあるのだろうが・・・
「タマモ、無理に・・・」
「大丈夫ですにいさま、わたし、がんばります!」
そんな私の心配を見越してか、笑顔を向けてくるタマモ。だがその笑顔が少しぎこちないところを見ると、やはり多少不安に思っているのだろう。
「・・・ああ、じゃあ術式を説明するぞ」
本来ならば今無理に覚える必要はない。だが、五行相生術は一巡してようやく完成なのだ。これを起点にした儀式なども多いし、いずれは全て覚えなければならない基礎中の基礎でもある。
ならば折角タマモが勇気を振り絞ってくれたのだ、ここはそれに答えるべきだろう。
そうしてタマモに術式の組み立て方、霊気の流し方などを説明していく。ちなみにタマモはこの術式の組み立てという物が、素晴らしく速い上に上手い。
元々頭が良い方であるらしい事と、やはり適正があったのだろう、私も驚くほどの速さで次々と術を習得している。
惜しむらくは練ることが出来る霊気の量が少ないことだが、これは修行次第でまだ伸ばせるし、少ないなら少ないで、無駄を削ったり精度を高めるなど、それを補う方法は色々とある。
タマモの能力なら恐らくそれが出来るだろうし、そもそもタマモに魔物を倒せるような強力な戦闘用の術を教えるつもりはあまりない。自衛用に多少は教えているが、そもそも私が守れば危険な目に合うこともないのだし。
今のところはタマモには遁甲などの占術や地相の見方、それに伴う儀式などを中心に教えていく予定だ。何も化け物退治だけが陰陽道ではないのだから。
まぁ、占星術に関してはそもそも星の並びが違うためまだ研究の途中なのだが。
「よし・・・じゃあ、いきます」
術式の説明を終えて、とうとう実践に入る。やはり緊張しているのか、タマモの表情はやや硬い。
「・・・木生火!」
私が水生木の術によって生み出した若木に、タマモが術式をかける。すると若木は一気に燃え上がり、その火はどんどん大きくなり、やがて大きな火柱となり・・・
「・・・っ、水剋火!」
これ以上大きくなると危険と判断した私は、五行相克術でタマモの生み出した炎を消滅させる。
「ご、ごめんなさいにいさま!あんなに大きくなるなんて思わなくて・・・」
タマモも思わぬ結果に戸惑っているようだった。確かに、今までは発動した術があんなに大きくなったことはなかったのだ、焦りもするだろう。
「いや、こちらこそすまない、タマモの魔術的性を確認しなかった私のミスだ・・・」
「魔術適正・・・ですか?」
「ああ、私も始めは驚いたよ・・・」
そう、この五行相生術だが、この世界では使う術により術者の魔術的性が多少反映されてしまうようなのだ。
本来なら等価交換で生まれるはずの術が、適正を持つ属性だけ勝手に強化されてしまうのだ。そのため最初から意識して術式をセーブしなければならない。
どうやら、原因はやはり周囲の強すぎる陽の気のせいらしいが、思わぬ副作用があったものだ。
「普通の魔術を教えたことがなかったから気づかなかったけど、どうやらタマモは火属性に適性があるらしいね。火属性なら火行、水属性なら水行、あとは試したわけじゃないから予想だけど、多分地属性なら土行に影響が出るんじゃないかな」
五大元素と五行は対応している部分があるため、恐らくそういうことだろう。この世界の魔術と陰陽術は別物であるし、あまり関係がないと思っていたが、こういう影響もある以上やはりどこかできちんと学ぶ必要がある。
「とにかく、術式を普段より意識してセーブすれば問題はないから、もう一度やってみようか」
「は、はい、にいさま・・・木生火!」
すると今度は丁度木と同じ大きさくらいの炎を上げ、若木は徐々に燃え尽きていく。どうやら一度でちゃんとコツを掴んだらしい。
「よし、凄いぞタマモ!一度で成功させるなんて流石じゃないか!」
「に、にいさま・・・えへへ、つ、次の術も頑張りますです!」
褒められたことで少し顔を赤くしたタマモが、さらにやる気を見せる。うむ、そんなにやる気を見せてくれるならにいさまも頑張って教えちゃうぞ!
こうしてタマモは結局その日のうちに火生土の術も覚え、一週間後には、五行相生を一巡させ、完全に使いこなせるようになっていた――
「セイ、タマモ、少し話がある」
ある日の朝食後、何時も通り森へ向かおうとした所、父からそう止められた。
「はい、何でしょうか父様」
「ふたりとも、暫くの間森に近づかないようにしなさい」
「何故ですか?今まで特に何も起きなかったはずですが・・・」
あの森には魔物は居ないのだし、特に危険はないという見解だったはずだ。まぁ魔物が居ないというか、正確には理由があって近づかないだけなのだが・・・
「ああ、それなんだが、近くで討伐された盗賊団の残党があの森に逃げ込んだって噂があってな・・・一応俺や道場の者で山狩りはするが、安全が確認できるまでは待ってて欲しい」
「なるほど・・・そういうことでしたか・・・」
「ああ、タマモもわかったな?」
「はい、ととさま」
事情はわかったが、これは少し困った事になった。
山狩りにどのくらいの帰還がかかるかは分からないが、森の広さから考えて1日や2日で終わる内容ではないだろう。その間の修行をどうするかという問題があるのだ。
(これは、昼の間の瞑想は諦めるしか無いか・・・)
幸いここ数年続けてきた瞑想の結果、圧縮し体に留めておける霊気の量は、もはや晴明や春秋時代よりも
多い。そちらに関してはもう以前ほど重視しなくてもとりあえずは大丈夫だろう。
問題は夜どこで修業をするかだが・・・
(この際だし、いい機会だと思って後回しにしてた占星術の研究でもするか・・・)
本当は学院に進学した後もっと資料を集めてからにしようと思っていたが、初歩の内容ならばこの村でも出来るだろう。これもいい機会だと思うことにしよう。
「それじゃあ今日は、道場の方に顔を出すことにします」
「にいさま、私も一緒に行きます」
どうやら今日はタマモも一緒に来るらしい。母曰く、門下生達が山狩りで出払っているため患者が少ないらしく、しばらくは手伝いが居なくてもなんとかなるらしい。
そのため、たまには治癒院だけではなくいろいろな場所へ行ってみると良いと、そういう話になったらしい。
「じゃあ一緒に行こうか、タマモ」
「はい、にいさま!」
嬉しそうに笑うタマモと手をつなぎながら、今日は一緒に道場に行くことにした。
「・・・で、こうなったと」
「・・・うん、まさかこんなことになるとは流石に予想できなかった」
目の前には、動けなくなるほど消耗し、死屍累々となった門下生達と、その中でまだ楽しそうな顔で模擬試合を続けるタマモの姿があった。
きっかけは些細な事だった。珍しく道場に来たタマモの姿を見つけた門下生の少年達が、折角だからタマモも参加してみないかと持ちかけたのだ。
剣のことなら自分達が教えてやるから安心しろと、半ば強引にそのまま引き込んでしまった。恐らくタマモの気を引きたくての行動だろうが、残念ながら少年達は地雷を踏んでしまった。
「あんな得体のしれない兄貴と遊ぶより、自分たちと居たほうが楽しいだろう」
確かに、普段の私は森に引きこもるか本を読んでいるだけで、あまり同じ年頃の子どもたちと接点はなかった。
唯一の例外は家が近所のフェイ位だろう。道場に来てもフェイ以外と手合わせをすることがあるとしたら、実力的にそ皆年上の人間とばかりだったし、子ども達とはあまり会話すらした記憶が無い。
それでいて時たま妙な発明をしたり、その上幼いながらもう魔術が使えるというのだから、これでは得体が知れない扱いされても仕方がないだろう。
「そんなことありません!にいさまはすごい人です!訂正してください!」
しかしタマモにとっては私をけなされることは許せないことだったらしく、珍しく怒気をはらんだ声で少年達の方を睨み返していた。
良いんだタマモ、私のためにそんなに怒ってくれただけでにいさまは十分だから、折角の可愛い顔をそんなに歪めないでおくれ・・・
「な、なんだよ!別にあんな奴かばわなくたっていいじゃねーか!」「そうだそうだ!」
などと私がタマモの優しさに心打たれている間にも少年達の方は引っ込みがつかなくなったのか、そうタマモに詰め寄ってきた。おう、ガキ共、ウチの可愛い妹に何か文句があるってぇのか・・・?
「おい、お前ら・・・」
フェイも流石に肝にすえかねたのか、少年たちの方に向かおうとする、しかし、それは他ならぬタマモ自身の手で止められた。
「フェイさんは引っ込んでてくださいです、これはタマモの問題ですから」
「え、お、おぅ・・・」
めったに見ない怒ったタマモの迫力に、思わず引いてしまうフェイ。うむ、今のはにいさまもちょと怖かったぞタマモ、可愛いから許すけど。
「良いでしょう、そんなに剣の稽古がしたいならタマモが相手になります。かかってくると良いのです」
タマモはそう言って近くに落ちていた竹刀を構え、少年たちに向ける。
しかし少年たちは困惑して動けないでいた。当然だろう、最初は気を引くために剣を教えてやるなんて言ってたのが、いつの間にかその相手から剣を向けられてかかってこいなどと言われているのだ。どうしてこうなったのか。
「かかってこないのですか?やっぱりみんなにいさまと比べたら大したことないのですね」
そう言って相手を挑発するタマモ。なんだろう、ちょっとイキイキしてる気がするのは気のせいだろうか?
「なっ、良いぜやってやらぁ!怪我して泣いてもしらねぇからな!」
流石に自分と同じかそれより小さな女の子にバカにされたとあってはプライド的なものが傷つくのか、一人の少年が竹刀を手にタマモに向かっていく。おい貴様本気か?タマモに手を出そうってんなら・・・
「お、落ち着けセイ!タマモちゃんなら大丈夫だってお前なら知ってるだろう?」
『おりゃああ!・・・え?痛っ!ちょっ!?』
まぁそうなのだが、やはり兄としては可愛い妹に向かってくる輩が居るというだけで、落ち着かないというか。
「もう終わりなのですか?次は誰がかかってくるのです?」
目の前で最初の一人が瞬殺されて伸されている姿を見ても、やはり心配は尽きないのだった。
そこからは一方的な展開で、挑発に乗った何人かがまたタマモに向かっていき、それをまたタマモが軽くいなし、自分より小さな女の子に負けるということが認められずまた向かって行きと続き、最終的に最後の一人になるまでタマモと戦い続けていた。その結果先程のような状態になっていたのだ。
「はぁ、しかしわかってはいたけど、やっぱ凄いな獣人種の身体能力ってのは」
「おまけに練気法もフェイ以上の練度だし、まぁ子供が勝てる訳はないよな・・・」
そう、獣人種というのは普通の人間種やエルフなどよりも、身体能力が遥かに高いのだ。
それは子供の頃から同じで、恐らく私もフェイも練気法を使わない状態では勝てないだろう。剣の技術自体は殆ど無いに等しいが、それを補って余りある身体能力を持っているのだ。
おまけにタマモは陰陽道を学ぶ過程で練気法ももちろん身につけており、発動中の身体能力は、恐らく普通の成人男性以上だ。
しかも長時間発動するのではなく、発動を攻撃の瞬間のみに絞り長時間使用するという高度な使い方までやってのけていた。私はそんな使い方など教えていないので、これは天性の才能というやつなのだろう。
戦いの才能という意味でこそフェイには劣るが、それでも獣人の身体能力というそれを補って余りあるアドバンテージが有る。6歳の今ですらこれなのだ、成長したら一体どうなってしまうのか。
ちなみに一応護身術という名目で夜の修行中に私とフェイでタマモに簡単な剣を教えたり、模擬戦をすることはある。
私はもちろん負けることはないのだが、何げにフェイも今のところタマモに負けたことが無かったりする。子供とはいえ練気法を使える獣人種に勝てるというだけで、フェイも何だかんだで天才なのだろう。
「これで終わり・・・です!」
「ぎゃっ!」
タマモと戦っていた最後の一人がとうとう力尽きたようだ。最後まで残っていたあたり、彼も中々頑張ったのだろう。・・・相手が悪かっただけで。
「ふぅ・・・いい運動になりました。たまには運動しないと健康に良くないらしいですから、調度良かったのです」
「おいセイ、お前の妹、何かお前に似てきたんじゃないか」
「そうか?ふふ、ありがとう」
「いや褒めてねぇよ」
何かフェイが半目で睨んでくるが気にしないでおこう。
「タマモが何かやらかしたと聞いたが・・・これは、どういう状況だ?」
後ろを振り返ると、父が複雑そうな顔で立っていた。恐らく他の門下生たちが騒ぎを見て、山狩りから帰ってきた父を呼びに行ったのだろう。
「これは・・・タマモがやったのか?」
死屍累々とした門下生たちを見ながら、怪訝そうにタマモに聞く。
「すいません、ととさま・・・にいさまのことを悪く言われて、つい・・・」
「あー、いや、大した怪我はしてないようだし、娘に剣を向けた馬鹿共なのだからそれは良いのだが」
「良いのかよ師範!」
フェイが何故か父に突っ込むが何かおかしなことを言っただろうか?当然の事だろうに。
「それよりタマモがこんなに強かったとはな・・・次からはもう少し手加減してやるんだぞ?」
「わかりました、ととさま」
「それよりどうだ、道場でちゃんと剣を習う気は無いか?女の子だからと思って誘わなかったが、これだけの才があるのなら、伸ばせばさらに強くなれるぞ?」
「いえ、かかさまの手伝いもありますし、にいさまから魔術も教えてもらいたいですし・・・」
「そうか・・・」
父が非常に落ち込んだ顔をする。父としては娘とふれあう機会が増えると思ったのだろう。
「えっと、でも、運動も大事だと思うですし、たまにでしたら・・・」
そんな父の様子を見てか、タマモが空気を読んでそう答える。うむ、なんて健気な子だ・・・
「そ、そうか!よしそれじゃあ稽古を受けたいときはいつでも言ってくれ!」
「はい、ととさま」
一応道場だからか家のように崩れた顔はしていないが、それでも父の唇の端は嬉しくてピクピクと動いている。うむ、気持ちはわかるため今回は指摘はしないでおくことにしよう。
そうしてこの日からタマモはたまに道場に出入りすることになり、トラウマを植え付けられた少年たちはその度にビクビクした態度をとることになるのだった。