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三:妖狐族の少女

「にいさま、朝ですよー」

「ん・・・ああ、タマモか、おはよう」

「おはようございます、にいさま」

 僅かな体の揺れと優しい声に、微睡んでいた意識を取り戻すと、目の前には大きな三角耳をピンと立てた少女が居た。

「かかさまと、ととさまも起こしてくるので、にいさまも準備ができたら食堂に来て欲しいのです」

「ああ、わかったよタマモ」

 タマモは私の家族の中で誰よりも早起きだ。そのため私を起こしてくれるのは大抵タマモとなる。

 タマモが一番に起き、次に早朝に散歩を行う私を起こしてくれ、朝食の準備をし、そして母さまと父さまを起こすというのがタマモの朝の日課となっている。

――タマモが我が家の一員になってから、早1年。もうすっかり慣れ親しんだ光景だった。


 




 あの夜、私はタマモを連れ帰り、とりあえず一晩私の部屋にかくまった後、朝になってから改めて両親にタマモのことを紹介した。

 流石に夜中に抜け出していたことは言えないので、早朝の散歩で森に行った時出会ったと説明した。私は早朝の散歩で神護の森まで出向くのを日課としていたため、その時に出会ったことにしたのだ。

 詳しくは聞いていないが、どうやら両親とはぐれたか、死別し、森の中で一人で居たところを保護したと、そういう説明をした。まぁ、同じ年頃の私が保護というのもおかしな話ではあるが、適当な言葉が思いつかなかったしそう説明するしかないだろう。

 その後、母がタマモに詳しい話を聞くと、やはりというかなんというか、両親はタマモの目の前で亡くなったらしいことがわかった。状況からして、野盗に家を襲撃され、神護の森まで落ち延びたという事のようだ。

 タマモが以前住んでいた場所はここからかなり遠い場所らしく、正直この年の子供がよくここまで来れたと思う。

 出会った時は気付けなかったが、やはり精神的に限界に近かったらしく、話し終えると母の胸に顔を埋め、一晩中泣きじゃくっていた。

 思わず私まで貰い泣きしそうになり目が潤んだほどだ。というか涙腺はほぼ決壊していた。年を取るとこういう話には弱いのだ・・・

 しかし、私の時は俯くだけで話してくれなかった内容を、母が聞くと素直に話す事を鑑みるに、やはり母親というのは凄いものだと改めて感じさせる。母性というものは偉大だ。

 晴明の時はあまり母との接点がなかったため意識することは少なかったが、春秋時代には母には頭が上がらなかった。

 今思えば、もしかしたら私が前世の記憶を持っているということに気づいていたかもしれない様子もあったが、それでもそこには触れず、ただ母として振る舞ってくれていた。

 晴明の時も接点は少なかったがそれは事情があったからであるし、その少ない接点ながら私に貴重な宝具を残してくれていた。思えば本当、私の生はどの世でも常に家族に恵まれていると思う。

 そうして事情を全員が納得した後、母はこう言い出した。

「タマモちゃんをウチの子にします」

 つまり、タマモをウチで引き取ろうと。

 私としては恐らく家で数日面倒を見た後、この村ではなく、孤児院のような事も行っている、隣の街にある神殿に送り届けるのだろうと、漠然とそう思っていたのだが、母はどうやら随分とタマモの事を気に入ってしまったらしい。

 そして父も実は息子より娘が欲しかったとカミングアウトされ、(息子で悪かったな・・・)まぁ私としてもこのまま無責任に放り出すのも悪いと思っていた事で、そのまま我が家の一員となることが決まってしまった。

 タマモの方はそれで良いのかと思ったが、母の胸で泣きじゃくっている間に少し気持ちの整理が出来たらしく、この家で世話になることを了承してくれた。

 すぐには本当の家族のようには接することが出来ないかもしれないが、タマモも両親のことを気に入ってくれているようだし、きっと上手く行くだろう。その時は、そう気楽に考えていた。

 

 



 そして現在――





「んー、やっぱりタマモちゃんの作る朝ごはんは最高ね!お母さん、これだけで今日一日、いつもの倍の数の患者が来たって頑張れるわ!」

「・・・ああ、美味いな」(言葉数は少ないが普段の姿からは考えられないくらい相好を崩しタマモをちらちら眺めながら朝食を食べる父)


――両親は、タマモにベタ惚れだった。若干実の息子の私が空気になるくらいベタ惚れだった。


 いや、私としても家族の仲が良いことには依存はないのだが、流石にここまでデレデレになるとは思わなかった。というか父の態度が若干キモい。

 いくら娘が嬉しいからとはいえ、その顔は道場の門下生には絶対見せられないだろう。

「ありがとうございます、かかさま、ととさま。にいさまもお口にあいますですか?」

「・・・うむ、美味しいよタマモ」

 まぁかく言う私の顔もかなり崩れている気はするのだが。

 いや、うん、前世でも前々世でも兄弟姉妹という者が居なかったので・・・なんというか、妹という存在がこんなに可愛いものだとは思わなかったのだ。

 仮にタマモが本当に九尾の生まれ変わりで記憶を持っているとして、これが策略だと言うのなら見事としか言う他ないだろう。私だけでなく家族全員見事にしてやられている。

 まぁ、流石に九尾ほどの妖気は隠せるものではないので、タマモが無関係なのはわかってはいるが。

 ちなみにタマモを引き取った後でわかった事実だが、どうやらタマモは私と同い年らしい。ただ私のほうが一応半年ほど誕生日が早いということで私が兄ということになった。

 中身は半年どころか100歳以上差があるし、私のほうが弟というのは流石に遠慮したかったので、これは正直助かった。

 タマモは、実の両親のことは「おとうさん、おかあさん」と呼び、今の両親・・・私の両親については「かかさま、ととさま」と呼び分け区別しているようだった。詳しい心情はわからないが、色々と思う所があるのだろう。

 しかし実の兄というものは居なかったらしく、つまり「にいさま」は私一人だ。私一人なのだ・・・!!!(重要)

 ・・・少し取り乱したが、まぁとにかく、タマモはすっかり我が家の一員として馴染んでいた。可愛くて、その上素直でいい子なのだ、当然といえば当然だろう。

 なのでもちろん村の皆にも気がつけば受け入れられていたし、このままタマモには幸せな日々を送って欲しいと、そう切に願っている――





 



 朝食の後は、私はいつものように神護の森に修行に、タマモは母の治療院へ手伝いに出かける。

 タマモは治癒魔術を使える訳ではないが、包帯を変えたり傷を消毒したりと、魔術以外での治療の手伝いをしているらしい。

 なんでも一瞬で怪我が治るような魔術は魔力の消耗が激しいため、軽症の場合は普通に手当することが多いそうだ。むしろ魔術でばかり治していると、普通に治すとき治りが遅くなるためあまりやらないほうがいいらしい。

 そのため普段使う魔術は、傷の治りを促進する程度の物がほとんどだとか。

 そんな訳で雑用は意外と多いらしく、その事が会話に出た時、タマモが手伝いたいと名乗り出たのだ。

 ただ世話になるのが心苦しいからだとか、そういう理由なら気にすることはないと言うつもりだったが、どうやら純粋に母の力になりたいという理由かららしく、そういうことならと認められた。

 今ではすっかり治療院のアイドル的な存在らしく、可愛い美幼女から看病されると合って患者からの人気も高いらしい。

 目的地に向かう途中までは、タマモと母と一緒に向かい、そこから先は一人で神護の森を目指す。いつも同じ道を通るため、そこに住む村人たちとはもうすっかり顔なじみで、今日も声をかけられる。

「あらセイ君、今日も森で魔術の練習?」

「ええ、もう日課なので」

「そっか、いつも言ってるけど、魔物は居ないと言っても野生動物は居るんだし、危ないと思ったらすぐに大声を出して大人を呼ぶんだよ?」

「はい、わかってます」

 そしてこうして心配されてしまうのも何時も通りだった。多少過保護な気もするが、まぁ私はまだ7歳の子供であるのだし、この世界は現代日本と比べると常に色々な危険が日常生活の側にある。子供のうちは多少過保護なくらいが丁度良いのかもしれない。

 例えば熊や野犬などの野生動物もそうだ。現代日本ではよほどの田舎にでも行かなければそんな危険な動物が住んでる野山など無かったため、意識することはないだろう。

 まぁ、平安時代では普通に存在していたため私自身としては慣れた環境ではあるのだが。

 そして感染症などの病気だ。怪我に関しては治癒魔術のおかげで、場合によっては現代日本よりも心配が少ないが、病気や毒に関してはそうではない。

 治癒魔術によって体力を回復させるということは可能だが、症状や原因を取り除くことは残念ながら今のところ不可能と言われている。

 治癒魔術というのはつまるところ、自身の回復力を増大させる魔術であり、自身の回復力だけで治癒できないものに関しては効果がないのだ。

 そのため病気や毒には普通に薬草などの薬が使われている。それに関しても現代の薬のように病気や怪我に合わせて成分を調整して、というものではなく、どちらかと言うと漢方のような物に近いようだ。

 そのため、例えば前世で私の命を奪ったような病気に対しては恐らく無力だろう。

 次に盗賊などの犯罪者だ。その辺はまぁ何時の世にも居るものだが、やはり現代日本の治安レベルを基準にしてしまうとこの世界の治安レベルはかなり低い。

 村ごと襲う盗賊団等も居るし、どうやらこの世界には奴隷制等もあるらしく、奴隷を確保するための人攫いなども居るらしい。

 平安の世にもそういう人間は居るには居たが、私が拠点としていたのは京だ。検非違使によって地方に比べれば治安は良かったし、これでも平安貴族の端くれだったのだ、護衛をしてくれる者位は居たため、幼い頃から危険に晒される環境ではなかった。

 そしてこの世界で最も危険とされる脅威、それが『魔物』という存在だ。私が神護の森に入り浸ることを許されているのも、「魔物が居ない」という理由のためだ。

 魔物――それは、魔力によって自然に発生したり、野生動物等が変質して生まれた怪物たちの事だ。

 平安の世で私が討っていた魑魅魍魎、妖かしに近い存在だ。実際その頃に居たものとほぼ同じような個体も存在しているようだった。

 魔物とそれら魑魅魍魎の違い、それはこちらの世界の魔物はみな体内に『魔石』と呼ばれる特殊な器官を持っていることと、一部の存在を除いて日の光を恐れないこと、そしてその数の多さだ。

 魔石というのはどうも魔力が凝り固まって出来た存在のようで、そもそも魔物が発生するのはこの魔石の影響らしい。

 陰の気が集まり発生するという点では魔物と魑魅魍魎は同じ存在と言えるが、こちらの世界は陽の気が比較にならないくらい強い。そのため集まる陰の気も多く、結果魔石のように実体を持つほど凝り固まってしまうのだろう。

 そしてその魔石の影響か、こちらの魔物は昼夜関係なく存在できる。

 魔物と言ってもほぼ生物のような存在らしく、太陽の光程度では浄化されないようなのだ。

 またやはり強い陽の気の影響で、発生する魔物の数も多い。それこそ平安の頃の陰陽師全員で対処に当たっても到底処理しきれない数が存在している。

 ならばこの世界の人間はそんな魔物に対してどうしているのかというと、騎士団や冒険者という職業の人間がその対処にあたっているらしい。

 魔物はほぼ生物と同じような存在にまで実体化している存在で、つまり、普通に剣で斬ることが出来る。なので対処事態は陰陽師のように化け物退治を専門にする人間でなくとも可能なのだ。

・・・まぁよく考えれば平安の世でも実体を持つ鬼のような存在は普通に武士も対処していたのだが。

 酒天童子や茨木童子を切った頼光殿や綱殿も、別に特殊な術が使えるわけではなかった。まぁ、持っている方な自体は霊刀の類だったが、別に普通の刀でも手傷は負わせられただろう。

 この世界では騎士団というものは、戦争や治安維持のために組織されるというよりは、どちらかというとこの魔物への対処のためという面が大きいらしい。

 大都市周辺の魔物はこの騎士団によって処理され、平和が保たれているそうだ。

 そして冒険者という職業は、この騎士団が対処できない事例に対処するのが主な仕事だ。

 例えば地方の村周辺の魔物退治や、街道に出る魔物から依頼者を守る護衛等は、数が多すぎて騎士団だけでは処理しきれなかったりする。そのため民間の職業である冒険者がこれらの案件に対処しているそうだ。

 まぁ魔物の他にも盗賊などに対処することはあるし、他にも薬の素材の採取など、結構色々やる便利屋のようなものらしいが。

 ともあれ、そんな危険な存在が魔物だ。そんな物がうろうろしているというのならば多少過保護にもなるだろう。

 もっとも、例え魔物が目の前に現れたとしても、それがよっぽど強力なものでなければ今の私でも対処は容易なのだが。

 これでも元は化け物退治の専門家なのだ、今更低級の魔物程度恐れるほどではない。

 この世界の魔物とかつて平安の世に現れた魑魅魍魎、どちらがより危険かと言われればそれは魑魅魍魎の方なのだ。

 長い時間をかけて陰の気を集めた奴らは、狡猾な上に皆強大な力を持っていた。

 一見、より多くの陰の気が集まってできたこちらの魔物のほうが強力に見えるが、それはただ単に魔物の体の密度が上がっただけで、強さに直結しているわけではない。むしろ簡単に発生してしまう分経験が浅いものが多く、個体によっては熊などの大型の野生動物のほうが危険だったりする。

 まぁもちろん、長く存在し、経験を積み成長した魔物というものもいるので、そういう存在に関してはどちらも同じではあるが。

 それでも酒天童子や九尾の狐など、かつて三大妖と呼ばれたような存在に迫るほどの物はそうそう居ない。以前読んだ魔物名鑑という書物では、確認された中で最も強いとされる物が龍種であったので間違いないだろう。

 かつて対峙した九尾はそれこそ下手な古龍よりもよほど強大であったし、そもそも龍種ならば、配下には青龍という強大な守護龍が居るのだ、多少の苦戦はするかもしれないが、よほどの相手でない限りは勝てないということはまず無いだろう。

 そう考えると、今の私でもこの世界の基準で言えばかなり強い部類に入ってしまうようだ。

 龍種を単独で倒せる人間というのはほぼ存在しないという話らしいし、その中で七歳という未成熟な体のままでもとりあえず勝ててしまいそうな私は、やはり異質な存在なのだろう。

 ・・・まぁ、陰陽師と言う存在自体はじめから異質な存在であるのだし、そもそも泰山府君祭を使って転生した人間自体、とびっきり異質な存在なので今更ではあるのだが。

 しかしそれでも、平安の世ならまだしも、現代では、『個の戦闘力』という物はそこまで大きな影響力はなかった。

 だが今の世界は魔物という明確な脅威が存在する以上、その個の戦闘能力がかなり重要視されるらしい。あまり力を見せると、色々と厄介なことに巻き込まれそうだ。

 とはいえ、龍種を単独で倒せるとは言ってもそれ以上の魔物がいないとも限らない。いや、むしろ居ると考えておいた方が良いだろう。

 ならばそれらに対処出来るだけの力を持つということは無駄にはならないだろう。むしろ安心して陰陽道の研究を続けるためには今以上の力を持つということは有益だ。

 ならば早く、最低限元の力を取り戻すところまでは行かなければならない。

 そのためには、やはり修業を続けるしか無いのだ。陰陽道には、一足飛びに強くなる方法などほぼ存在しないのだから。

 そうして私は決意を新たにしながら、今日も神護の森へと向かっていくのだった――

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