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二:夜の森にて

 深夜、皆が寝静まった頃、私はベッドから抜け出し、神護の森へと向かう。両親や村人に気づかれないよう、隠形の術もバッチリだ。

 こんな時間、いくら魔物が出ない森とは言え流石に子供が出歩く時間ではない。こっそりと向かわなければ確実に止められるだろう。

 何故夜中に抜け出して森へ行くのかというと、それは陰陽道の鍛錬のためだった。いくら普段から人気のない森とはいえ、昼間では誰かに見つかる可能性が高いからだ。

 この世界の魔術とは異なる技術である陰陽術は、恐らく人々には異常に映るだろう。

 例えば式を呼び出す召喚の儀などは突然魔物が現れたように見えるだろうし、陰陽五行と五大元素は別物だ、起こる現象も異なる。

 私はまだ6歳の子供であるし、異常と言われ排斥されるのは避けたいのだ。

 まぁ、現代日本では霊的なものが世間では否定されていたため望むべくもなかったが、この世界では魔術が広く知れ渡っている。なのでいずれはかつての平安の世のように陰陽道が広く民に認識されるようになれば、とも思うが、それは今ではない。



 この世界の魔術、それは陰の気・・・この世界では『魔力』と呼んでいるものを用いた術式だ。

 どうやら五大元素、地、水、火、風、空を元にした術式らしく、基本的にはその属性を、呪文などの術式と魔力の操作で操るというものだ。

 他にも強化魔術など体に直接作用する物や、五大元素以外に、光、闇という元素を操る魔術もあるようだった。

 起こる効果は、例えば炎の矢を発したり、水の刃を作ったりと、コンピューターゲームや小説などでよく見るような内容が多かった。なんというか即物的なものばかりで、神秘に触れるという意味での魔術とは違い、私としてはあまり魔術とは呼びたくない内容だ。

 対して陰陽術というのは、魔力、つまり陰の気のみを使うのではなく、対となる陽の気も使うものだ。

 陰と陽、2つの気を一つにすることによって生まれた力を用いるのが陰陽術である。

 その点で、練気法はいわば陰陽術を使う前段階の物を身体強化に当てただけのものといえる。

 ちなみに私は便宜上、陽の気を『気力』、そして魔力と気力を練り、合わせた力のことを『霊気』と呼んでいる。

 というよりも、そもそも本来、自身の陰の気だけで何か現象を引き起こすなど、普通の人間には出来ないのだ。そのため自身の持つ気を最大限使い、時には周囲の気さえも利用し、神秘を呼び起こす技術として発展した学問こそが陰陽道なのだ。

 しかしこの世界の人々は陰の気のみで魔術を当たり前のように使う。それは、この世界の人々の持つ陰の気の容量が、平安の世の人間と比べても、遥かに大きいからだった。

 それはおそらく、この世界に満ちる陽の気、いわば生命エネルギーとでも呼ぶべくものが、信じられないくらい強いからだ。そのためその中で暮らす人々は、それとバランスを取るために自然と大きな陰の気を持つようになったのだろう。陰の気と陽の気は裏表の関係であり、どちらかに偏ることはないためだ。

 特に、強い魔力を持つと言われるエルフという種族はそれが顕著なようだった。

 おそらくは森で暮らすことが多い、つまり生命エネルギーが特に満ちている場所でずっと暮らし続けたことで、それに対抗するように陰の気、つまり魔力が増えたのだろう。寿命が人間より長いのもその影響かもしれない。

 しかし、この体内の陰の気が強い状況というのは、過ぎるとやはり体には良くないものであり、定期的に魔術として体外に放出しなければ体調を崩すようだ。逆に少ないのも問題で、魔術を使い過ぎると倒れるし、最悪命にも関わる。

 母が治癒院で治療魔術を使っているのも、この魔力過多の対策の一つらしい。

 元々強い陰の気を持って生まれてくるエルフは、たとえ魔術師でなくとも一つは魔術を扱えるようにならないと生きていけないらしく、そのためある意味種族全員が魔術師だという。

 長い寿命に魔術を使える戦闘力を兼ねることで、人の社会に入ったエルフは高い地位に居ることが多いと聞く。事実、母の実家も貴族らしいし、そうなのだろう。

 それだけ強いのならこの世界はエルフが支配しているのかと思えば、そうではなく普通の人間種が最大数を占めるらしい。

 昔は亜人種と人間種で争いなども合ったらしいが、今は特にそういうこともないらしく、感覚で言うと、どうやら現代で言うアメリカ国内の白人と黒人程度の違いらしい。まぁでなければ母がエルフで父が人間種である私など、そもそも生まれなかったのだろうが。

 森の奥、静かな泉の畔に着くと、私はその水面を覗き込む。すると、そこには一人の少年の顔が映った。

 父親譲りのブラウンの髪に、どちらかと言えば母親似の中性的な顔立ち、そして、母のように長くはなく、少し尖った耳。これが私の姿だ。

 そして、この少し尖った耳というのは、ハーフエルフと呼ばれる種族の特徴だった。

 ハーフエルフというのは、エルフ種と人間種の間に生まれた子供の事で、更にその子供は人間種となるため、基本的にその一代にのみ発現する特徴らしい。

 どうやら人間種の遺伝子は優性遺伝らしく、他の種と交配した場合、基本的にその子供は人間種となるそうだ。人間種がこの世界で最大数を占めるというのは、そういう理由だろう。

 しかし、エルフと人間種が交配した場合のみ、例外的にこうしてハーフエルフという存在が生まれるらしい。そういう意味で、私の種族は少し珍しい部類に含まれるのだろう。

 そしてこのハーフエルフという種族の特徴だが、一般的には、ただ少し尖った耳と、人間よりやや長い寿命、そしてエルフと同じように高い魔力を持つのに何故か魔力過多に悩まされない種族、そう思われている。

 寿命がエルフほどない代わりに魔力過多に悩まされないのだろうという、その程度の認識だ。

 しかし、私の見解はそうではない。

 ハーフエルフは、人間以上の魔力、陰の気を持つと同時に、それと同量の陽の気・・・・・・も持った種族なのだ。

 そのためエルフのように多すぎる陰の気に悩まされる必要もなく、その上使おうと思えばそれと同量の陽の気も扱える、まさに陰陽師にとっては夢の様な体質なのだ。

 そのことが認識されていないのは、この世界には陽の気、つまり気力を扱う技術が未発達なためだろう。

 というより、そもそも魔力に対してそういうエネルギーが存在している事自体理解していないように思われる。そのためこのハーフエルフという種族の優位性を理解できないのだろう。

 私がこの体質に気づいた時は、それこそ大声で叫びたいほどに感謝したというものを・・・まぁ、代わりにこの世界は術式が未熟なものしか見当たらないので、陰陽道の研究という意味ではプラスマイナスでは現状大きくマイナスではあるのだが。

 しかし、この世界の魔術の術式が未熟というのも、家にある書物で得られる知識だけでの話なので、もっと大きい街には私が想像できないような使い手が居るかもしれないのだが。

 それこそ王都にあるという魔術学院などならばもっと色々な知識を得られるかもしれない。

(とりあえず、学院に通える年齢になれば両親と相談かな・・・)

 私としてはその魔術学院というものには非常に興味がある。

 12歳になれば受験資格を得られるらしいので、ぜひ通ってみたいとは思っているのだが、そのためにはここを離れ王都で暮らさなければならない訳で、家を出なければならないのだ。この辺りは要相談という所だろう。

 今の両親のことは大切に思っているし、離れるとなると寂しさは覚えるが、それでも陰陽道の発展のためには未知の知識というものはどうしても必要だ。寂しさを抑えてでも学院に進学する価値はある。

(とはいえ、どちらにせよまだ6年も先の話だしな・・・)

 100年以上生きた感覚からすると、6年などまぁ結構あっという間ではあるのだが、それでも先の話ではある。

 今はそれよりも、少しでも早く以前のように陰陽術を使えるように修行を優先するべきだろう。



 


 というわけで、早速修行を始めることにする。まずは手始めに、五行相生の術から始めることにしよう。

「・・・水生木」

 短い掛け声の後印を結んだ右手を振ると、目の前の泉の水位がから急速に下がり始め、中心から木が生えだし、急速に大樹へと成長していく。

「木生火」

 次に右手を斜めに振り下ろすと、今度はその大樹は一瞬にして炎に包まれる。

「火生土」

 今度は右手を振り上げると、炎は一瞬で消え、今度は巨大な人型をした土塊が現れる。

「土生金」

 また右手を振り下ろすと、土塊は割れ、中から一本の剣が現れる。

「金生水」

 さらにもう一度右手を振り上げると、剣の周りに冷気が渦巻き、一瞬で凍りつき、大きな氷の塊になる。

「散!」

 最後に掛け声をかけ、印を解くと、氷塊は一瞬で溶け、泉は元の水位へと戻った。

 五行相生、水は木を産み、木は火を産み、火は土を産み、土は金を産み、金は水を生む、そういう思想だ。この術は、その位相を具現化させるものである。

 こうして生み出したものは自分の意志で操作でき、陰陽術の中では初歩の技術に当たる。

 また逆に五行相克の術により相手の術を打ち消すことも可能だ。

 生み出した元素を操作するという意味ではこの世界の魔術に近いが、問題はその元素を生み出すプロセスにある。

 陰陽術では、例えば先程のように、ただの水から変化させていき金属の剣を生み出すことができるが、この世界の魔術は、基本的に元素が変化するという概念がない。

 そのため、水を生み出すなら水の魔術を、剣を生み出すならまたそれ用の魔術をと別々に覚えなければならないのだ。

 というかそもそも5代元素を元にしているなら、金属を生み出す魔術自体そもそも存在していない可能性が高いが。

 そして、一人が複数の属性の魔術を扱えること自体、あまり無いらしい。

 どうやら元素を操る魔術には適性があるらしく、大抵は1種類、多くても2~3種類の適性しか無いらしい。

 例えば母は5大元素以外の、『光属性』に適性があるらしく、治癒魔術というのはどうやらその光属性の魔術らしいことがわかる。

 この世界の魔術については術式など、まだ未知の部分が多すぎるため私にはまだ詳しくは分からない。しかし傷をすぐに癒やすなど、私なら十二天将の主神、天乙貴人を呼びださなければ出来ない事を身一つで行うのだから、母は簡単に使っているように見えるが、実際はかなり高度な術なのだろう。

 そんな訳で一見は普通に見える術だが、人前で使うときは注意しなければならない。複数属性持ちというだけでも目立ってしまいそうだ。

 ちなみにこの世界の魔術に対する私の適性は、どうやら『水』一つらしい。一応簡単なものは覚えたが、まぁそのまま使うよりも陰陽術で相生させたもののほうがはるかに扱いやすいし強力なので、恐らく術の起点として使うのみになりそうだ。

 それでもやはり魔術を扱うというのは難しいことと認識されているらしく、私が初めて魔術を実践して両親に見せた時は随分と驚かれたものだ。

 何でも普通は使えるとしても早くて12歳前後、つまり魔術学院に通える年齢位にならないと無理だということらしい。

 それでも普通は速い方らしく、学院の入学制限が12歳からなのも、そういう理由らしかった。

 山に籠るのを魔術の修行と偽っている以上、使える事を見せておこうと思っただけだったのだが、予想以上の効果があった。『やはりこの子は天才だ!』などと褒められるのは、少し面映ゆい物はあるが。

 ただまぁこの世界の魔術にも興味はない訳ではないのだが、この村ではあまり高度なものは見られない。本格的に学ぶのはそれこそ学院に通えるようになったらで良いだろうと思っている。



「さて、次は・・・」

 一通り五行相生、五行相克の術を訓練した後、今度は式の呼び出しを行う。

 式、式神や式王子とも呼ばれるそれは、陰陽術の中でも基礎にして奥義とも言える術だ。

 式札と呼ばれる媒介を通して、神霊を呼び出し使役する術であり、フィクションなどでも陰陽師の代表的な術として描かれることが多い。

 当然私も重視している術であり、今日までにも何度か召喚を行っている。

 ちなみに神霊とは、強大な力を持った霊的な存在の総称であり、精霊や妖怪、神と呼ばれる存在の事だ。受肉してはいるがこの世界の魔物も一応は神霊と言える。

 とりあえず、今までの修業の成果により、役小角殿の扱っていた前鬼・後鬼までは、現状でも何とか呼び出すことが出来た。

 しかし、私が呼び出せるようにならなければならないのは本来それではない。


――十二天将、かつて私はそう呼ばれる神霊を使役していた。


 先ほど名を挙げた天乙貴人を代表とする、それぞれ強大な力を持った十二柱の神霊であり、まぁ私の式神の代名詞のような存在だ。

 しかし彼らを呼び出すのは強力な分消費する霊力も多く、まだ子供の体では難しかったのだ。

 だが、今日まで瞑想を続け、また肉体も多少成長した今ならばなんとかなるはずだ。すべてを同時に召喚はできなくとも、せめて一体くらいはなんとか召喚出来るようになっておきたい。

 私は懐から1枚の木板を取り出す。複雑な文様が記されたそれは、式札と呼ばれるものだ。

 本当は使い慣れた和紙のほうが霊力の制御も楽なのだが、どうやらこの世界では紙はまだ貴重品らしく多用できないため、仕方なく木板で代用している。

 ただまぁいつまでもこのままというのは辛いし、そのうち紙の製法を父に教えて作ってもらうのも良いかもしれない。

 ちなみに春秋の頃は、簡単な式ならスマホのアプリで術式を組んで呼び出せるようにしていたのだが、今となってはどうあがいても不可能そうな技術だった。

 私は式札に霊力を込め、それを複雑に制御していく。久しぶりに扱う術式だが、かつては何度も扱った術だ、意識せずともすぐに術式は完成する。

「北東より、来たれ吉将、木神の前五、青龍!」

 呪言とともに式札を宙に投げると、札は一瞬光を放ち、次の瞬間には巨大な龍の姿になっていた。

 全身を碧の鱗に覆われた、凶悪な顔つきの竜神。十二天将が一柱にして、東方を守護する四聖獣、それが青龍だ。

『呼ビ出シニヨリ、参上シタゾ、我ガ主ヨ・・・』

 目の前の竜が少ししゃがれた声で話しかけてくる。ああ、懐かしい声だ・・・ようやく会うことが出来た。

「久しぶりだね、青龍、とは言え君にとっては大した時間ではないだろうけど」

 彼ら神霊は、普段はこの世界とは別の空間に存在している。そこでは時間の概念というものは曖昧らしく、10年も100年もあまり大きな差に感じられないらしい。

『イヤ、此度ハソレナリニ待ッタヨウニ思ウ。ソノ姿・・・マタ転生シタノデアルナ』

「ああ、今回は少し早かったけれどね・・・」

 ふむ、神霊の感覚でそれなりに待ったということは、やはり今回の転生は前回からかなりの時間が経っているのだろう。まぁ、そもそもここが地球かどうかすら怪しいのだ、今更些細な問題ではあるが。

『シテ、此度ハ何用カ・・・?』

「ああ、ごめん、今回は実験でね、自分が天将を呼び出せるほどに元の力を取り戻してるかどうかの」

『成程、理解シタ』

 青龍はこういうところで理解が早くて助かる。これが騰虵とうしゃなどなら不機嫌になって暴れかねない。

 何だかんだアクの強い十二天将の中では、青龍は比較的おとなしい性格をしている。だから今回の実験で呼び出すのは青龍にしたのだ。

「そんな訳だから、呼び出したばかりで申し訳ないけど、もう帰還「きゃぁああ!!」」

『キャアア・・・?』

「・・・いや、今のは私じゃないぞ」

 マズい、もしかして誰かに見られたのだろうか。今の状況、客観的に見ると魔竜に襲われる少年のような図になるのではないだろうか。

 というか青龍の顔は大人しい性格に似合わずかなり凶悪だ。多分普通の人は見ただけで悲鳴を上げる。

『・・・・・・』

 いや青龍、そんな悲しそうな顔をしないでくれ、私はちゃんとお前のことわかってるから。ちゃんと優しい奴だってわかってるから。怖いのは顔だけだって。

 とにかく悲鳴の主を探さなければと思い、後ろを振り返ると、その主はすぐに見つかった。

 今まで気にしていなかったが、どうやら泉のそばの木には大きなうろを持つものがあったらしく、そこから一人の少女が顔を覗かせていたのだ。

 その顔は恐怖と絶望に染まっていて、体はガクガクと震えている。そしてその視線の先には青龍が居て・・・うん、やっぱ青龍の顔のせいみたいだ。

「・・・青龍、帰還せよ」

『・・・・・・』

 右手で印を結ぶと、青龍は光りに包まれながら元の式札へと戻る。最後に見た顔がすごく悲しそうな顔だったのはなんというか、本当ゴメン、今度何か埋め合わせするから・・・

「あー、えっと、もう大丈夫だから・・・君は?」

 その光景を呆然と見ていた少女に声をかける。少女はそこで我に返ったように、自分の頬を引っ張りだす。

「・・・何してるの?」

「・・・痛いです」

 どうやら夢だと思ったようだ。というか夢かどうか確かめるのに自分の頬を引っ張ったりするのはこの世界でも共通なのか。

「あの・・・今のは・・・?」

「あー、うん、ちょっと特殊な魔術でね、さっきのは魔物とかじゃないから安心して欲しい」

 説明を求める少女に、とりあえずそう答えておく。普通に考えれば魔術であんな物を呼び出すのは不可能だと気づくのだろうが、幸い少女は今の自分と同じような年頃に見える。ならばとりあえず「なんだか凄い魔術」と説明すればなんとかなりそうな気がする。

「ほぇー・・・凄い魔術師さんだったですか?」

 少女は少し間延びしたような口調でそう返してくる。予想通りとりあえずは誤魔化せたようだ。

「それで、えっと君は・・・?」

「タマモですか?タマモは、タマモって言います」

 どうやら目の前の少女はタマモという名前らしい。タマモ・・・なんというか個人的には少し思うところがあるフレーズだ。

「タマモちゃんね・・・それで、タマモちゃんはどうしてここに?」

「タマモで良いですよー。タマモは、ここに住んでるです。さっきまで寝てたんだけど、なんだかピカピカするから外に出てみたら、さっきのおっきいドラゴンが居て、ビックリしたのです」

 ここに住んでるという事は、このうろが彼女の家ということだろうか。それなら普段からこの森を修行場にしているのだし、気づくはずなのだが・・・

「このお家は、今日見つけたのです」

 どうやらここに住み始めたのは今日かららしい。それならばそれ以前に気づかなかったのは当然だ。

「えっと、タマモ一人でここに・・・?」

「はい、そうですよ」

 しかし、こんな森の中の、しかもただの木のうろに子供が一人で住む、幾らこの世界が未発展だとしても、そんなことありえるのだろうか?

「えっと、お父さんとかお母さんは・・・?」

「・・・・・・」

 そう尋ねると、じっと俯いて黙ってしまった。ああ、うん、これは間違いなく何か訳ありだ。

 両親と喧嘩して家出、とかの理由ならばなんとかして聞き出して、送り届ければ良いのだろうが・・・

「あー・・・家の場所ってわかる?」

「ここですよ?」

「いや、そうじゃなくてなんというか・・・そう、前に住んでた家!それはわかる?」

「前に住んでた家・・・」

 こういう聞き方なら答えてくれるだろうか。

「・・・燃えちゃったです」

「・・・は?」

「燃えちゃって・・・もう無いです・・・」

 これは、なんというかちょっと予想よりも重い展開だったかもしれない。

 家が燃えて、子供一人で森のなかに住もうとするとか、ロクな理由が思いつかない。両親について言い淀むとか、この感じだとつまりまぁ、そういう事・・・・・なのだろうか。

「あー・・・えっと、じゃあさ、ウチに来る・・・?」

「え・・・?」

「この先どうするかは別として、多分数日くらいなら泊めてあげられると思うから」

「良いのですか・・・?」

 流石に私の独断で引き取るとまでは言えない。しかし数日程度なら両親も許してくれるだろう。

 このまま放って置くというのは流石に寝覚めが悪い。いくらこの森には魔物は出ないとはいえ、野犬などは居るのだ。子供一人を放って置くのは危険に過ぎる。

「うん、まぁ、これも何かの縁だろうしね。あ、あとさっきの魔術については誰にも言わないでね?事情があって秘密にしないといけないんだ」

「わかったです。こんなに小さいのに凄い魔術師さんなんです、きっと「ふかいじじょう」というのがあるのですね!タマモ、誰にも言わないです!」

 そうしてタマモはふんすと鼻息を荒くしながら約束してくれる。

 理由はよくわかっていないのだろうが、とりあえずは信用しておこう。まぁバレても恐らく子供の妄言ととられるだろうし大丈夫だとは思うが。

 あとこんなに小さいは余計だ。多分同じような身長じゃないか。だいたい私はまだ6歳で、まだまだ成長の余地は残されているのだし。

「それじゃあ帰ろうか。改めまして、私の名前はセイ、よろしくねタマモ」

「セイさまですね!お世話になりますです!」

 そうして彼女は握手をするためにうろから出てくる。

 月明かりに照らされた彼女の姿は、改めて見るとかなりの美少女だった。肌は雪のように白く、大きな赤い瞳はくりくりと可愛らしい。

 艶やかな金髪はまっすぐ下ろされていて、その隙間からは三角形の大きな耳が飛び出ており、お尻のあたりからはフサフサとした尻尾が生えていて・・・

「え・・・?」

「どうかしましたか?」

 これは、いくらなんでも出来過ぎだろうと思う。いや、種族として獣人種・・・というものが存在しているのは知っていたが、それがよりにもよって『狐』の特徴を持つ『妖狐族』と呼ばれる種族で、その上名前がタマモだなんて、これは本当に偶然なのだろうか。




――白面金毛九尾の狐、またの名を、――玉藻前たまものまえ。かつて激戦を繰り広げた大妖と、同じ名前に似た姿。まさか関係はないとは思うが、それにしたって驚きだ。

「・・・いや、なんでもないよ」

 そう言って改めて彼女の手を握る。これが彼女との――この時は思いもしなかったが、その後長い付き合いとなる――出会いだった。

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