序:2
輪廻転生、そう呼ばれる概念がある。人は死した後、新たに生まれ変わるという概念だ。
日本では仏教を通して入ってきた思想だが、道教や仏教、古神道等、様々な由来から構成される陰陽道にも、もちろんその思想は存在する。
人は転生するとき、原則それまでの人格、記憶を全て失う。そうでなければ生まれ変わるとはならないからだ。しかし、私は陰陽道の秘術を用いたことで、その原則を崩すことに成功した。
その秘術こそ「泰山府君祭」、後世では「人を生き返らせる秘術」と思われているようだが、実際は違う。
これは、人を「生まれ返らせる」秘術だ。術者を輪廻の輪から外し、その人格、記憶を保持したまま次の生を迎えさせる秘術。まさに陰陽道における奥義と呼べる秘術だろう。
もちろん、誰にでも扱える訳ではない。恐らくこの域まで達することが出来たのは、私と、せいぜい後一人くらいだろう。
ともあれ、その秘術を用いて私、安倍晴明が生まれ変わった先が、前世である安部春秋だった。はじめは驚いたものだ、何せ流石に私が生きていた頃から千年以上も未来に生まれ変わるとは思っても見なかったからだ。
転生自体も初めての経験であったし、本当に色々と苦労した。
日本語自体も随分と様変わりしていたし、目にするもの全てがかつてとすっかり変わっていた。それに赤子のふりをする、というのも中々大変だった。
しかし、あまりにも様変わりしていたためか、周りには初めて見るものばかりで、逆に子供の振りは上手く出来ていたように思う。周囲の目には、初めて触れるものに対して純粋に目を輝かせる子供に見えていたはずだ。
言葉遣いだって昔とぜんぜん違う以上、ほとんど覚え直したようなものだ。なので違和感はなかったはずだ・・・・
まぁ、それでも時折素が出ることもあったせいか、爺臭いなどと言われることはあったが。
とは言えその程度で、周囲には私がまさか安倍晴明の生まれ変わりだ、などと思う人間は居なかった。
まぁ現代の日本では陰陽道は廃れてしまっていたし、そもそもその陰陽道の中でさえ秘術中の秘術だったのだ、そんな可能性を考える人間は居まい。
むしろ、そういう点では時折見た創作の小説等のほうが意外と真実をついていたりして、驚かされたりしたものだ。
・・・とはいえ、まさか私の名前が千年後も残っているとまでは思わなかったが。私を主人公にした創作なども読んだが、流石にちょっと盛り過ぎだろう、あれは。
ある程度自由に動ける年齢になってからは、私は秘密裏にまた陰陽道の研究を始めた。
そもそも泰山府君祭を行ったのも、陰陽道の研究には人一人の一生では足りないと感じたからだ、ならば研究を続けるのは当然だ。
幸いにも現代の日本はかつてよりも様々な進んだ知識や、遠い異国の知識も簡単に手に入る環境だった。
かつての陰陽道に加え、日本だけではなく各国様々な魔術や呪術、それらに加えてパソコンやインターネットといった現代文明の技術さえも取り込んだ、言うならば現代陰陽道と言えるような体系を私は作り上げていった。
このまま研究を続けていけば、間違いなくかつてとは比べ物にならないほど陰陽道は進歩することが出来る、そう私は確信していた。
しかし、それは道半ばに終わってしまった。純粋な病というものは魔術や陰陽道でどうこうできるものではなかったのだ。
そして現代医療でも太刀打ち出来ないとなれば、それはもう仕方がない。今回の寿命はここまでということだ。
――そう、今回は。泰山府君祭は、その魂を輪廻の輪から外す秘術、一度輪から外れた魂は、もう戻ることはないのだ。当然次の生も記憶を引き継いだものとなる。
だから今回の生は道半ばではあったが諦められたのだ。次の生で続きをなせば良いと。
もちろん何の未練も無い訳ではなかった。別に陰陽道の研究のみで生きていた訳ではなかったので、家族や友人、恋人も居たし、収入を得るために仕事だってしていた。大切な人たちや、やりかけの仕事を残して逝くのは心残りだった。
けれど、それが仕方ない事だということもわかっていた。
願わくば次の生でもまた彼らに会えればと思うが、恐らく無理だろう。何せ今回は転生するまでに千年かかったのだ、次もきっと同じくらいの時間が必要になるだろう。
そうして私は春秋としての一生を終えた。願わくば、次の人生ではもっと長く生きることが出来るようにと、そう思いながら――
そうして次に目覚めた時が、今のこの状況だった。恐らく、いまようやく「物心がついた」という事だろう。
春秋の時もそうだったし、また同じように、赤子からやり直しというわけだ。けどまぁ今回はそれも2回目、きっと前より上手くやれるだろう。
今があの時代から何年経った後なのかはわからないが、自分が寝ているベッドや天井の様子からして、恐らく今度はそんなに年月が過ぎていないのだろう。
天井は簡素な木製のようだし、ベッドもそうだ。むしろ現代日本の基準で言えばそうとう粗末な物だった。
春秋の家は普通のサラリーマンの家だったが、今度はどうやら結構貧乏な家に生まれてしまったようだ。
けれどまぁ、それは大した問題じゃないだろう、お金が足りないのならば稼げば良いのだし、それまでは出来るだけお金がかからない研究をすれば良いのだ。
生活レベルの低下などはまぁ、貧乏とは言ってもそれでも千年前よりかは遥かに高いだろうから問題ない。
そんなことよりむしろ、前回の生からあまり年月が過ぎて無さそうということのほうが重要だ。
研究成果がまだどこかに残っている可能性もあるし、なんだったら家族や友人たちもまだ生きているかもしれない。
なら、もう会えないと思っていた彼らに再び合うことが出来るかもしれないということだ。もちろん正体を明かすことは出来ないだろうが、それでも会えるというのは喜ばしいことだ。
などと考えていると、扉の開く音の後、誰かが傍にやってくる気配を感じた。
足音からして恐らく大人の男女2名、状況からすると、恐らく彼らが私の今生での両親なのだろう。
(さて、一体どんな人物なのやら・・・)
できれば優しくて、小さなことを気にしない人物であるとありがたいのだが・・・
――しかし、ここで初めて想定外の事態が起こる。
「■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■」
(・・・・・・は?)
私に話しかける言葉が全く理解できなかった。恐らく日本語ではなくどこか外国の言葉なのだろう。
というか、その顔は明らかに日本人のそれではなかった。もしかして日本以外に転生してしまったのか、それともただ日本に住む外国人夫妻の間に生まれてきたのか・・・
父親と思われる男の顔は、ブラウンの髪を短く切った精悍な顔立ちだった。恐らくヨーロッパ系の顔立ちだろう、なかなかの美青年だった。
母親と思われる方もサラサラとした金髪を肩辺りで切りそろえた、これまた整った顔をしていた。もしかしてモデルか何かだろうかとも思ったが、それならもう少し裕福な家に住んでいるような気もする。
しかし彼女は本当美しい姿をしている。もし親子でなかったとしても、ぜひお近づきになりたいと思っただろう。
雪のように白い肌、まるで人形かと見違えるほどにバランスの整った顔、サラサラとした流れるような金の髪、そしてそこから覗く尖った長い耳・・・・・・ん、尖った長い耳?
『■■■■■■■■■■■』
彼女は何事かをつぶやきながら私に手を伸ばす。すると、何故かその指先は光を発し輝きだした。
すると、何故か急に穏やかな気持になり、段々と眠気がやってきた。
(は・・・?え、これって、まさか、癒しの魔術か何かなのか・・・?)
どういうことだろうか?少なくとも現代日本には陰陽道含め、魔術や呪術をちゃんと使える人間はほとんど存在していない。少なくともそう言う事になっているはずだ。
むしろ世間的には、そういう人種は創作の中だけの存在で、実際には存在しないと思われている。
まぁ私含め、実際には存在しているのだが、それでもそれは秘するべき事で、いくら赤子の前だからと言ってもそう簡単に見せて良いものではないはずだ。
(一体どうなってるんだ・・・?なんなんだこの状況・・・?)
全く知らない言葉に、明らかに日本人ではない両親。そしてまるでそれがなんでもないことのように目の前で使われる魔術。そして美しくも人ではありえない形の耳を持った女性。
ああ、そういえばと、消え行く意識の中でふと思い出す。
――創作物での「転生」では、こういう状況になるのが、確かお決まりのパターンだったな・・・と。




