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八:式神

「セイ、大丈夫か!?」

 戦闘の後、父が私に少しよろめきながらも駆け寄ってくる。色々聞きたい事はあるだろうに、まずすることが私の心配とは、やはり良い父だと思う。

「私は大丈夫です。それよりタマモと母さまを!」

「私なら大丈夫よ、セイ・・・」

 声がした方を見ると、父の後ろから母が姿を現す。まだ苦しそうだが、自分に治癒魔術を使ったのか体の傷はもう癒えているようだった。

「あの後ヤナが私を助け起こしてくれたから、セイが戦っている間に、まずはヤナと私を治療したのよ」

 どうやら父はあの後、このままでは戦えないと判断し、一先ずは母を救出することにしたそうだ。

 一時とはいえ私一人に任せるのは苦渋の選択だったが、戦線に復帰するのを優先したほうが結果的に私達が助かる確率が高いと、そう判断したという。

 その辺の判断はさすがは元騎士団長、『剣神ヤナ』という所だろう。誤算があったとすれば、父が戦線に復帰する前に私が倒し切ってしまった事だろうか。

 これも本来は、一番の懸念が父が戦線に復帰するまで持ちこたえられるかどうか、といった内容のはずなので、まぁ予想できなかった事だろうが。

 とにかく、おかげで父も母もとりあえずはもう怪我はないらしい。あとはタマモの治療だけだ。

「待っててねタマモちゃん、今治してあげるから・・・っ!『癒しの光よ、祝福を!』」

 母は倒れているタマモ駆け寄り、治癒の魔術をかけ始める。すると、見る見るうちにタマモの火傷や怪我が治っていく。

 今思えば母の治癒魔術を目の前で見る機会は殆ど無かった。実際どの程度の効果があるのかは、なんとなくでしかわからなかったが、ここまで大きな効果があるとは・・・

 母や父もkなり大きな怪我だったのにもう傷ひとつ無いようだし、この世界の魔術も中々奥が深いのかも知れない。

「ふぅ、これで大丈夫なはず・・・え、なんで、どうして!?」

 傷の回復を終えたはずのタマモだが、その息は荒いままで、苦しそうな表情は変わらなかった。

「そんなっ、だって治癒魔術はちゃんと成功してっ・・・ならもう一度・・・っ!」

「まてプエラ!それ以上はお前の魔力が保たないだろう!」

「でも・・・っ!」

 母はすでに息も絶え絶えといった風情だ。先程から顔色が悪かったのも、恐らくすでに自分と父の治療で大きく魔力を使ったせいなのだろう。

 これ以上の魔術行使は、恐らく母の命に関わる。そのため父は母を止めたのだ。

「おかしい、魔力が体から流れ続けていて・・・止まる気配がない、このままだと・・・っ!」

 父が魔眼で異変を察知したようだ。魔力、つまり陰の気が流れ続けて止まらない。それはつまりそれを制御する部分、脳にダメージを受けたか、もしくは・・・

「っ!まさか!」

 うかつだった。相手はサラマンダー、四大精霊。そう、精霊だ。魔物として受肉した存在と違い、顕現した精霊というものは、純粋にその神気の塊なのだ。

 顕現した精霊というのはいわば実体と霊的な存在が重なりあったような状態だ。そのため、その体が相手に及ぼす影響は肉体的なものだけではなく、霊的なもの、つまり相手の魂そのものに影響を及ぼす。

 俗に言う祟りや呪いといったものがその例だ。普通は大抵が陰の気の塊、つまり魑魅魍魎によって起こされるものだが、精霊によって起きない訳ではない。神罰、などと呼ばれるものがそれに近いだろうか。

 ましてや相手は四大精霊と呼ばれる強大な陽の気の塊、受ける影響は莫大なものだ。

 そんな神気の塊に直接長時間噛み続けられればどうなるか、それは、肉体のダメージだけではなく、魂そのものにダメージを受けるということだった。

 このままでは、いずれその魂に受けた傷から、気が全て流れだし、タマモは――死ぬ。

 だが、魂の傷というものは通常の手段で回復できるものではない。

 簡単なものならば十二天将の力でなんとかなるだろう。しかし、今回は傷が深すぎる。これを治す手段は・・・無い。

(どうする・・・・!)

 そう、治す手段はない。だが、生きながらえさせる手段ならば――あるにはある。

 問題は、それがタマモの一生、いや、その先・・・までをも決めてしまう手段だということだ。


「に・・い・・・さま・・・かあ・・・さま・・」

「タマモっ!」

「タマモちゃん!」

 目を覚ましたタマモが、私に話しかける。その声は弱々しく、今にも消えてしまいそうだった。

「タマモは・・・死んでしまうのですね・・・?」

 どうやら自分の今の状況を、本能的に理解したらしい。魂が傷つき、そこから命が流れだしていく感覚。それは、明確に死のイメージを想起させる物だ。

「・・・ああ、このままだと、あと少しで」

「セイ!?」

 だから正直に答えることにする。半ば確信している物を否定しても、それは不信にしかならないだろうから。

 母はそんな私を避難めいた顔で見るが、言葉自体は否定しない。恐らく母もわかっているのであろう。長い間治癒術師をしているのだ、助かる人間とそうでない人間くらい、見ればわかるのであろう。

「そうですか・・・」

 その言葉にタマモは、少し困ったように微笑む。その笑顔は、何かを悟ったような表情で、こんな歳の子供にそんな表情をさせてしまう自分が不甲斐ない。

「タマモは・・・もっとにいさまや、かあさま、とうさまと・・・一緒に居たかったです」

 そう呟くタマモの顔は本当に残念そうな顔で、そしてその目から涙が一筋、すっと流れ落ちるのを見て


――私の心は決まった。


「タマモ、一つだけ・・・助かる手段がある」

 だから私はタマモに問う。この契約の話を。何時かタマモを苦しめ、しかもそこに終わりが存在しないかもしれない、悪魔の契約となるかもしれない契約を。


「・・・タマモ・・・私の式にならないか?」

「式に・・・ですか?」

 そう、式。タマモの魂を神霊に近いものへと昇華させ、式としてこの世に繋ぎ止める。

 そのための儀式を――天曹地府祭てんちゅうちふさいと、そう呼ぶ。太山府君祭とはまた違う、ある意味不死を体現する術式だ。

 その内容は、こうだ。『魂を神霊一歩手前の状態に昇華させ、死後、神霊として生まれ変わらせる。』

 神霊となれば寿命などは存在しない、ある意味不老不死と言えるであろう。

 もっとも、代わりに人の世界との干渉も制限されるため、私は自身に使わなかった術式だが。

 しかしこの術式、通常の人間に行うことは出来ない。何故なら、普通の人の魂は、神霊として昇華するには脆弱すぎて儀式に耐えられないからだ。これに耐えられるのは、魂が人よりも神霊に近い存在、平安の世であれば現人神の直系である帝位のものだった。

 だが、ここにはもう一つ、神霊に近い・・・どころか神霊そのものの魂が存在している。――そう、四大精霊たる、サラマンダーの魂だ。

 幸い玄武の氷の檻によってサラマンダーの魂は囚われたままだ。この魂を精霊のものから、まずは御霊会と呼ばれる儀式で精霊の力を取り除き、「御霊」、つまり人や動物の物に近い魂に引き下げる。

 その時取り除いた力を、今度はタマモの魂に融合させる。そうすることで、タマモの魂を擬似的に精霊のものと同じ存在にするのだ。

 だがこのままでは、魂が神霊そのものとなってしまう。すると今度はタマモの肉体がその魂に耐え切れずに滅んでしまう。

 そのため天曹地府祭を持って魂を神霊になる手前の状態へとグレードダウンし、それを制御するために私の式として契約させる必要がある。

 天曹地府祭だけでも一応タマモは神霊として存在することは出来る。しかし、これだけだと神霊となったタマモは、人としての生を送ることは出来ないだろう。

 元々はただの人の魂なのだ。元から神霊に近い性質を持った魂でなければ、いずれ神霊としての力に魂を摩耗させ、別人となってしまう。 

 そこで式神としての契約だ。普通の人間ならば式として契約などできないが、天曹地府祭で神霊に近い霊となった存在ならば一応は可能なのだ。

 式神として契約すれば、私が制御することで自我や肉体をとりあえずそのままにして生きることが出来る。もちろん何らかの影響はあるだろうが、全くの別人になるなどは無いはずだ。

 これだけを述べれば、タマモには何のデメリットもないように聞こえるかもしれない。しかし、魂を神霊に近いものとするというのは、そんな簡単なものではない。

 まず一つに、死後は輪廻転生の輪から外れ、今度こそ純粋な神霊として永遠に存在することになる。それはつまり、タマモはタマモのまま、例えどんな辛いことがあろうとも、永遠の時を神霊として生きることになるということだ。

 そして私の式となるということは、契約が続く限り私から離れることが出来ないということだ。式と使役者の契約は、使役者が死して輪廻に取り込まれるまで続くものなのだが・・・

 残念ながら私は泰山府君祭により輪廻の輪を外れた存在だ。まぁつまり今の身が滅んでもいずれまた私に縛られるようになるという事だ。永遠に私から離れられないということでもある。

 これが私でなければ縛られるのは今生で住むのだが、残念ながら恐らく今の世界でこの術を使えるのは私だけだろうし、居たとしても今この場に居なければ意味が無かった。

 私はこの辺りのことを、出来るだけ簡単に、しかし慎重に説明する。人生どころかその先の永遠まで決める選択だ、誤解が合ってはならない。

 そして説明を終えると――


「是非お願いします、にいさま!」

 タマモは迷うこと無くそう告げてきた。


 ・・・えっと、説明をちゃんと聞いていたのだろうか?

 要は魂を勝手にいじくり回した挙句、一生どころか永遠に私の支配の元に生きるという意味なのだが。


「だって、つまりにいさまが死んでも、またにいさまと一緒にいられるってことですよね?だったらタマモにとってこんなに嬉しいことはないです!」

 

 迷いのないその言葉に、私も覚悟を決めた。私にとって初めての大切な妹だ。タマモが望んでくれるというのならば、この身が滅んだとしても守り続けてみせよう・・・!

「わかった、父さま、母さま、詳しい内容は後でまた説明します。今は私を信じて、見守っていてください。」

 私の説明する内容に、目を白黒させていた両親にそう告げる。儀式が終わって、タマモが無事に復活したら、やはり両親には全てを話そう、そう決めた。

「あ、あぁ、正直何が何だかわからないが・・・俺の息子だ、信じるさ」

「ええ、私も・・・後でちゃんと説明してね、セイ」

「・・・はい、必ず」

 両親の返事にそう答え、私は儀式を始める。天曹地府祭に御霊会、式神契約、どれも本来は十分に期間と設備を準備して望むものだ。だが今はそのどれも存在しない。

 ならばその分は、私の力量で補おう。これでも天才陰陽師と呼ばれた、『安倍晴明』あべのせいめいとは、私のことなのだから――!

「天界より、来たれ神将!疾くと来たれ十二の天将――!」

 私は十二枚の式札を全て取り出し、十二天将達を全て呼び出す。この一年の修行で、何とか短時間であれば全員を同時に呼び出せるようになっていた。

 突如現れた十二の神霊たちに、両親がまたも目を白黒させる。天将達は、人の姿をしたものが半分に、残りは魔物のような姿をしたものが半分だ。しかも明らかに強大な力を纏ったそんな存在が、いきなり現れれば混乱もするだろう。

 だが説明は後だ、今は彼らの力を借り、儀式を行うことを優先する。

「頼むぞ将達――お前たちの後輩になる存在だ、全力で行くぞ!」

 そして私は天将達の力を借りて儀式を進めていく。儀式が全て終わる頃には、日はもうすっかり落ちた後だった――






「ん・・・にい・・・さま・・・?」

「おはよう、タマモ」

 儀式が全て終わり、一度意識を失っていたタマモが目を覚ます。

「気分はどうだ?一応術式は成功したはずなんだが・・・」

「はい、なんだか生まれ変わった気分なのです!」

 タマモはそう元気に応える。確かに、ある意味タマモは生まれ変わったのだ、その表現は正しいだろう。

「にいさま、タマモは・・・式神になったんですか?」

「ああ、一応な。ただまぁ普通の式とは少し違うけれどね」

 今のタマモは、言うならば人造の神霊の、さらに一歩前の状態だ。本当の意味での神霊になるのは、死後肉体を失ってからであり、それまでは私の命令に逆らえない、という点を除けば普通の人間と殆ど同じだ。

 通常の式神が式符を媒介にして肉体を顕現させているのに対し、タマモは最初から魂を肉体から切り離していない。そのため普通の式のように別の空間から呼び出すなどは当然出来ない。つまり、普段から常に式を呼び出した状態になるということだ。

 ただ、代わりにその肉体を形成するために私の霊力を使う必要もないため、その点は問題なかった。

 問題があるとすれば、タマモの魂と神霊の力をうまく共存できるようにする制御の方だ。

 常にこの制御にリソースを割かないといけないため、しばらくは大規模な術式は使用できないだろう。十二天将もしばらくは全員同時召喚は不可能だ。

 タマモが成長し、いずれは自分でその制御を行えるようになるかもしれないが、それまでは私の力に制限がつくことになる。

 とはいえ、そもそも十二天将を全員呼び出さないといけないような自体など、早々は無いし、大規模な術式だって、本来は一生のうちに何度も行う機会はない物だ。この程度は問題無いだろう。

 結果タマモは普通の人間と同じように存在できるようになったが、当然多少以前と違う部分も出てくる。

 例えばサラマンダーという強大な陽の気を取り込んだことによる、霊力の変化だ。

 その力で、今のタマモならば以前よりも遥かに大きな霊力を練ることが出来るだろう。

 そしてもう一つが・・・

「・・・あれ?しっぽが・・・増えてるです?」

「ああ、これは私も予想外だったな・・・」

 多少の肉体の変質は可能性としてはあったが、どういう影響か、タマモの尻尾が増えていたのだ。

 私自身今回のような術は初めて使用したため、致命的ではない問題の場合どういう事態が起こるか予想できなかった。

 しかし、これはあまりにも・・・

「まさか、本当に九尾になるとは・・・」

 そう、タマモの尻尾は現在、9本存在していた。

 それは奇しくもかつて激戦を繰り広げた大妖と同じ尾の本数であり、さらに同じ狐に近い神霊であり名前までも同じで・・・

(ああ、なるほど・・・)

 そう、タマモは妖狐族という狐に近い獣人種だ。そして、狐とは、稲荷神などの神霊となることの多い存在でもある。

 ならば狐に近いということは、タマモの魂は元から多少神霊に近い存在だったのだろう。そのため、神霊となった狐の特徴がその身に現れたと、そういう事かもしれない。

 何故なら狐の神霊にとって尾の数とは、その神力を示す物なのだ。

 今のタマモが保つ力は、仮にも四大精霊が持っていたものと同等であり、さらにはそれを魔力と合わせ霊気として練ることも出来る。ならばその力は、使いこなすことが出来ればかつて対峙したあの大妖に匹敵するだろう。

 そのため狐の神霊が持つ最高の数、九本の尻尾が顕現したと、そういうことかもしれない。まぁ全ては仮説であり、同じ事例が存在しない以上真実はわからないが。

 ただ、それでもタマモの魂が元から神霊に多少近いというのが本当であれば、いずれはその力を自分で制御できるようになるかもしれないので、その点は喜ばしいことだろう。

「んー、ちょっとお尻の辺りが変な感じですけど、慣れればどうということは無さそうなのです」

 そう言って尻尾をもぞもぞと動かすタマモ。九本に増えてモフモフ度合いも九倍だ。顔を埋めてみたい衝動に駆られるがここは我慢だ・・・!

「けど、これでタマモはにいさまの物になったのですね!」

「まぁ、私のものといえば私のものと言えるが・・・」

 ちょっとその言い方は誤解を招くからどうにかして欲しい所だ。いや、ならば誰かにやるかと言われれば絶対に渡す気はないが。

「まぁ色々と不都合はあるかもしれないが、改めてよろしく頼む、タマモ」

「はい、にいさま!」

 なんにせよ、タマモは私の式神となってしまったのだ。ならば使役者としても全力でタマモを守らなければなるまい。

 ・・・普通は式神のほうが使役者を守る側なのだが、それはこの際置いておく事にする。

 言わばタマモにとって私は上司のような存在になるのだし、ならば部下が健やかに過ごせるように努力するのは相手が式だろうがなんだろうが上司としての努めのはずだ、うん。

 ・・・他の十二神将たちにだって望むものがあれば出来るだけ与えるようにしているし、タマモが特別扱いというわけでは決して無いぞ、うむ。

 などと心の中で誰かに必死に言い訳をしていると、ふと後ろから方に手を置かれる。


「・・・さてと、色々と説明してもらおうか、セイ」

「タマモちゃんの尻尾とか、さっきの魔物?とか人たち?の事とか、なんでそんなことが出来るのか、とか、ちゃんと納得行く説明をお願いね?」


 後ろには、ようやく事態が落ち着いたと見て話しかけてきた、険しい目つきの両親が居た。

・・・うん、大分はっちゃけて力を使ってしまったし、やはり言い訳するには厳しいだろう。

 さっき決めたように、両親には全てを話すことにしよう。

 信じてもらえないかもしれないという不安はある。けれど、ここまで私を愛し、心配してくれた両親に、嘘をつくというのは心情的にしたくなかった。

「タマモも、何となくはわかっているかもしれないが改めて聞いてくれ」




 そして私は全てを話す。

 今まで使っていた術が陰陽術という魔術とは別の術であること。

 その術を使うことが出来るのは私に前世の記憶があるからということ。

 今まで2回生まれ変わっており、前世の名前は安部春秋、さらにその前は安倍晴明という名前だったこと。

 その前世は恐らくこことは別の世界であるということ。

 そしてその術でタマモを救った結果、タマモは私の配下となってしまったこと。

 タマモは死後も神霊として生まれ変わること無く、私の配下のままであるということ。

 今の状況に納得するため必要だと思うことを、思いつくまま全て話した。

 話が終わると、両親は難しい顔をしたまましばらく黙りこむ。やはり今すぐに全てを受け入れ納得することは出来ないだろうし、聞いただけでは理解しきれない部分も多いだろう。

 私としては出来れば信じて欲しかった。今の両親は、私にとってもはやかけがえの無いものだ。そんな二人に受け入れてもらえないというのは、やはり悲しい。

「セイ・・・」

 ずっと黙っていた父が、ようやく口を開く。

 何を言われるか、不安に思ってた私にかけられた言葉は、少し予想外のものだった。

「つまり、タマモはお前が一生面倒を見る、そういう事なんだな?」

「え?あ、あぁ・・・まぁそういうことになります」

 一生どころか死後も永遠に見ることになるわけだから、まぁ別に間違いではない。

「そうか・・・タマモはそれで良いんだな?」

「はい、問題無いです」

 タマモはその言葉に嬉しそうに微笑む。

「そうか・・・タマモが幸せなら、それで良いか・・・」

 どうやら父はそれで納得したらしい。いや、というか

「えっと、父さま、他に何かないのですか?正直すぐに信じてもらえる内容だとは思わないんですが」

「・・・?父親が息子の言葉を信じるのに、何か理由がいるのか?」

 なんだか凄く格好いい台詞が帰ってきた。これをシラフで言うのだから母さまが惚れたのも納得だ。

「生まれ変わりって話も、リスティアナ聖教には無いが、ウディズ教にはある教えだしな、一応何となく納得はできる。それに・・・あれだけの俺達の理解の及ばない力を見せられたんだ、それだけでも納得する十分な理由になる」

 一応他の理由も説明してくれる父。どうやら輪廻の概念もわかってくれているらしく、それが理解の補助になったようだ。

「私も、理解はあまり出来ないけれど、セイの言う事だもの、信じるわ」

 母も私のことを信じてくれるらしい。・・・本当、今生の両親には頭が上がらない。

「けど、一つだけ言いかしら・・・?」

「はい、何でしょう?」

「その、セイは以前他の名前だったのでしょう?セイメイとか・・・ハルアキとか・・・そちらの名前で呼んだ方が良いのかしら?」

「いえ、今の名前はセイです、母さまたちがつけてくれた大事な名前ですから。むしろそちらで呼ばれると、他人のような気がして嫌です」

 そう、私にとっては重要なのは過去の名前ではなく、今の名前だ。これは両親が私につけてくれた名で、大事な絆なのだから。

「そう、良かった・・・」

 私の言葉にホッとした表情を見せる母。恐らく母も同じようなことを考えていたのだろう。

「なら、セイもタマモちゃんも、変わらず私達の子供ね!特に何が変わるということではないもの」

「えっと・・・良いのですか?」

 自分で言うのもあれだが、私の言葉を信じるということはつまり、自分たちの子が、実は中身が知らない老人だったという事を信じることになる。そんな存在を子供として認められるのだろうか?

「良いも何も、セイが私達の子供って事実は変わらないもの。中身がちょっと年を取ってるなんて些細な問題よ」

「普通の子供だって、自分たちの知らない場所で色々と経験を積んで知らないうちに大人になっているものだ。セイは、それが極端に人よりも早かったと、そう思えば大した問題じゃない」

「そうね、ヤナ。それにどちらにせよ、セイの言葉を信じるなら私よりも年下には違いないのだから、気にすることはないわよ」

「母さま・・・父さま・・・」

 改めて両親の人間の大きさを実感する。私が親だった時、こうも寛大に接することが出来ただろうかと思うと、少し情け無さすら感じる。

「にいさま、タマモはにいさまがどんな人でも、にいさまのタマモですよ!」

 タマモは無邪気にそう笑いながら私に擦り寄ってくる。

 タマモに関しては、最初から私が色々な知識を持っていることを知っていたし、年齢に関しても見た目が子供な以上、何となく年上というだけの感覚で、大きな開きがあるという実感が無いのだろう。

 それにタマモ自身いずれ神霊になる身であるし、その辺の感覚はすでに些細なものになっているのかもしれない。

「さてと、それじゃあ帰りましょうか。タマモちゃんのことに関しても、色々と細かい注意とか必要なのでしょう?その辺もゆっくりと話さないといけないもの」

「ああ、それに俺もプエラも力を使いすぎて大分ガタが来てる・・・一度ゆっくり休んで・・・ああ、盗賊たちの後始末もしないとか、色々とやる事は多いな・・・」

「・・・はい、帰りましょう母さま、父さま」

 こうして泉にまつわる炎の精と、森に迷い込んだ盗賊、そしてタマモに関する事件は終結した。

 色々と細かい事後処理は必要だが、これでしばらくは平和な日々が続くことだろう。

 願わくば、そんな穏やかな日々が、出来るだけ長く続けばと


 私は晴れやかな気持ちで、そう願うのだった――


一章完結です。次話から二章になります

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