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番外編バレンタイン「坂巻さんの日常」

「はぁ、はっ、っ......」


 息を切らしながら扉を開けた。零れた吐息が微かに白い。歩き慣れた階段を壁に半ば自分の体重を預けるようにして登る、安全装置が解除されていたのがせめてもの救いだ。


「坂巻さん!」


 2階のオフィス扉を開けると同時に叫んだ。


「遅ーい、奏人くん」


 え、折角走って来たのに第一声がそれ? 依頼人用のソファに豪快に横にころがったまま、顔さえ上げてもらえず迎えられる僕だった。いやいやいや、ちょっと待て。


「僕、坂巻さんが大ピンチで死にそうだって聞いて来たんですけど。わざわざ非番の日の午前6時に」


「これからピンチになるんだよ、気にするな。それよりちょっと走っただけで息上がりすぎぎゃない?」


「こっから家まで14.065kmもあるんですから当然でしょう。人を呼びつけといてヒドくないですか?」


「フルマラソンのたった3分の1じゃん。それに奏人くんが来てくれたのは最後に『報酬は弾む』って言ったからだろ」


 あ、はいそうです。なんせあの坂巻さんがボーナスを出すというのだから。逆にそれがなかったら多分ここに来てない。


「それで、何の用ですか。適当な仕事ぶりにとうとう恨みでも買われました?」


「うーん、それならまだ良かったんだけどねー。はぁ、奏人くんは今日が何の日か知ってる?」


「バレンタインですよね、まあ坂巻さんには縁のないイベントだと思いますけど」


「それがあるんだなー、今日一日俺はチョコレートを回避するために逃亡しなきゃならないんだ」


「何贅沢なこと言ってるんですか。素直に貰えるものは貰っとくのが得策でしょう」


 とは言っても坂巻さんにチョコレートを渡す物好きな女性ヒトなんかいるのかなあ、大分失礼なこと思ってるけど。


「違うんだ、その子毎年チョコくれようとするんだけど彼氏いるんだよねー。俺が貰っちゃったら彼氏さんに嫉妬されるじゃん?」


 嫉妬されてそのままゲンコツの1つでももらえばその性格もちょっとはマシになるんじゃないですか、なんて言えない。


「僕にどうしろと?」


「多分もうすぐここに来るから、『坂巻さんは今マフィアに追われてアメリカに逃げたからいない』って言っといて」


「『帰って来たら渡しておいてください』とか言われたらどうするんですか?」


「『主とは連絡が取れないんです、だから代わりに僕が美味しくいただきます』って言えばいい」


「それだと僕が嫉妬されます」


「えー、じゃあ......」


 ちょっと悩むように言った後、やっとソファから起き上がり頭を上げて僕の方を見た。


「とりあえず俺逃亡するから奏人くん留守番よろしく」


「僕もう帰っていいですか?」


「なんでだよ、呼んだ意味ないじゃん」


「普通に居留守使えばいいじゃないですか」


「............」


 はい沈黙、はい論破。


「んじゃこのまま寝てるから、あの子が帰ったら起こして」


「結局僕は帰れないんですね」


 まあいいか、ボーナスに期待しよう。さぞ素晴らしいものなんだろうな(願望)。



 坂巻さんが本格的に寝入ってから30分くらいたった頃、その時は突然来た。


「小次郎ー、小次郎ー、坂巻小次郎ー」


 突如女の子らしい高く可愛いカンジの声とともに事務所の入口の扉がガンガン叩かれ、その衝撃音が僕のいる2階まで響いた。


「ねーいないのー? おーい小次郎ー」


 粘り強く張り付くので、なおも扉は衝撃を受け続ける。どうでもいいけど下の名前呼びするから一瞬誰のことかわからなかった。


「寝てるのかなー、もう、仕方ないなあ」


 もちろん居留守を使ってるので返事なんかしないが、どうやら声の主は坂巻さんはここにいると思い込んでいるらしい。


「よっし、起こしに行くか」


 ええ、なんでそうなるの......ちょっとまずいな。急いで部屋の入口に鍵をかけ、坂巻さんを起こそうと試みる。階段を登る度に響くギシギシとした音が僕の緊張を最大限に引き出す。


「坂巻さん、起きてください」


 小声で呼びかけ身体を揺すってみるも、全く起きるような気配がない。ああそうだ、坂巻さんは寝起きが悪いんだった。


「ちょっとー、何で鍵かかってるのもう」


 一方扉の方からは不満気な声と、その気分をそのまま表すかのようにガンガンと扉が叩かれる。さすがに諦めるだろうとほっと息をつきかけた時だ、何やら声の主が今度はガサガサとカバンをあさり始めた。続いて金属が擦れるようなチャランチャランという音が聞こえてくる。


「?」


「えーっと、合鍵はこれかな確か」


「!?」


 なんでそんなもの持ってるんだ(一瞬ピッキングかなんかだと思った)。せめて坂巻さんの姿だけは隠そうと思いかけられている布を頭まで被せる、カモフラージュに僕の上着ものせて。僕がその作業を終えるのと部屋の鍵が開けられるのはほぼ同時だった。


「小次ろ......あれ?」


 入って来た女の子は僕をみとめると目をぱちくりさせた。なんかこう個性的なカンジの子なのかなっていう印象があったけど、いい意味で割と普通だった。結構低身長で、この寒い季節に不似合いなふりふりレースの白っぽいワンピース、ふわふわした茶髪が後ろで緩く束ねられていた。メッシーバンってやつ?


「んーと、誰?」


 怪訝そうに僕を見るその目の、長いまつ毛が微かに揺れた。わかりやすく顔に不快感が表れている。


「坂巻さんの助手です。主は今ちょっと出ていまして」


「ふーん、どのくらいで帰ってくるの?」


「主は今マフィアに終われてアメリカに。連絡もとれなくて困ってるんです」


 結局それ言うのかーい、僕。


「ええー、お金足りてるのかなアメリカなんて」


 なんかズレてない、心配するトコそこなの?


「まあいいやー、あなた名前何だっけ?」


「桐生奏人です」


「これ、もしも帰って来たら渡してて。あと、アメリカに行く金があるんなら家賃は貯めこまずにちゃんと払えやって」


 手た提げていた紙袋を僕に手渡し、いや押し付けそう言った。うーんと、ここの大家さんなのかな多分。


「じゃあ帰るよ、ばいばーい」


 僕に背を向け部屋から出ていこうと彼女が2、3歩進んだその時、ソファの辺りからガツンと先程の扉をガンガン叩く音とそう変わらない大きな衝撃音が響いた。


「え!?」


「ん?」


 脊髄反射的に発した声が綺麗にハモる。


「痛ったあああああああ」


 ああ、折角彼女が帰ろうとしてたトコだったのに。恐らく今日一番の奇声が部屋全体に響き渡る。


「なんだいるじゃん小次郎」


 振り返った彼女が横目で僕を睨むように言った。頑張ってカモフラージュしたのにまさかソファから落ちてバレるとは、なんて坂巻さんらしいんだ。


「小次郎ー、ハッピーバレンタイン!」


 押し付けた紙袋をさっと僕の手から奪い取り、坂巻さんの方へ一直線にかける。


「いやー、そのー、俺は気持ちだけで全然」


「はあ!? 小次郎のために買ったんだから受け取ってよ」


 無理矢理紙袋を坂巻さんの手に握らせる。完全に部外者な僕は、ただその光景を黙って見ているしかなかった。


「いやー、俺実はチョコレートアレルギーなんだった」


「毎年受け取ってるのに今更?」


「......今お腹いっぱいだしさ」


「賞味期限9月までいけるよ」


「こ、こんな高価なもの受け取るのはやっぱり悪いし」


「またまたー、そんな要らない謙遜なんかして」


「うーん......」


「と・に・か・く、いつも家賃に終われる小次郎へのささやかなプレゼントなんだから素直に受け取って、ね?」


 有無を言わせぬその表情に坂巻さんが唸る。なにもそこまでかたくなに拒否しなくてもいいんじゃないのかなー?


「ねえ。奏人くん、だっけ?」


 僕の疑問に答えるように、彼女は僕の耳に顔を近づけて言った。


「はい、そうですけど」


「なんで小次郎があそこまでチョコレート拒むのかわかんなくて悩んでるでしょ?」


 まるで僕の心を見透かすように言う。


「あなたの彼氏さんが嫉妬深い人だからじゃないんですか?」


「え、小次郎そんなこと言ったの? あはは、ウケるー」


 ......なんか笑われた。


「言っとくけど、ウチ彼氏なんかいないし」


「え?」


「実はね......」


 口元に手を当て、ヒソヒソ話をするように耳元で小さく囁いた。


「小次郎ってすっごい律儀なんだよ。バレンタインにチョコ貰ったら絶対ホワイトデーに返すタイプ。しかも『女の子の気持ちには倍返しで応えないと』とか言うんだ。だから毎年毎年かなり高額なやつ買うの☆これ、内緒ね」


 意外すぎて言葉が出ない。チラっとソファの坂巻さんを目で見やる。だから逃亡するとか言ってたのか。意外と律儀なトコあるんだな、ただそれが大分ひねくれて行動に現れてるけど。

 いいこと聞いたかも、これがボーナスってことにしといてあげよう。心の中でふっと笑った。


挿絵(By みてみん)

坂巻さんのバレンタイン←終わってます(^^;


更新遅れて申し訳ありません><


坂巻さんの格言に時間がかかってしまいました笑


次回は通常運転です

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