サブ垢のサブ垢始めました3
時は夕暮れ現在仕事中
「状況を整理しよう」
葉を包んだ紙を細長く丸め、くわえたそれを100円ライターで火をつけ、ゆっくり右手に持ち替えながら、壁に預けた背をゆっくり起こす。
真横から差し込んでくる夕日が彼のその横顔を照らし、うっすらと煙が辺りを包む。ここだけを切り取るならば、探偵映画のワンシーンのようだと言えなくもない。
なんていうか、格好いい。
「よし奏人くん、見せ場だ」
発言は全然格好よくなかった。
「そういうのは迷主が決めて下さいよ」
「いやいや、主としてここは弟子に手柄を譲るよ」
「またまた、僕なんて恐れ多い。迷主の見せ場を奪う訳には」
「俺の見せ場は謎解きだ。そして、こういう地味でしんどいやつをするのも修行だ」
「えー、それただ面倒くさいだけですよね」
「面倒くさいとはなんだ、仕事というのはだな」
「正直どっちでもいいですわ。とりあえず言えるのは、私達迷惑よ」
丁度正面玄関から出て来た壱川さんの一言で、言い争いがぴたっと止む。お口の運動を止めて初めて周りの目線に気づいた。
うん、確かにマンションのエントランスで騒いだら迷惑だわな。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって。部屋、片付いたので案内しますね」
そう言って壱川さんは慣れた手つきでオートロックを解除する。でもすごいな、カードキーに暗証番号に指紋認証まで必要とは......さすがお嬢様ってカンジ。
「へぇ、なかなか立派な建物だ。琴美さんは何階にお住まいで?」
ん、下の名前呼び!?
「え? ああ、最上階の29階ですわ。そこから見下ろす眺めは、はなかなかに素晴らしくってよ」
「わあ、それは楽しみだ。なあ奏人くん?」
「ええ、そうですね」
「でしょ。あ、こっちですわ」
エレベーターホールへ行こうとすると、壱川さんはそれを阻止して非常口の方を指した。え、もしかして階段登らせる気なのか? と思ったけど、どうやら違うらしい。扉を開けると階段ではなくエレベーターがあった。
「これはね、29階に直通で行けますの。便利でしょ、知る人ぞ知る隠し通路よ。あ、さらにこの空間は特殊な加工がされていて、火事が起きても火を防いでくれますの」
すごっ、セキュリティがもう完璧すぎる。
「さ、乗って乗って。このエレベーター結構高速だからちょっと注意しておいてね」
言うが早いか、僕らを乗せるとエレベーターはすぐ発車した。確かにめちゃくちゃ早い、ものの10秒程での到着。ジェットコースター並かもしれない、酔う人は酔うだろう。
「ここが29階、俺の事務所の約10倍か」
「ワァ、実にワカリヤスイ比喩デスネ」
「ん、意味ホントに分かったの奏人くん? マンションの高さも、値段も10倍って、二重の意味で言ったんだよ。上手くない今の?」
「はぁ、要するに自虐ネタですよね」
「つまらないものしか出せなくてすみません」
「いえいえ、この紅茶とっても美味しいですよ」
「そう、それはよかったわ」
「坂巻さんもどうですか? 美味しいですよこの紅茶」
「いや、俺はいい。俺はくつろぎに来たんじゃなく、事件を解決しに来たんだ。早く片付けて、そして寝る。ああ、そんなことよりストーカー被害のこと、尾行から始まって空き巣、脅迫状の順番で合ってますよね」
「ええ、そうですわ」
何やらメモを取り出して書き始める坂巻さん。こういう姿は探偵っぽい、便利屋ではなく。
「えっとー、尾行が三ヶ月前から一週間続き、二ヶ月半前に一回と二ヶ月前一回、計二回空き巣に入られた。その後一回脅迫状が送られたが、脅迫状はそれきり来ないと。そして今は何の音沙汰もなし、ここまで間違いありませんね?」
「はい」
「その尾行してた男の顔、ちょっとでもいいんで覚えてることとかないですか?」
「うーんそうですわね、顔写真で良ければ」
え、顔写真あるの? ちらっと坂巻さんの方を向くと、向こうも驚いたようにメモの手を止め僕を見ていた。きっとこの時、二人の思考はシンクロしただろう「いや、それ先言えよ」と。
「マンション前の監視カメラに一回だけ映ったんですわ、そこまで画質は良くないけれど」
と、この時初めて壱川さんは薄いピンクのスマホをバックから取り出し、そこに入っていると思われるストーカーの画像を坂巻さんに見せた。それを見るなり坂巻さんは小さく笑みを浮かべた。
「なるほど、よし分かった。奏人くんちょっと」
口元に手を当て、坂巻さんは僕の耳元で囁くように間違いなくこう言った。
「謎は解けた多分」
「えっ、マジですか?」
坂巻さんは僕の質問には答えずウインクで返した、上機嫌のサインだ。
「琴美さん、ちょっと気分転換に煙草吸って来ますね」
言うが早いか、坂巻さんはそう言い残してベランダの方へ出て行った。よくもまあ人様の家をずかずかと。
桐生奏人「僕はわからないまま次話まで待機ですか」
すみません、今回めっちゃ短いです。
次は気合い入れますので許してやって下さい(笑)