サブ垢のサブ垢始めました2
「えーとですね、当事務所は安心と安全の為に徹底したセキュリティに力を入れております。探偵、といった非常に恨まれやすい職業をしておりますと、いつ、どこで、だれに狙われるかわからない訳です」
「はあ、つまりどういうことですの?」
「今、事務所に入るとナイフに襲われます(物理)。ですが安心して下さい、坂巻さんが今解除してますから」
「......はぁ」
「とはいえ、このままでは寒いですよね壱川さん。ちょっと待ってて下さい、ブランケットでも取ってきます」
それを聞いて壱川さんは目をぱちくりさせた。
僕的には『気がききますね』とか『ありがとうございます』という答えを期待していたが、何も言ってくれない彼女。おとずれる沈黙。
あれ、選択間違えた?
「え、あの今事務所に入れないんじゃないの?」
「ああ、僕は大丈夫です。ナイフの位置知ってますから」
「あら、そうなの? ってことはナイフを避けて通れるってことなのね、凄いわ見てみたい」
ん? えーと、僕はトラップの位置を知ってるから避けて通れるってだけなんだけど。
「まあ、そうですかね」
「凄いのね、五右衛門之助みたいだわ」
五右衛門之助、誰だそれは?
「依頼人のご期待に沿うのが僕達探偵です、貴女の為に一芸をお見せしますよ」
......わからないことは完全スルー、これぞ坂巻さんの鉄則。
「あら、嬉しいわ」
「......あー、盛り上がってるとこ悪いんだけど安全装置解除済み☆」
あ、坂巻さん。
「えーと壱川琴美さん、27歳華の独身で大手企業の社長秘書びじん、と。よくぞこんなへんぴなところまでお越し下さいました、ご依頼内容は?」
究極の便利屋坂巻探偵事務所の一室に、気だるそうな坂巻さんの声がこだます。
よくそこまで棒読みですらすらと、流石坂巻さんだ。
「ボディガードですわ、最近俗に言うストーカーに困っているの」
「えーと、詳しく説明お願いします」
「ええそうね、三ヶ月前くらいかしら嫌がらせが始まったのは。最初は夜道をつけられてただけなんだけど、だんだんエスカレートして家に入られたり変な手紙が来たりして。それでだんだん怖くなって貴方に依頼したの」
淡々とした口調で彼女は語った。
「ちなみに尾行は今も?」
「いえ、それは最初の一週間くらいでなくなったわ」
「部屋に入られたっていうのは合鍵で? それとも器用に針金かなんかでこじ開けられたんですかね?」
「それがわからないの。部屋のものが微妙に動かされた形跡があったから部屋に入られたのは間違いないんだけれど、鍵は私が持っているこれ1つしかないし、こじ開けられた後はなかったわ。まぁ、大家さんが勝手に入ったっていう可能性もなくはないけれど......」
「ふぅん、では手紙というのはどんな?」
「え、ええ、そうね......あ、あのなんていうのかしら、脅し文句が並べられていたわ。ごめんなさい、あまり細かくは覚えていないの。怖くて捨ててしまったわ」
「なるほど、他に何か被害は?」
次々と質問を続けていく坂巻さん。
なんていうか、さっきから僕の部外者感が半端ない。
最初からずっとただ突っ立っているだけ、助手は助手らしくノートでもとるべきなのか? と言っても依頼人の話は一度聞いたら全部頭に入る、という坂巻さんのことだし(あくまで自称)。
そうだなー、ギリシャの三大問題について真剣に考えてみるか。
「うーんそうだな、聞いててもよく分からん、おい奏人くんとりあえず出かけるぞ」
「ふぇ!? はい坂巻さん」
我ながらかなり間抜けな返事をしてしまった。
「では、交渉成立ね。依頼料はいくら払えばいいかしら?」
「現金で300万円」
「っ、それはちょっとぼったくりではないかしら?」
「じゃあ300円で、ちょっと準備してきまーす」
奏人くん、と坂巻さんが小さく手招きしたので一緒に奥の部屋に入っていく。遅れて後ろから『えっ、300円!?』という壱川さんの声が聞こえた。
扉を閉めた途端、坂巻さんはふぅっと一息つき、先程とは打って変わって声のトーンが1オクターブ低くなった。
「彼女のこと、どう思う?」
なんと答えていいのか分からず、僕は一瞬うろたえた。
「どうって、綺麗な人ですよね」
違う、と言いたげに坂巻さんは小さく首を振る。
「そうじゃない、今はまだわからないが彼女には要注意だ多分。......そういえばさっき安全装置の仕掛けバラしてたでしょ、奏人くん」
っていうかどっから見てたんだ?
「だって彼女が見たいって、興味深々っていう顔で」
「あーニヤけてたもんなー、カッコつけたかったのかな奏人くん?」
「悪いですか?」
「いやいや、若者らしくていいんじゃない? とにかく、彼女には隙を見せないでね、以上」
それだけ言うと、坂巻さんは部屋を出ていった。結局坂巻さんが何を伝えたかったのかはわからない、途中から元の調子に戻ってたし、ただ単に浮ついている僕に釘を刺しただけなのかもしれない。
部屋には僕一人が取り残される形で静寂が舞い降りた。
ただ、頭に残るのは去り際にポツリと放たれた坂巻さんの言葉。
「彼女は嘘をついている」