サブ垢のサブ垢始めました。1
究極の便利屋坂巻探偵事務所
裏路地通りにある、便利屋なのか探偵なのかよくわからない事務所のドアを開け、慎重に奥へと進む。階段を上がり狭い廊下を進んだ突き当たりの部屋がオフィスになっている。(ちなみに一階は散らかった物置部屋)
この部屋に入るのもいつの間にか慣れた。
踏むとギシギシ鳴る年季の入った床も、日の当たらない狭苦しい殺風景な室内にも、そしてこの事務所の主、坂巻小次郎にも。
「坂巻さぁん、いますかぁ?」
暗い室内に明かりを点けながら主を呼んだ。
だがしかし、自分の声が響くばかりで一向に返事はない。うーん、いないんだろうか? 見渡してもそれらしい人影はない(そりゃそうか)。いやでも、坂巻さんが僕を呼び出したんだし。
どうしたものかと思案していると、テーブルの上の一枚の紙切れに目がいった。
ーー奏人くんやっほー! 昼寝してるからお越してね、よろしく☆
……相変わらず漢字が苦手らしい、って『起こす』ぐらい書けろよ、小2で習うだろ!
.....いや、待て待て突っ込むところはそこじゃない。桐生奏人、高2、本来なら今日(日曜日)はバイトは休みなのに、わざわざ呼び出された理由、昼寝を起こして欲しかったから。
ああ、なるほどね、だからここに来る指定の時間が午後2時23分と、何故かやたら細かかったわけだ。.....ふざけんなよ、迷主。
一時は起こすのを止めて帰ってやろうか、とも思ったが、ここまで来て何もせず帰るのはさすがに時間の無駄が過ぎるので、30分遅らせて坂巻さんを起こすことにした。
隣の彼の自室に入ると、坂巻さんはベッド、ではなくソファーの上で丸まって、呑気にいびきまでかいて寝ていた。
なんとも幸せそうな寝顔で。
「坂巻さん」
そこそこ物が散乱した室内を進みながら、僕は坂巻さんに駆け寄る。道中、床に散らばった紙束やらドライヤー? やら目覚まし時計を蹴っ飛ばして痛かった。.....って、目覚まし時計あるじゃん。これ使えよ、迷主!
「坂巻さん、坂巻さん、起きて下さい!」
軽くその細身の体を揺すってみるが、そんな程度じゃ全く起きる気配はない。ううむ、いい加減気がたってきた。
僕はさっきよりもやや乱暴にその体を揺する。
「坂巻さん、起きて下さい。あああもう、坂巻さん、坂巻、おい起きろ、坂巻起きろ」
最後の方はもう、彼への敬意がなくなっている。更には耳元で大声で叫び、あろうことかその白い頬を2、3回往復ビンタした。
「……ん、あー」
起きた。そうか、坂巻さんを起こすには名前を7回呼んで起きろと大声で叫び、往復ビンタをしてやればいいのか。.....いや、どんだけ面倒なんだよ迷主!
「やぁ奏人くん……おはよう」
「坂巻さん、おはようございます」
「……もうちょっと優しく起こして」
唇を尖らせ、なんとも不服そうに僕にそう言い、軽く体を起こして伸びをする。
なんか僕が悪いみたいになってるけど、元はといえば一発で起きない坂巻さんに非があるはずだ。
「んー、まあいいや。3時に依頼人が来るんだ。それまでに事務所の安全装置解除しといて。俺今からシャワー浴びてくるからさ」
一瞬はい、と返事をしそうになって気づく。あーやばい、やってしまった。
「すみません、坂巻さん。今2時53分です」
「え?……ん、嘘、嘘だろおい! 2時23分に起こしてくれたんじゃないのか?」
「ごめんなさい。で、でも僕、今日バイトないのに昼寝を起こす為だけに呼ばれたんですよ! 多少の仕返しは許容して下さいよ!」
「おいおい、嘘だろ? わざわざメモまで残していたというのに。主のいうことはちゃんと守ってくれよ」
「確かにありましたけど、漢字の間違ったメモ用紙は。でも起こす時間かいてなかったし、一応役目は果たしたじゃないですか」
「そんなの屁理屈だ! 全く、奏人君を信じた俺がバカだったよ」
「そこまで言うなら、そこに転がってる目覚まし時計使えばいいじゃないですか! 僕よりよっぽど正確ですよ」
「目覚まし時計なんて、一回止めたらもう起こしてくれないじゃないか! 二度寝の妨げにはならない」
「いや、数増やすとか遠くに設置するとかいくらでも方法あるでしょ!」
「そうか、そうだな、その発想はなかった。……なぜもっと早く言わない!」
言い争いも変な方向に脱線し始めた時だった。仲裁をするかのように事務所の甲高い呼び鈴が鳴り、その音で二人ともはっと我に返った。
床に転がっていた目覚まし時計にちらりと目を移すと、すでに長針は12の位置を過ぎているではないか。
そっと坂巻さんの方を伺うと、ぴったり目が合った。.....やばい、と目がそう語っている。
「は、話はあとだ。俺は急いで着替えて安全装置を解除するから、奏人君、依頼人の足止め頼んだ」
一瞬の沈黙を破り、早口でそう告げると坂巻さんは足早に部屋を出て行った。さーて、僕も行くか。今日は本来ならバイト休みなんだけど、なんて言っている場合ではない。
事務所の裏口を通り、大急ぎで非常口を伝って入り口へと回る。ここまで恐らく30秒。息が少し乱れたまま、僕は依頼人とおぼしき事務所の玄関口にいた女性に声をかける。
目深に帽子をかぶっていて顔がよく見えない。
「す、すみませんお待たせして」
僕の存在に気づいた女性がちょっと驚いたような調子で言う。
「貴方が坂巻さんかしら? 随分とお若い方なのね。私が依頼した壱川琴美ですわ」
そう言って彼女は帽子を取り、ぺこりと一礼した。
顔をあげた彼女の目と僕の目が吸い込まれるように合う。瞬間、ぼくの脳内に電撃のような、衝撃のような、鋭く光るばちばちとした何かが入りこんできた。
これは、もしかして恋? いや、多分そういうんじゃない、一瞬考えて否定する。うーん、なんか頭の中がもやもやする、思考放棄。
目鼻立ちの整った顔。前髪がぎりぎり目にかからないくらいの位置でパッツンに切られていて小顔の印象を受ける。ちょっぴりセクシーなぷるるんとした薄ピンクの唇。頰はチークでほんのり桃色に色づいている。肩まで伸びたサラサラなブラウンの髪色。
見た感じ20代後半ぐらいだろうか。
「いえ、僕は彼の助手の桐生奏人と申します。すみません、主は今、少し手が離せない状況でして」
「あら、そうなの? 時間にはきっちりした方だって聞いて来たのだけれど……」
「すみません、5分程お待ち頂けますか?」
「構わないけど。でも、とりあえず中に入れて下さらない? ここだと少し寒いわ」
えーと、何て答えよう。まだ中に入れちゃマズいんだよな、安全装置が作動してる今だと。
明らかにこの人は新規のクライアントだし。
「そうですね、ではここの路地を真っ直ぐ進んで、突き当たりを左で3ブロック進んでもらって、右手に見える3号棟東、っていうレンガ造りのビルの地下2FにCRAZY EVENINGってカフェがーー」
「あの、少し遠くありません?」
壱川琴美が僕の説明を遮り、遠慮がちに切り出す。
「いえ、ものの20分ほどで着くかと」
「……」
沈黙。あ、ですよねー、やっぱ遠いか。
「僕のコートで良かったら」
「ありがとう、お気持ちだけ受け取りますわ」
ナチュラルに拒否された。
はあ、もういいや。僕は諦めがめちゃくちゃいいんだ。
「ただいまこの事務所は、安全装置がかかってましてお通し出来ないんです」
to be continued.
よろしくお願いします<(_ _*)>
桐生奏人、坂巻小次郎、メインなキャラクターは今のとここの二人です。是非覚えて帰ってやって下さいw
登場人物
桐生奏人
・桜坂高校の2年で自称平々凡々なただの高校生。
坂巻小次郎
・23歳独身。見た目だけならイケメソ、しかし色々と残念な中身。
究極の便利屋坂巻探偵事務所
・桐生奏人のバイト先で、坂巻小次郎の仕事先兼、家。
壱川琴美
・依頼人。
*期末試験により更新遅れますm(_ _)m