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3話

 

 酒場に帰った俺はシロヒゲに経緯を話した。初めこそ、どうせまたデッドして魔方陣から帰ってきたんだろう……という顔をしていたが、コノヒの話に入るとそれまでの態度とは一転して食い入るように耳を傾けてきて、証拠として“朱槍”が使用していた武器を見せると、驚きに目を見開いた。


「……あのNPCみたいな奴が“朱槍”を倒すとは。しかし、あいつも運がないのう、一発目で武器を……しかもメインで使ってるであろうものをドロップとは。ツキ君だったかな、それを売るか返すかは君次第じゃが、売れば数千万はくだらない品じゃ」


「こ、これが数百万……“LEW”でのお金の価値が分からないんですけど、どんな感じなんです?」


「うーむ。最低限の装備を整えるには十万ほどあれば苦労はしないの。ライトクラスの装備で百万程度、ミドルで五百万、ハイエンドともなるといくらあっても足りないな」


 エンジョイ勢としてプレイするならライトからミドルクラスの装備があれば困らなさそうだ。しかしプレイする以上はハイエンドの装備を揃えたいと思うのが男心。まぁそれとは別にレアリティの高い様々な武器を集めたい、というのもあるが。


「装備だけならいいんじゃが、このゲームにはオリジナルスキルが存在して、しかも“スキルシート”という形で流通が可能じゃからな……スキルシートは装備に比べて圧倒的に値段が高いんじゃよ、お主みたいな剣士なら現状だと“アルティメットグランドスラッシュ”とか“血桜”が売られているスキルシートでは優秀じゃな。どちらも一千万を軽く超えるスキルじゃよ」


 ……アルティメットグランドスラッシュ。もう少しマシな名前は無かったのか? モーションでスキルを起動出来ない場合、名前で呼ばなくちゃいけなくなるのか。ものすごく恥ずかしいぞ。


「そんな変な顔をするな。アルティメットは無駄に臭い名前の癖に、大型ボスに対して素晴らしい有効打になるんじゃよ。技自体は只の大きい縦切りの癖に、防御貫通に加えて雷属性込み、消費魔力は少なめ、廃人共はこぞって入れておる」


「当たり判定が大きい上に防御無視の属性攻撃、ですか。……属性、って何の役割を果たすんです?」


「属性は追加ダメージを与えるんじゃよ。属性の強度があって、最低は一、最高は十。何かしらの影響で限界を超えた属性値十越えなんてのもある。火属性十五とかな。タイプは炎、水、雷、土、風……基本はこの五種じゃが、他にもまだまだあるからログアウトしたら調べてみるといい。……基本は魔法のみにしか属性はつかないのじゃが、レアドロップ武器やオリジナルスキルだと時折属性が付くんじゃよ、そういうのは高値で取引されておる」


 つまりそのアルティメット~は値段に応じる性能らしい。いやー俺もそういうのを作れるんだ、って考えるとドキドキするね。寝る時間が惜しい、やりこんでレベルを上げたい――。ハマり症がもう全身を支配し始めている、この欲求には逆らえそうにないな……一度ログアウトしてご飯を食べてからやるのがいいだろう、“LEW”にログインし続けていたせいで倒れたとあっちゃ元も子もない。


「……すいません、今日はありがとうございました。色々と教えていただいて助かります」


「あぁ、構わん構わん。好きで初心者支援みたいなことをやっておるんじゃからの。……初心者狩りなんてことを行う輩も、減ればいいのじゃがな」


「そうですねえ……一緒にプレイする人は多い方がいいですし、こんな面白そうな世界をちょっとしか体験せずに終わるっていうのも、もったいないですからね。そういえば、さっきマッカランさんが連れてきた女の子は?」


「彼女は落ちたよ。家の事情、とか言っておったが……戻ってくればいいのう」


 ゲームにログインしいきなりプレイヤーキルされた女の子。恐らく俺と同じように槍で一突きされゲージを消し飛ばされたのだろう。仮想現実というものは非常にリアルだ。自分へ飛来する穂先さえもくっきりと見えて怖かっただろうに――。戻ってくれば、いいのだがな。

 そんなことを思いつつ、俺はシロヒゲさんとフレンドになってからログアウトした。フレンドになると個人間でのメッセージのやり取りが可能になるらしい、困ったらいつでも聞いてくれ、と言ってくれた。人の優しさが身に染みるなぁ。


 ・・・


 ログアウトした俺は一階へ降りて誰もいないリビングへ行き、シリアルに牛乳を掛けただけという簡易なご飯を食べた。落ち着いてゲームがしたいので、先にシャワーを浴びるとしよう。……浴室へいく為に廊下を出ると、丁度姉貴が帰ってきたところのようで、玄関のドアを空けた姉貴とばっちり目があった。


「ただいま、あんた帰ってきてたのね。今日も暑かったわ―」


「ああ、お帰り姉貴。俺、ゲームやりたいから先にシャワー浴びてるぞ」


「そしたら出る時に浴槽にお湯張っておいてー、よろし……え?」


 靴を脱ぎかけていた姉貴の手が止まる。驚きの表情で見つめられた。なんだよ、変なこと言ったか?


「え、あんたが……ゲーム? 封印してたんじゃないの?」


「解禁した。仮想現実ってやばいのな、今夜はがっつりやるから邪魔しないでくれよ」


「……またあの数年前のキモい弟に戻るのね。って、仮想現実とかいってるけど“LEW”よね。あたしもちょこっとやってるわよ、細工職人として」


 初耳だ。姉ちゃんも“LEW”をやっているとは。言われてみれば休日のどちらかは部屋に閉じこもりっぱなしの時があるな、姉貴の部屋なんて入ったりしないし、そういうゲームの話にもなんなかったしで全然分からなかった。


「へえ……どうせやるなら良い装備使いたいし、姉貴も手伝ってくれよ」


「あたしの職人クラスで作れるやつなら今日プレゼントしたげるわ。今は夜の八時だし……んー、九時に始まったトコで待っててよ。街中に魔方陣あるんだけど、分かる?」


 魔方陣とは幾度となくお世話になったあの魔方陣だろう、死んだ際にリポーンされるアレ。出来る事なら暫く見たくなかったが、仕方あるまい。


「そういや、姉貴のキャラネームは?」


「まゆたん。可愛くない?」


 まさか身内からナントカたんっていう名前が出てくるとは。恥ずかしくはないのだろうか? しかもまゆ――真由というのは本名だし。その名前を付けた時の姉貴の心境を問い正したい。


「……おう、じゃあ約束した場所でな」


「あっ、酷い。適当に流したでしょー」


 騒ぐ姉貴を放っておいて、俺は浴槽へと向かった。


 ・・・


 髪の毛を乾かし終えて部屋に戻る。そういえば“LEW”のスキルシステムについて全然知らなかったな、少しネットで調べてみよう。椅子に腰かけ、年代物のノートパソコンを起動し、立ち上がりを待ってからブラウザを開いて検索。おーあるある、データバンクやらスキルシミュレーション、動画集、効率関係、なんでもござれだ。その中から初心者のススメというサイトを選んで開く。


「……スキルに関して、と」


 カチカチとリンクを開いていき、目的のページらしきものに辿り着いたので、上から目を通していく。


「初期レベルでは空きスロットは三つ、レベル増加に従い最大で八つまで拡張される。初めの状態だと選んだ武器のスキルのみが入っていて、オリジナルスキルは三つまで登録可能……」


 武器スキルは片手剣や両手剣、刀、斧、大斧などと細かく分けられている。魔法欄も炎やら氷やら、片手では選びきれない程に存在した。うーん、初めはここから三つか……迷うな。ブラウザ上で別のタブを立ち上げ、“LEW”、テンプレ等といった言葉を打ち込み検索し、出てきた検索結果で一番求めてる情報に近そうなものをクリックする。


「剣士のテンプレ……片手剣や両手剣、双剣などの“マスタリースキル”を一種と回復系の魔法、そして体術スキルか。とりあえずのソロプレイはこれで出来るらしいけど……そういえばコノヒって人からスキルシート貰ってたな。まずは操作に慣れることから始めるか、先に調べてからの方が効率はいいだろうけど、わくわく感がないし」


 ノートパソコンの電源を落として、俺は再度“LEW”の世界へとログインした。


 ・・・


 ログアウトした酒場からもはや慣れた道を通り、門の外へ。先ほどは昼間であったが、今は夕方になっていた。オレンジ色の淡い光が一面を照らしている。一番最初に始まる場所らしいのでモンスターは湧かないみたいだ、姉貴がログインするまで三十分くらいあるし、スキル振りと貰ったスキルシートでも確認しておこう。左手でメニューを開いて、インベントリを確認。スキルシートを選択して詳細を見る。

 一つ目は“黒焔・双(こくえん・そう)”、二つ目は“黒焔・閃(こくえん・せん)”、三つ目は“黒焔の加護”。二つ目までは消費するMP(マジックポイント)が書いてあったが、三つ目には無かった。どういうことだか分からないが、オリジナルスキルはいつでも交換が効くらしいのでとりあえず使用を選ぶ。するとインベントリからスキルシートは消え去った。これで登録完了なのか?


「……あぁ、登録されてるな」


 ステータス画面を開く。すると画面にデフォルメされた俺のキャラクターの全身――リアルの俺によく似ている――が現れ、その左上にスキル欄が存在していて、今現在取得しているスキルが確認できた。一番上に三つの欄、その下にはオリジナルスキルが入る三つの欄。装備出来るものは頭、腕、胴体、腰、足、アクセサリー二種類。それに上着なるアイテムがセットできるみたいだ。マントとか、そういうものが上着になるのだろう。現状は初めての服、初めての靴、鉄の剣、だけであった。武器は右手と左手でセット出来るらしい。


「そんじゃ、試してみますか――」


 周りに誰もいないことを確認して、俺は背中に吊るされた剣を引き抜いた。無骨な銀色が沈みかけた陽光に煌めく。心臓の高鳴りを抑えながら俺はスキル起動のキーワードとなる言葉を呟いた。


「“黒焔・双”!」


 刀身が黒の焔を纏い始め熱気が奔り――右手がアシストされ後ろへ引かれた。そのまま背後で爆音が響いたと同時、勢いを乗せ剣が振るわれる。袈裟がけに宙を斬った刃はそこで終わらず、更に跳ね上がり――そこでアシストが停止。……これはコノヒが“朱槍”との戦いで見せた技か。再度ステータス画面を開いて、オリジナルスキルの欄を触れてみると、今度は詳細が出てきた。どうやら登録してから一度でも使うと、詳細が表示されるらしい。


「黒の焔を纏いあらゆる保護を無視する二連撃、属性は闇と炎、値は――さ、三十!?」

 

 確か属性値は十が最高で、それ以上はレアドロップかオリジナルスキルで極稀にしか出ないんじゃないのか――? まぁいい、他のスキルも確認してみよう。


「“黒焔・閃”!」


 起動。先ほどと同じく刀身を黒い焔が纏い――そのまま左後方へ腕が動く。そのまま薙ぎ払うかのように真横に一閃。右手を振り切った状態でスキルは終了した。……どうやらこのスキルは意思の介入で、斬撃の方向を調整できそうだ。アシストにそんな強制力を感じなかったしな。試しにもう一度打ってみると、上方向でも下方向でも打てたので、扱いやすいスキルだと思う。ステータスでスキルを確認すると、案の定、保護をすべて無視する闇と炎の攻撃で属性値は四十。……消費するMPも少ないし、壊れスキルか、これは。


「“黒焔の加護”」


 最後のスキルを起動すると一気に体が軽くなり、視線の左上に存在する自分のMPゲージが点滅しながら消費を始めた。どうやらこれはオンオフできるスキルらしい……。それだけでは分からなかったので、確認すると起動時は黒焔の加護が受けられ、攻撃に闇と炎の属性値十が乗せられ、ステータス全体がアップする恩恵と、いくつかの固有技能を会得できるらしい。もう一度起動してステータスの

固有技能欄を見てみると、“先見”、“即死回避”、“魔術・炎”、“魔術・闇”の四種類が追加されていた。


「これ全部がチートみたいなスキルの可能性があるな……」


 後でウェブでこれらのスキルが既出か確認しなくては。万が一、既出でないなら他の人に見られたら割と新スキルだと騒ぎになるのかもしれない――。だがそんな理性とは別に、俺の身体はこれらのスキルを実戦で使いたいと訴えていた。それこそ狂おしいほどに、俺の中のゲーマー心というものを刺激しているのだ。そんな時だ、背後から声が聞こえたのは。


「おっ、本当にいた。あと何人雑魚狩りすれば強スキル入手出来るんだよ、飽きてきたぞ……」


「言うな、攻撃力に倍率が掛かるんだぞ? 属性武器買うよりもラクな強化だと思えば苦じゃあるまい。何せ、相手はレベルが一だからな――」


 二人組。ため息交じりに話しているのは背が小さく、緑糸の髪の耳が尖った少年。どうやらエルフのようだ、装備は緑で統一されてその背には金色の弓があった。それの隣で諭すように声を掛けているのは坊主頭の戦士、いかつい肉体の背には大きなアトルアックスのようなものがあり、近接タイプを想像させる。坊主の男が俺を見据え、声を上げた。


「色々と事情があってね。初心者でもおれたちは倒さなくちゃいけないんだ、分かってくれ」


「ま、そういうこって。先手くらいは譲ってやるから、こいよ」


 舐めきった表情で指をくいくいとするエルフの少年。――ありがとう神様、この願ってもない対戦に感謝します。燃え上がったゲーマー心は止められない。このゲーム、フレンド交換したプレイヤーの名前しか視認できないし、俺の名前がバレるなんてこともないだろう。新スキルだとして、それの流出くらいは構わないだろう。

 

「――じゃあ、遠慮なく」


 剣を構えた。相手に緊張感というものはなく、格下のモブを狩るような瞳で俺を見ていた。残念ながら俺はただのモブじゃない――強スキルを三つも持ったモブだ。初見殺しと例えてもいいかもしれない。“即死回避”の恩恵を受けるため、“黒焔の加護”を発動させ、一気に仮想世界の大地を蹴りだした。視界が光速で背後へと流れていき――俺の身体はエルフの少年の前へ到達する。


「ん、やけに早――」


 剣を左後方へ引くと、剣が黒焔を纏い熱気を吐き出し始めた。エルフの少年は驚愕の瞳でそれを見たが時はすでに遅い。“黒焔・閃”は既に発動しているのだ――。左上から右下へ黒の軌跡が奔り、その少年の身体は真っ二つ。その直後には淡い光子を散らしながら消えていった。戦士の男が焦ったような表情で斧を抜き、スキルを打って硬直した俺の身体を叩き切らんと振りぬいた。回避できるわけもなく、その一撃は見事に俺の腰を捉え――そこから黒焔が吹き上がり、斧を弾き返した。


「そ、んなバカなことがあるか――!?」


 ライフゲージはミリを残していた。これが“即死回避”の恩恵だろう。即死を回避し、更に相手に大きな硬直を要求する。毎秒マジックポイントを消費するだけでこれとは、破格とも言える保険だ。戦闘中は常時、加護を掛けっぱなしにしていてもいいだろう。

 直後、黒焔の軌跡が二閃瞬き――坊主頭の戦士も宙に散っていった。ああ、この優越感。なんて素晴らしいんだ、久しぶりのゲームでの勝利は、俺に信じられないくらいの多幸感を与えてくれた。


「やっぱりゲームするなら、上を目指さなきゃな――」


 ああ、彼女なんてどうでもよくなった。この瞬間に俺の目標は決まった、この“LEW”でトップランカーと呼ばれるようなプレイヤーになる。……いや待て、これじゃただの廃人だ。何も変わらない。目標訂正、リアルも充実させつつトップランカーになる。これでいい。

 今回倒したプレイヤーのドロップはなかったので、その場をそのまま立ち去る。街中に入ったところでメニューに存在する時計を見ると、もうすぐ姉貴との待ち合わせの約束の時間だったので、魔方陣のある広場へと急いだ。


tips:《オリジナルスキル》

プレイヤーが開発したスキルの名称。“LEW”の世界ではオリジナルスキルを他のプレイヤーに教えることが可能。スキルシートというアイテムにして行うのだが、スキルシート自体は流通が可能なので、自分で開発したオリジナルをスキルシートにして販売し、お金を稼ぐプレイヤーも存在する。威力、攻撃回数、属性値、全てが幅広い数値で存在する。



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