2話
俺は心臓のある部位を槍で突き抜かれ、一瞬でライフゲージを吹き飛ばされゲームの中で死亡した。静止した世界から真っ暗な場所に飛ばされ、目の前にある選択肢は一つだけであった。復活待機、残り五十秒。どうやら死亡すると復活ポイントで蘇生するまで一分のラグがあるようだ。……しかし、こんなに物騒なものなのかよ、このVRMMOは。いきなりこんな――初心者狩りに出くわすだなんて、ゲーム内の風紀を疑うぞ。
「しかしいきなりキルされて唯一の武器も失うとか、ちょっと困ったな。復活場所でどうにかなればいいんだけど……。復活したら一回ログアウトして、楓にでも話を聞いてみるか」
胡坐をかいて座り、待つこと五十秒。ボタンの文字が復活するに変わったのでタッチ。すると暗闇が一瞬にして晴れ、世界が変わる。石畳の上に魔方陣が刻まれた場所に俺は座っていた。周りの景色は家やらお城やら教会やら様々な物が見て取れる。確信はないが、ここはあの門の中にある街だと思った方がいいらしいな。
「……はー、また来たよ。大丈夫かい、君」
背中から良く通る声で話しかけられて驚きつつも振り返ると、そこには金髪の耳が尖った男がいた。整った顔立ちはイケメンといってもいいだろう。……種族は恐らくエルフか?
「多分君はゲームを初めて、直ぐにPKされてきたんだろう?」
PK。プレイヤーキルの略語である。さっき俺がされたことそのままだ。
「おっしゃる通りです。……あ、初めまして、今日プレイしたばかりで。ツキって呼んでください」
手を差し伸べられたので、甘えることにする。腕を掴むと引き上げられるように立たされ、エルフらしき男に苦笑しつつ肩をポンポンと叩かれた。
「これは丁寧にどうも、僕はマッカランだ。……こんな事が起き始めるようになったのも最近でね、新しい固有技能のせいだと思うんだけど」
「固有技能……?」
「ま、こんなところで話すのもなんだから酒場にいこう。ファンタジーと言えば酒場で情報収集、だろ?」
爽やかな笑顔でウィンクするマッカランとかいう男、実に分かってる。昔やっていたオフラインゲームでの同じような事をやったな、酒場で情報収集。案内するからついておいで、と言われたので彼の背後をついていくと、一分もせずに一軒の大きな酒場へと辿り着いた。門を開くとからんからんと軽快な鈴の音がなり、美味しそうな肉の焼ける匂いが鼻腔を擽る。――ここまでゲームは進化していたのか、と思わず感心してしまうな。
「あぁ、マッカランか、お帰り。そっちの坊主は?」
「彼は今日始めたばかりの初心者だよ、またあいつにやられた。……まったく、そんな野蛮なゲームだと思われたくないんだけどね」
白い髭を蓄え燕尾服を着込み、顔を顰めている男から問われ、マッカランはそう返す。どうやらこの始まりの街みたいな場所でトラブルが起きているらしい、どうしたんだろうか。白髭の視線が俺を捉え、視線が交錯する。思わずびくっとすると、白髭はその険しい顔をニカッと崩し笑いかけてきた。
「歓迎しよう、ようこそ“LEW”へ! ……この世界の料理は美味いぞ、ほれ、食べてみんか?」
「……いいんです?」
差し出されたのはローストされたチキンがたっぷりと挟まれているサンドイッチ。正直なところ、この酒場に入ったところからいつ腹の虫が鳴るか不安で仕方がなかった、こんなに美味そうな匂いがしてちゃ仕方がないだろ。マッカランというエルフに背中を押され、白髭の席へと促されるままに歩を進め、空いている椅子に座り込んだ。
「遠慮するな、新規プレイヤーの歓迎会だなんてそこらかしこで行われておる! ……最近では、キルされてそのままログアウトしてしまうユーザーもおるがの。君はそんなに気にしているようにも見えないがね……名前はなんと?」
「へえ、結構フレンドリーな感じなんですね。俺の名前はツキ、貴方は?」
「シロヒゲ。どうじゃ、分かりやすいだろ?」
くそ、白髭生やした顔そのものみたいな名前かよ。思わず吹き出しそうになっただろうが。
「それで、まぁ説明するとじゃな。最近新たに判明した固有技能……あぁ、ツキ君は固有技能について分かるかい?」
固有技能というものに関しては最初のヘルプにも載っていなかったので何もわからない。ここは甘えよう、首を横に振ると、シロヒゲは仕方ないか、という表情で頷く。
「スキルと違い常時発動で恩恵も大きいのが固有技能じゃ、アビリティとかとも呼ばれてる。最近になって強力なものが判明したのじゃが、それの取得条件が――レベル一プレイヤーを規定数狩る、などといったふざけたものなのじゃよ」
「……な、なんてふざけた条件、そんなの設定した運営が悪いんじゃ?」
「残念じゃが運営は“正義も悪も実行するのは人の心次第”としか通知をしていない。……表向けの顔も何もないプレイヤーはこぞって初心者狩りをしておるよ、お主をキルしたのはどんな姿じゃった?」
「赤い鎧を着て、髭を生やした人でしたけど……」
シロヒゲがため息をつくと同時に、店内にピアノの軽快なミュージックが響き始めた。視線を向けると、ステージ上でNPCが演奏を始めているじゃないか。まるで人間のように繊細な指の動きに、思わず見とれてしまいそうになる。その傍に座っていた黒いコートを着た男も、その演奏と同時に振り向き、ピアノを操る指先を見ていた。
「……そやつはドラゴニュートのトップランカーじゃ。通称、“朱槍”とも呼ばれておるの。多くの部下を引き連れ高難易度のレイドクエストを突破しておる。その分、武器も防具もズバ抜けて性能がいい、ワシらじゃ太刀打ち出来ぬのだ」
「そうだね。最近はそういう初心者狩りから守るために僕たちのギルドがこの始まりの街にいるんだけど、強力なスキルを求める輩が多くて。……ギルド名は《ついていきますダンナ》なんて珍妙なものだけど、中堅なりに初心者保護、頑張ってるんだよ」
ため息交じりで愚痴を零すのはマッカラン。このギルド名の、ついていきますダンナ。恐らくそのダンナ、というのはこのシロヒゲのことなのだろうと想像がついた。仲が良さそうで羨ましいことである。俺も出来る事なら早めにギルドに入って、ある程度はレベルを上げておきたいものだけどなぁ。
ピアノのリズムがワンテンポ遅くなり曲調が変わった。陽気なものから、少ししんみりしたバラードのようなリズム。
「坊主は最初の武器に何を選んだんだ?」
「剣です。もっとも、キルされた時にロストしましたけど……」
「このゲームの厳しいところに、死亡時に一定確立で装備品ドロップが起きるなんてものがあるんじゃ。運が悪かったのう……ほれ、受け取っとけ」
鈴の音のような電子音と共にウィンドウが浮かび上がってきた。そこには鉄の剣と千ゴールドいう名前が刻まれており、どうやらこれはトレード申請のようだ。一瞬許諾ボタンを押すか迷ってしまう。会ったばかりの人にこんな施しを受けていいものなのか?
「気にするな、この剣を何百本買ってもワシには痛くも痒くもない。初期武器よりはマシじゃろ?」
「……でも、ゴールドもあるしなんだか申し訳なくて」
「はははっ、可愛い初心者じゃの。おじさん奮発しちゃうぞ!」
千ゴールドが一万ゴールドに変わった。いやいや。困ってマッカランの方を見ると、笑顔で頷いた。……先立つものは必要だし、貰っておくか。許諾を推すと、軽快な音と共にウィンドウが消失した。左手の人差し指でブイを宙に描き、メニューを開いてインベントリを覗いてみると、そこにはしっかりと鉄の剣の文字が。タップして装備を選ぶと、すとんと俺の背中に頼もしい重みが生まれる。
「すいません、ありがとうございます。……ついでに、もう一つ教えてもらいたいんですけどいいですか?」
「ん、なんじゃ」
「スキルってどうやって発動するんですか?」
「ああ、発動には二種類あっての。発動できる武器を持ちながらスキル名を告げるか、起動モーションを描くかじゃの。対戦ではモーションで起動するのが普通じゃな、慣れればそう難しいことはない」
なるほど。こうやって自らの身体で動かすゲームだからどうやって発動させるか分からなかったが、そんなもんでいいのか。後で試してみよう、初期に修得したデュアル・ストライク辺りを。
……しかし、負けたまま撤退するのは嫌だな。あの格下だと見下す髭ヅラの男の表情が気に食わない。ハマり症な上に負けず嫌いという俺の悪癖が、今まさに顔を出そうとしていた。
「……一番最初に転送されるところへ出る門って、どこにあります?」
「今はいかない方がいいぞ、“朱槍”がおるしな」
「いや、それに会いたいんですよ。やられっぱなしは性に合わなくて、せめてあいつが使うスキルを少しでも見ていつかやり返さないと気がすまないんですよね」
ぽかーんとした表情で俺を見るシロヒゲとマッカラン。なんだ、そんなに変な事をいったのか?
「……き、君は面白いね……ッ! そんなことを言い出した初心者は、君が初めてだ!」
「うむ、根性のある若者よ。いいじゃろ、思う存分に挑んで来い。金はワシが預かっておく、デッドペナルティでゴールドも減るからの。経験値にもペナルティは入るんじゃが、レベル一のお主には関係ないの」
四苦八苦しながらもトレード枠を開き、お金を預けた俺は新たに装備した鉄の剣の頼もしい重みを感じながら、シロヒゲに案内されて門へと向かうのであった。マッカランは、頼もしい初心者だなぁと呟きながら先ほど俺が転送されてきた魔方陣へと戻っていく。……そういえばあの酒場の料理、食べはぐれているじゃん。次は食べ損ねないようにしよう……。そんなことでがっかりしている内に門へと辿り着く。ここも案外に近い場所だったのか。
「うむ、あやつは間違いなく“朱槍”じゃの。……本当にいくのか、お主」
「もちろん。まぁ見ててくださいよ、そろそろこのゲームにも慣れてきたころですからね。案外簡単にやり返せたりして」
「そんなことが出来たら苦労はしないのだがのう……」
・・・
ということでリベンジ一回目。剣を抜きながら大地を蹴り、赤い鎧へ駆けよる。俺の姿を視認したそいつはまた――蔑んだような瞳で見下し、無言で槍を取り出した。表情は無く、どこか疲れているようにも見えた。
「いい加減にこの作業も飽きてきた――まぁ、お前みたいな餌が飛び込んで来たら美味しく頂くがな」
「さっきは不意打ちされたけど、こんどはそうはいかないからな……“デュアル・ストライク”!」
技名を叫んだ瞬間に、別の意思が剣を持つ右腕を操作するかのように動いた。切っ先は淡い青色に輝き、別の意思にアシストされながら鋭く奔り、貫かんと“朱槍”の首元へ――。だがその寸前でガントレットに包まれた屈強な腕がそれを弾き返す。弾かれた俺の剣は甲高い音を立てて、そのままスキルの効力を失う。淡い青の輝きが消えたのがその証だろう。大きな隙を出した俺を待ち受けていたのは“朱槍”の退屈そうな顔と、突き出される槍の一撃であった――。
腹部を捉えた槍はやはりというか、一撃で俺のライフゲージを吹き飛ばしていき、再度俺はあの黒の空間へ飛ばされるのであった。静止した世界の片隅に苦笑するシロヒゲの顔が見えたのが、なんだか少し面白かった。
・・・
そんなことを繰り返してもう十度目か。俺は酒場で頭を抱えていた――。隣ではシロヒゲが美味しそうにジョッキに入った琥珀色の液体をごくごくと飲み干している。ピアノの伴奏は途切れず、この店内にいるのは俺とシロヒゲと、プレイヤーなのかよく分からない黒いコートの男だけだった。あぁ、まさか剣が一回も掠らないだなんて。何が何でもやり返してやりたいぞ、あいつには。
何度目か分からないため息を零していたところで、マッカランが酒場に帰ってきた。その背後には長い青髪の――耳が長い女エルフ。そういえばログインして初めて女のキャラクターを見た気がするな。腰ほどまで伸びた澄んだ空色の髪に、サファイアのような蒼い瞳が綺麗だ。
「……またですよ、また。いい加減に自分勝手なあいつをどかしたい、ですよね」
「そうじゃが、いかんせんランカーはランカーでないと倒せん。他のランカー共はメインストーリーの攻略に必死だしのう……、お嬢さん、名前は?」
「っ……リリィ、です……」
「ほら、この怖そうに見えるオジサンは実は優しいから。そんな震えることはないさ」
マッカランが手を引っ張りながら先ほどの俺と同じようにシロヒゲの下へと案内する。可哀想に、女の子も関係なくキルするのかよ、あの“朱槍”ってやつは。どうにかしたいがどうにできない、ログアウトして楓にでも相談してどうにかするか。こんなログインしたばかりの子がこんな風に新しい世界に怯えてちゃ、余りにも可哀想だ。
挨拶してログアウトし、楓に連絡を取ろうとした瞬間。今までずっとピアノの伴奏を聞いていただけの黒いコートの男が立ち上がりこっちへと歩み寄ってきた。滅茶苦茶びっくりして、思わず水が入ったグラスを落としてしまう。床に落ちると同時、硝子の割れるような音を残してそれは塵のように消えていってしまった。
「……お前、そんなにデッドを繰り返して楽しいのか?」
「負けず嫌いなもんでね。それに、あいつをどかさないと他のプレーヤーが可哀想だろ」
「珍しいやつだな。気が乗った、手伝ってやる。案内してくれ」
シロヒゲを見ると、適当に連れて行ってやれと促される。それじゃあ男のいうままにしよう――残っていたチキンサンドを勢いよく頬張ると、俺はその男を門へと案内することにした。
・・・
ぱっと見たところ、男の装備は何か分からない。ただ質素とも言えるシャツの上に、ボタンも何も見当たらないボロボロの黒いコートを羽織っただけ。装備はインベントリに収納させたままなのだろう。大丈夫なのかな、この人。じっと見ていると、瞼に掛かる程に伸びた黒い前髪の隙間、そこから覗く瞳が俺を射抜く。
「どうした、不安なのか。安心しろ、必ずどかしてやるよ」
「じゃあ期待して待ってるとします……そういえば俺の名前はツキっていうんですけど、なんて呼べば?」
「俺のことはコノヒでいい。……それで、倒すのはあいつでいいのか?」
もう門は眼前に迫っていた。その先に居る相手を見るのは、もう十一回目か。黙って頷くと、コノヒと名乗った男は左手でメニューを開く。するとその背中に輝きが生まれ、黒い鞘がすとんと生まれ落ちた。そのまま抜刀もせずにすたすたと“朱槍”へ歩いていくコノヒ。大丈夫かよ、不安だよ。
「む、先ほどまでの餌とは違うな。バカなやつだ、この俺に叶うとでも? ランカーを知らんのか、貴様は」
「口だけは動くんだな。手を動かしてみろよ、見ててやるから」
「――言ったな?」
コノヒの挑発に乗ったのだろう。“朱槍”は素早い動作で槍を取り出し、下段に構えた。槍が赤い煌めきを伴い始め、スキルが発動されることを示唆する。それでもコノヒは剣を抜かない。ドンっという馬鹿みたいな力が大地を蹴った。紅の軌跡が同時に打ち出されたかのように六本、コノヒを襲う――。
「たかが火属性の六連撃でそんな大層な態度を取るのか、お前は?」
剣を使わず。神速のような六連撃をコノヒは見て躱す。その穂先が一度も掠ることなく終了。その結果が気に食わなかったのだろうか、“朱槍”の顔が僅かに赤くなり、どこかねじ曲がったような不気味な笑みになった。
「……たかが、だと? ならば防いでみろ、今度は倍になるぞ――!」
再度下段に構えなおす男。だが今度はコノヒがため息を零して、その背中の剣を抜き放った。黒曜石のように煌めくその剣は、見てるだけで吸い込まれてしまいそうな魅力があった――。
「数を増やす前に質をどうにかしろ、三流」
「減らず口を!」
先ほどよりも来い深紅が槍の穂先を包み始める。鬼のような形相で叫ぶ“朱槍”。余程三流と言われたのが癪に障ったように見える。煽り耐性が無さすぎるともいうのか? 深紅の穂先が跳ね上がり、先ほどの倍、十二本の深紅の閃光が煌めいてコノヒの心臓目掛けて奔った――が。
「……ふっ!」
疾風迅雷。そうとしか例えようがない動きでコノヒの剣が跳ね――甲高い音が連続して響いた。心臓を狙った十二連撃らしきスキルは全て防がれ、抗えないスキル硬直という空白の時間が“朱槍”へと科せられる。それはどうしようもない、致命傷。
「そんな、我が槍を的確に弾き返せるスキルなぞ――もしや、お前のオリジナルか!?」
「こんなこと、スキルを使わなくても出来るようになってからランカーを名乗れよ、三流。懲りたら金輪際、ここには現れるなよ」
コノヒの黒剣がぎぎっと嫌な唸り声を上げた。直後からまるで怨念のように黒い焔が刀身を纏い始める。それを片手持ちで遥か後方へ引いた。そこで黒い焔の爆発が起こり更に速度を加速させ、黒剣は袈裟切りを放つ。一閃は“朱槍”を斜めに断ち――それでも止まらず、跳ねあげる刃で更に断つ。四分割された哀れな“朱槍”はそのまま淡い赤色の霞を残して、溶けるように消えていった。プレイヤーが死んだときってこんな風に消えていくのか。直後、カランカランと先ほどまで“朱槍”が担っていた槍が地面へと放り出される。
「……ま、こんなもんだな。これでいいだろ?」
「お、おおお! すごい、あんな強いスキルがあるんだ……! ありがとうございます、これで他の新しいプレイヤーも安心して進められるかと」
あのコノヒが発動させた黒の焔を纏うスキル、いつか俺にも使えるのか? それを考えると楽しみで仕方がない。コノヒを見ると、視線で槍を拾っとけと語りかけてくるので、遠慮なく拾うことにする。
「いいんですか、こんな戦利品」
「構わん。俺は槍スキルが好きじゃない、リーチは認めるが手数が少なすぎる。……それで、ツキとかいったな。ちょっとこい」
首を傾げ、そのままコノヒの近くに行く。丁度一分だったか、とコノヒが呟くと、俺の目の前にウィンドウが浮かび上がった。トレード画面だ。そこにはスキルシートという名前が三つ、刻まれている。……ん、スキルシート?
「――俺は気まぐれでお前を選んだ。だがお前には選択権がある。もしもこの世界のクエストを進めていく気があるなら、これを受け取れ。だがもうやらないようであれば、受け取るな。どうする?」
そんなの決まってる、進めるだろう。当たり前だ、こんなに楽しい世界を味わって、止めますなんて出来る訳がない。ここが俺のスタート地点で、俺だけの物語が始まるところなのだ。止めるには早すぎる。……これも何かのクエストなのかな、と疑問に思うが、とりあえず受託しておけばいいだろう。
「勿論進めるよ、受け取っていいのか?」
「そういうと思っていた。……詳細はスキルシートを呼んでくれ、モーションは慣れろ。それじゃあ、またどこかでな――」
トレードを受託すると同時に、コノヒの姿は初めから無かったかのように掻き消えた。今までの出来事が白昼夢のように思えてくるほど、あっさりと消えたのだ。ログアウトしたのか? それとも本当にNPCでイベントの開始だったりするのか――? 疑問を抱えたまま、俺は謎の三枚のスキルシートと“朱槍”の装備品であった槍をインベントリに抱えて酒場へと帰るのであった。
tips:《ついていきますダンナ》
ロストエンド・ワールドに存在しているギルドの名前。ギルドマスターはシロヒゲ。中堅層の集まりのギルドで、最近は固有技能を会得するために初心者狩りを行うプレイヤーから新規プレイヤーを保護するために始まりの街へと拠点を移している。