1話
昔はコントローラーを持ってテレビに移される映像を見てゲームをしていた。それが至極当たり前の事であった。据え置き型のゲームは次第に廃れ、スマホでのゲーム……所謂ソーシャルゲームが据え置き型の次に流行り始め、どこでも出来るという利点を持っているそれらは時代を代表するゲームとなった。それから時が流れ――時代は次のステージへと移る。実際に五感で空の青さを、澄んだ空気を、鼓膜を揺らす音を、現実では有り得ないファンタジーを感じるゲーム。仮想現実大規模多人数オンライン――VRMMOへと。既存のほぼ全てのゲームを潰してしまう勢いで普及を始めたそれは、人々の生活を確かに変えていくのであった。
・・・
ロストエンド・ワールド。通称は“LEW”。この時代に生きる人間であれば、誰もが一度は名前を聞いたことがあるゲームだ。自分の分身と言えるキャラクターを作り上げ、自分の意思で操作し、仮想現実を五感で感じることのできるVRMMO。筐体はフルフェイスヘルメットのような物ひとつと、両の手首に巻きつけるリストバンドが二つ。それとソフト、ランケーブルさえあればプレイできるのである。数多くの人々――国籍を問わずに老若男女がインしている。最近では同時接続数ナンバーワンだとどこかの広告で見たな。運営している会社の名前は“ホライゾン”。ユーザー本位の運営をしてくれていると好評で、課金のシステムもエグくないらしい。昔のソーシャルゲームは課金しなければ楽しくない、とまで聞いているし、それも評価されているところなのだろう。
「なぁ樹、そろそろお前もロストエンドデビューしようぜ?」
そう夕方の教室で箒を片手に持ちながら、俺に悪魔の誘いを語りかけてくるのは古い付き合いの楓だ。ロストエンド・ワールドというVRMMOがリリースされてそろそろ一年が経つ、初期の頃より誘いを受けていたが、俺はその全てを拒否していた。理由は簡単だ、ハマると――怖い。俺は重度のハマり癖があり、以前にレトロゲーム……液晶画面を見ながらプレイするタイプのものに見事にハマり、中学時代の多くを無駄に過ごしてしまった前科がある。そのゲーム自体はオフラインでシナリオをクリアするだけのロールプレイングだったのだが、ラスボスを倒した後に特典があるのだ。取得した技の引き継ぎや、お金の引き継ぎなど、強くてニューゲーム的なそれ。それが楽しくて仕方がなかった俺はシナリオを攻略しニューゲームする日々を繰り返す。何週も何週も重ねたデータを楓に見せたところ、『それはお前、気持ち悪いわ』と酷い罵倒の言葉を貰った。全ステがカンストし、全ての技と図鑑をコンプリートして、ラスボスでさえも僅か十秒程で倒してしまえる極みとも言えるデータだ。
……ではなぜ、今はそのゲームを卒業できているか。至極簡単だ、データが消えた、それだけである。初めこそ自らの積み重ねたものが消えてしまったショックで数日程度は呆けていたが、直ぐに立ち直り後悔した。なんて無駄な時間を使ってしまったのだと。
「俺はそんなハマりそうなゲームなんて絶対にやらないぞ、せっかくの高校生活も二年目なんだ。いい加減に……彼女なり作って、平均並みにはエンジョイして卒業したい」
「ばーか、ロストエンドは過去最多のアクティブ数を誇ってるんだぞ? 女の子との出会いなんていくらでもあるさ、リアルが可愛いかは置いといて、な」
楓の言っているアクティブ数とはそのゲームに同時に接続している人数の事だ。これが低くなるとサービス終了――ゲームの存続の危機になるのだが、ロストエンドはそんな心配すること自体が無駄だとも言えよう。ヴァーチャルリアリティの先駆けとも言えるサービスがそんな簡単に終了するわけないしな。……それにちらほらとニュースで聞くが、仮想現実というものは無限とも言える可能性を秘めているらしい。医療系ではデータさえ手に入れば外科医は二十四時間いつでもオペの練習が行えるし、五感全てを仮想現実に飛ばせるということは末期患者のケアにも使用が出来る。軍隊では無駄な火薬や油を消費せずに射撃やら操縦やらの訓練が出来るとか、な。色々なテストも兼ねて、政府自体も“LEW”推しをしているのだろう。
「そりゃそうだが、常識ある奴ならネットを介しての出会いなんてしないんじゃないのか?」
「大昔ならそうだったかもしれないけど、今はなー。オレもオフ会にはよく行くし、性別年齢問わず色々な人が来るよ。前線で盾を持つ騎士の中身がお爺ちゃんだった時は驚いたな」
「……愉快なオフ会だな、それ。一人で楽しんでおいてくれ、俺は勉強でもしてるよ」
手をひらひらと返すと、はぁとため息を零して楓は箒をロッカーへ仕舞い、鞄を背にした。そのままぶつくさと文句を言いながら教室を出ていこうとするので、俺はそれを引き留める。
「おい、待てよ」
「もう掃除当番の仕事は終わっただろ、なんかあんのか?」
「鍵、寄越せ。今日の返却は俺だっただろ」
「あぁ、このまま持って帰っちまうところだったわ。んじゃ、頼んだぜー」
ひょいと投げられた銀色の鍵をキャッチ。楓が教室の扉を潜って出ていったところで、俺は箒を適当なところに立て掛け、どすっと固い椅子に腰を下ろした。日は沈みかけている。もう二年目の夏も終わりだ、いい出会いも何もない、日常の繰り返し。……湧き上がってきた欲望が鎌首を擡げるのを感じ、思わず頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。
「……やりてーよ!? そりゃ夢に見てた仮想現実だぞ、遊んでみたくない訳がない……でもハマると絶対に空き時間を突っ込んじまうのは分かってるんだよな……。あいつ、人の気も知らないで……」
剣を持って平原を駆け回り、知らない人とパーティを組んでレイドクエストなんて受けてみたりする。ああ、なんて楽しそうだ。きっと昔やったあのオフラインゲームよりも絶対楽しい。……ごそごそとポケットを探り、財布を出す。中には一万円札が、四枚。丁度ハードとソフトが揃えられる額でもある。ハマるからやらないといいつつも、いつでも買えるように“LEW”がリリースされた直後から財布に入れているのだ。
「解禁するか、もう年単位で我慢したし、いいよな……?」
・・・
一度決めてしまえば行動は早い。都会に近いこの街には大きな電気屋があるので、そこに寄り道をしてソフトとハード本体を買い、自宅へ直帰する。誘惑に負けた罪悪感があるものの、案外ゲームに合わずにすぐに止めるかもな。軽い気持ちで玄関で靴を脱いで、そのまま二階の自室へ上がる。俺は両親と姉が一人いる普通の家庭で、割と不自由なく過ごさせてもらっていた。平均というものと比べると、親子で話す時間が少ないほうだとは思うが、そんなに溝は出来ていないし平気だろう。姉もまだ帰ってきていないようなので、家の中はとても静かであった。
自室に入るや否や野獣のような勢いでソフトのパッケージを引きはがす。小指の先ほどのメモリーカードにファンタジーな世界が詰まっているのだと考えると、鼓動が激しくなってきた。いよいよ、俺はロストエンドの世界へ旅立つのか。頑なに楓の誘いを断っていた自分がどこか馬鹿らしくもなるな。
ハードのパツケージも破り捨て、急ぎ足でソフトを差し込み、リストバンドを両手に巻いて、フルフェイスヘルメットのようなハード本体を被って、電源を入れる。ランケーブルも繋いで準備はばっちりだ。電源を入れて五秒ほどで――俺の視界は闇に閉ざされた。
・・・
『――ロストエンド・ワールドへようこそ。これより初期設定を行います』
落ちてしまいそうな程に澄んだ蒼い空。頬を撫でる風は自然の息吹を感じさせ、足元に広がる大地は遥か
地平線の向こうまで新緑の絨毯が広がり続けている。そんなただ広い草原に俺はリアルの姿のまま立ち尽くしていた。ただ、全裸であったが。変な趣味に目覚めそうだ。股間を見るとするっと滑らかな形状になっており、若干気持ち悪い。雄大な自然を見渡していると、軽快な電子音と共に目の前にパネルが現れた。
『種族の選択を行います。この設定は変更が出来ませんので、慎重に設定してください』
パネルには“ヒューマン”、“エルフ”、“ドラゴニュート”、“ドワーフ”、“ジャイアント”、“フェアリー”と六種類の選択肢がある。それぞれをタッチして種族の詳細を見る。ログインする前にネットで調べておけばよかった、と後悔。まぁ、初見は初見なりの楽しさがあるし、それを味わいながら進めていこう。表示されていたヘルプも読んで行く。、
「ヒューマンはオールラウンダー、エルフは器用さに特化、ね。ドラゴニュートは……速さと力か。うわ、ジャイアントの力なんだこれ、飛び抜けすぎだろ!」
ステータスは体力と魔力、力と器用さと速さの三種類に分かれていた。この五つの要素が種族ごとの違いであり、取得できるスキルは共通の物が多いらしい。……む、レベルを上げてスキルを取得する、のではなく、レベルを上げ手に入れたスキルポイントを消費して手に入れていくのか。スキルポイントはスキルの強化と新規取得に扱えるらしく、色々な取得パターンがあるやつだ、と勝手に脳内で結論を付ける。どうしようか迷っていると、ヘルプの一番下に“スキルシート”なる項目を見つけた。
「……既存のスキルの取得の他に、オリジナルスキルを作成できるのか。で、その作成したスキルは“スキルシート”にして流通させることも可能、だと。これは……俺の心を凄い擽ってくるけど、全員が全員同じ名前の強スキルを使ってたら萎えるな」
それでもオリジナルのスキルを作成して自分で名前を付ける、だなんて心躍るシステムだな。ハマる兆候が見え始めていると自分で分かるが……見て見ぬふりしておこう。今はこの胸の高鳴りのままに、ロストエンドで過ごすことになるキャラクターの作成に勤しむのが一番だ。キャラクターの選択ボタンを押すと、自分の姿も変わるらしい。色々と押して、やっぱり慣れ親しんだ人間――ヒューマンの姿が一番だなと感じたので、ヒューマンで進めることにしよう。
「フェアリーの高い魔力やドラゴニュートの近接戦なんてのも魅力なんだけどな。ま、これでいいか……」
確認ボタンをタッチして次へ進めていく。わざわざ首をひねり、自分の姿を確認しなくともウィンドウの拡張ボタンみたいなものを押すと現在の自分の姿が現れてきた。便利な機能だな。
『ヒューマンで選択されました。次は性別の選択を――』
性別、生年月日、身長と体重など。色々と細かいところを設定して、なるべくリアルの自分に似せてみた。割とそっくりさんに出来たのではないのだろうか? 興味本位で女にしてみたが、選択できませんというエラーメッセージを吐きやがった。その癖にしっかりと俺の顔によく似た女キャラが出来上がったのだが困る。……確か脳波から性別を汲み取っているんだっけな。自分に無い器官――性器などだが、その感覚を伝えると人体に影響が出るかもしれない、ということで性転換だけは不可になっているのか。以前ニュースで見た記憶があるぞ。他の人のセーブデータでログインしようにも、性別チェックに引っかかると弾かれてしまうらしい。
『あなたの名前を入力してください』
ポップアップするパネル。光で投影されたキーボ-ドを軽いタッチで触れ、“ツキ”と入力。自分の名前でもあるイツキからイと取っただけの単純なものだが、昔のゲームでも使ってた名前だし愛着があるのだ。ネトゲでは同じ名前は使えないらしいし、どうだろうかーと不安な気持ちで決定をタッチするが、被りのようなものはないらしくすんなりと次のステップに進む。
『初期武器とスキルポイントの割り振りを行ってください。振らずに進むこともできます』
武器は剣、槍、弓、斧、槌、杖から選べるらしい。ヘルプを見てみると、他にも多種多様の武器があるらしい。とりあえずの装備、といったところか。迷うことなく俺は剣を選ぶ。だってファンタジーといえば剣じゃないか、そうだろ? 選ぶとスキルが表示された別のウィンドウが立ち上がってきた、消費スキルポイントなどと書かれたこれで、スキルを手に入れていくのか。
「これは今後の仮想空間での生活に関わるしな……一番スキルポイントが低いやつだけ、取っておくか」
各項目をチェックした結果、片手剣スキル“デュアル・ストライク”が消費スキルポイントが少なかったので、それをタップして取得する。初期から持っているスキルポイントは十しかなく、二ポイント消費して残りは八となった。うんうんと満足げに頷いて、終了をタッチ。
『これで全ての設定は完了しました。ロストエンド・ワールドは貴方のデバイスにインストールされます。基本操作をご覧になってお待ちください』
また別のウィンドウが立ち上がる。これを読めということか。ちらりと目を通すと、本当に基本の操作的なものが書いてあった。左手の人差し指で英字のブイを宙に描くとメニューが現れるらしい。そこでゲーム的な操作は全て行えるとか。他にはレベルアップの方法や、新規スキルの取得、ログの表示など、様々な事が書いてある。……読み飛ばしちゃう人もいるんだよな、これ。初見でメニューの開き方も分からず、仮想現実に飛ばされたらどうなるんだろうか? ちょっと怖い。
不意に光が自分の身を包んだ――何事かと思い見てみると、全裸の上に服が纏わされていた。所謂初期装備か。そこらの村人と間違えてしまいそうな程に質素な服、そして背中に吊るされたのは重みのある剣だろう。手に取って抜いてみると、鈍い煌めきを放つ刃が見て取れた。うん、いい、実にいい。ファンタジーの世界に一歩踏み入れた気がして素晴らしい。頑固にやらないと言い続けていた一時間ほど前の自分はどこへいったのやら、と苦笑してぶんぶんと剣を振り回してみる。
目線の右上にあるのが自分のライフか。左下のがログ、と。うん、そんなに見にくくないな。
『インストールが終了しました。貴方のファンタジーライフに、幸あらんことを――』
視界が暗転する。これから初期位置に飛ばされるのだろう。瞳を閉じて、新しい世界への旅立ちに心を躍らせながら一歩を踏み出した。光を感じたので瞳を見開くと、そこは視界いっぱいに広がる大きな門の目の前。所謂城下町というところかな? 赤い鎧を装着した兵士みたいな人がいたので、近寄って話しかけてみる。ゲームの中にだけ存在するキャラクター……NPCなのか、それとも他のユーザーが操作するキャラクターなのか。楽しみだ。
「あの、すいません。このゲーム始めたばっかりなんですけど、メインストーリーみたいなものはあるんですか?」
振り向いた鎧を着た男の顔は――山男みたいなものだった。髭を生やし、堀の深い顔のパーツは歴戦の戦士を想像させる。
「――ん、あぁ、初心者か。説明も読まずに来たのか、まったく」
若干呆れたような仕草を見せる男。だが、次の瞬間にはその左手が素早く動き――気づけばその手中には大きな槍が収められていた。なんだ、いきなり武器とか取り出したりして。
「復活した先で親切な連中が教えてくれるだろ、悪く思うなよ」
危機感を感じて反射で身を引いたが間に合わない。そりゃそうだ、出来たてほやほやのキャラクターのステータスが、ある程度やりこんでいるキャラクターのステータスにかなう訳がない。槍の穂先が雷光の如く突き出され、俺の心臓がある部位を正確に穿ち抜く。俺の僅かしかないライフゲージは耐えられる訳もなく一撃で消し飛び、プレイ画面に大きなヒビのような刻まれ世界が静止した。突かれた部分には気持ちの悪いしびれが残り、無様に地面へ倒れ込む。ウィンドウが立ち上がり、そこには――“あなたは死亡しました”の文字列。なんだよこれ、ログインして早々に他のプレイヤーに殺される? その文字列の下には“装備品:旅立ちの剣をロストしました”の文字が。
――こうして俺のVRMMO、ロストエンド・ワールドの旅立ちは他のプレイヤーにキルされ、初期武器も失うという糞みたいな一歩から始まったのだった。
tips:ロストエンド・ワールド
非常に幅広い層と大きなアクティブ数を持つVRMMO。各種族の間で取得出来るスキルは大きく変わることなく、独自のプレイスタイルを選ぶことが可能。職業という概念が無く、スキルが縛られないのでテンプレートといったスキル振りが存在しない。プレイスタイルは人それぞれで、日向で釣りスキルを楽しんだり、武器を作り上げる事が快感でプレイしていたりと、多種多様な生活が楽しめる。メインクエストやギルドクエスト、個人間での対戦やギルド間の対戦など、PvP要素も様々。