第4章「風邪」1
「双葉、この書類、ファイリングしてもらえる?」
「わかりました」
揖斐は判子を押したプリントを双葉に渡した。双葉はいつものように棚にある該当のフォルダに差し込み、それを棚に戻した。もう憶えているのだろう、さすがに仕事が速かった。ひょっとしたら生徒会総務のメンバーより速いかもしれない。
今やっている仕事は正確には生徒会の業務ではない。揖斐が改善したいと思っている部分について個人的に整理し、取りまとめているのだ。そうすれば自分達の代以降の総務はもっと効率的に仕事ができる。だが、それに他のメンバーをつき合わせるのは心苦しかった。もちろん彼女達は自主的に手伝ってくれている。しかし毎日続けたら大変だろう。自分は好きでやっているので苦でもなんでもないが、他のメンバーもそうとは限らない。だから揖斐は自分以外は持ち回りという事に決めて、できるだけ負担を減らしている。
時折、自分しか残らない日も出てくる事があった。双葉はそういう日を予め確認し、手伝いに来てくれている。自分にとって双葉はいまやなくてはなならない存在だ。
知り合ったきっかけは幼なじみの楓だった。中学の頃、クラス委員になった双葉に色々教えてやってくれないかと頼まれたのが始まりだ。
その頃、揖斐は中学三年で生徒会長を務めていた。結局、こういう仕事をしたいと思う人間は限られているということだ。中学、高校と生徒会長を経験したと言えば、聞こえはいいかもしれない。確かに内申も良くなるだろう。ただ、他にやる人がいなかっただけと言えばそれまでだ。
楓に事情を聞くと、自分がやらかしたせいで双葉に迷惑をかけてしまったという。楓はは最近はないが、中学の頃はまだやりすぎてしまう事があった。それで自分に相談してくるのだ。この子を冗談で推薦したら、本当にそうなってしまった。色々教えてやってくれないか。楓はそう言った。気持ちはいい子なの断るつもりはなかった。ただしっかりと折檻して身体にわからせてから揖斐は彼女の頼みを引き受けた。クラス委員は教室の意見を取りまとめて、生徒会総務に挙げるのが主な役目だった。逆に言えば、生徒会長である揖斐には彼女が何をすればいいのかが見えており、手ほどきする事ができた。
双葉の第一印象は「真面目」というものだった。いきなり降って湧いたようなクラス委員という面倒な役回り、面白くはなかっただろう。だが双葉は文句も言わずに淡々と自分のアドバイスに従って、クラス委員の仕事をこなしていった。罪悪感か、あるいは自分の折檻が身に沁みたのか、楓も双葉の事は気にかけ、よく手伝った。二人して生徒会に足を運んできた光景を揖斐はよく憶えている。
「あの子とは、その後どう?」
仕事が一段落したので揖斐は双葉にそう尋ねた。カバンから水筒を取り出し、二人分のお茶を淹れた。礼を良いながら、双葉が受け取る。たまにお茶菓子を持ち寄る事もあったが、その日は一息入れるだけだった。まだもう一仕事あるからだ。
「……あの子って誰ですか?」
「決まってるじゃない。綾瀬さんよ」
「もう、政子さんまで私をからかって」
さっきまでと呼び方が変わっていた。普段人前では、双葉は揖斐の事を会長、と呼ぶ。しかし二人きり、あるいは楓も交えて話す時は「政子さん」と呼ぶ。
「そんなつもりじゃないわ。あなた、あの子ファンなのでしょう」
「それは、そうですけど」
「大丈夫、楓も少しは大人になったのよ。あなたが不利益を被るような話はしてないわ」
「はい。それはもうわかってるんですけどね、ついあいつが相手だと」
「まあ、それも仕方ないわね。楓、馬鹿だから」
「はい」
楓が聞いたら反論したくなるに違いない。だが彼女に対する認識は自分達二人がもっとも正確だろう。ノリのいい子なので、周りをぐいぐいと引っ張っていけるのは尊敬できるが世の中には限度というものがある。彼女の思いつきを楽しむだけの距離にいるとわからないが、自分達のように巻き込まれる近さにいる人間は振り回される事も多い。
「それでどうなの?」
「この間、一緒にプールに行きました」
「あら」
それは大きな進歩だと揖斐は思った。中学二年からつきあいが始まって、四年目。揖斐は双葉の人となりも把握している。この子は人のためだと能力を発揮できるが、自分の為だととんと臆病になる節がある。これは双葉には言うつもりはないが、だから楓が彼女の側にいるのはマイナス以上に大きくプラスだと揖斐は考えていた。
「良かったじゃない。どんな話をしたのか聞いてもいい?」
「それはかまわないんですけど、なんと言ったらいいか……」
「?」
双葉は少し考えてから説明した。それは言えない事を省いているというよりは、まだ自分の中でも飲み込めていない風だった。かいつまんで話す内容を聞いて、なるほどと揖斐も思った。難しいというより、あまり実感が沸かない内容だった。一言でいえば綾瀬と新開はここに自分探しに来たらしい。あの天才の二人で自分達の腕とお金で自由に生きられる。自分の才能を伸ばす事が自分を伸ばせるのだから自分自身の人生を歩んでいるのだと思いがちだが、そこまで単純でもないらしい。あまりにもそれに傾きすぎると、他者が生活から姿を消し、また違った問題が出てくるようだ。
「それであなたは何て答えたの?」
「それが特に思い当たらないんです。特別な事を言ったつもりがなくて。でも、綾瀬さんが喜んでくれたからそれでいいかなって」
双葉は複雑な表情を浮かべていた。疑問、戸惑い、喜び、誇らしさ。その中でも喜びのウエイトが一番大きかった。双葉は綾瀬の事を話す時とても生き生きしていた。たぶんその自覚はないのだろう。
揖斐は話を聞いて若干不安に感じた面もあった。双葉は一度入れ込みだすと止まらないのだ。中学の頃、文化祭の準備の時だった。。クラス委員になって数カ月、仕事の要領を得た双葉は初めての大型行事に向け気合い十分だった。過去の文化祭のプログラムを読み込み、特に前年の模様について揖斐に詳しく求めた。
双葉は文化祭の全てを把握しようとした。クラスや部活の演し物、制作発表、生徒会のプログラム作成。自分で自分の仕事をどんどん増やして行った。揖斐も生徒会長として多忙を極めていたので、ついつい彼女に仕事を振ってしまった。
燃えに燃えた彼女はついに文化祭前日にダウンして寝込んだ。彼女自身が文化祭を見る事はなかった。あの時は三人で落ち込んだものだ。自分も楓もなぜもっと彼女を見ていてあげられなかったのか、少しでも考えればオーバーワークなのは明らかだった。双葉自身も肝心な時に倒れて穴を開けてしまったと自分を責めた。彼女が関わっていた部分が多く、連絡事項が調整があちこち不明になってしまったのだ。
「どうかしました?」
「いえ、なんでもないわ」
少し迷って、言うのはやめておいた。せっかく楽しい気持ちでいるのに警告などして水を差すのは悪い。そう今の彼女はとても楽しそうだ。だが揖斐は文化祭のあの時の空気を思い出していた。他人はもちろん自分もよかれと思うからこそ、双葉は歯止めが効かず頑張りすぎてしまう。周りが見えなくなってしまう。自分も楓も知っているが、音楽に没頭する彼女は正にそうだった。自分が好きなものに対しては度を超えてしまうのだ。しかしそれこそが彼女の本来の姿なのだ。みんなの為に淡々と働く双葉はコミュニケーションツールとしての人格に過ぎないと言ったら言い過ぎだろうが、一理はあった。
それに問題が起こったとしても別にそれで終わりではない。生徒会長としてトラブルを処理してきた揖斐にはそれがよく分かっていた。それにあの時、双葉がダウンしたからこそ、今こうして自分達は高校になっても変わらず協力しあっているのだとも言えた。揖斐が生徒会運営の効率化を意識したのもその時である。双葉は中学の頃も手伝ってくれていた。だから仕事も総務のメンバーよりも速かったりする。そうしてお互いがお互いに心配りしている。総務の会議でも話題になるくらいだった。どうして、あの二人はあんなにも協力してくれるのか、と。
トラブルが起こった時、どうでもいい、と投げ出してしまう事が本当の問題なのだ。生まれも育ちも違う人間同士、ぶつかったりすれ違ったりする事もあるに決まっている。その時、もうこいつとはやっていけないと諦めるか、お互いがお互いを思い合えるようになるか。雨降って地固まるとうやつだ。
双葉は自分にじっと見つめられている理由がわからず当惑していた。頭に疑問符が浮かんでいる。しかし揖斐はお茶を飲み干して仕事に戻る素振りを見せた。切り替えの早い双葉はそれだけで自分に合わせてくれる。こういう所もやはり彼女の本当の姿なのだ。
何の見返りも求めずに、ただいつも手伝ってくれる彼女に揖斐は尊敬の念を抱いている。そして、その善意が裏目に出てしまわないようにいつも気にかけている。願わくば、彼女の思いの強さを、綾瀬さんが受け入れてくれますようにと揖斐は心の中で祈った。
佐伯双葉にとって至福の日々が始まっていた。綾瀬律とプールで遊んで以来、二人はますます親密になっていた。クラス委員として転入生の面倒を見たのだから、ある程度ならおかしくもないが、その範疇を超えていた。知り合って間もない頃は誰もがお互いの距離を測り合う。そういった時期を驚くくらいに一足飛びに脱していた。廊下を並んで歩く後ろ姿は旧くからの友人同士かと見紛うほどだった。
双葉の内心には葛藤もあった。綾瀬から帰国の理由を打ち明けられた時、双葉は気の利いた返答ができなかった。一緒くたにするのは不躾かもしれないが、綾瀬律の悩みはいわゆる天才の苦悩というやつだ。双葉にとってそれは縁の無い話であり共感を覚えられる内容ではなかった。当然だ。彼女は天才ではなのだから。双葉はごくありきたりな返ししかできなかった。
悔いがないといえば嘘になる。もっと上手い事を言えれば良かったと思ってもいる。けれどそれは高望みしすぎだともわかっていた。何しろ結果オーライではあったのだ。何故だかわからないが、綾瀬はそのごくありきたりな返答を気に入ってくれたのだから。一体、自分の言葉のどこが彼女の琴線に触れるたのか双葉には判然としない。けれども彼女はただ綾瀬の為になれればそれで良かった。今の私を求めてくれるのなら、私はそのようにあろう、そう決断し実行していた。
あの日、プールに飛び込んだ時、腕を掴まれ引っ張られた、あの感触。自分と変わらない指先のやわらかさは双葉の記憶にはっきりと残り、彼女をつき動かしていた。
「というわけで、水着撮影は完全に歩睦の趣味だって。芸術とか関係なくて」
「人は見かけによらないものね」
「というかそれにつきあう先輩が凄え」
昼休み。綾瀬、双葉、そして楓はいつものように話し込んでいた。その日は珍しく食堂で昼食を済ませ教室へ戻るところで 綾瀬が出し抜けに言った。
「そういえば私、今日から家で一人なんだよね」
「へー、なんでなん?」
「静流さんは今日の学校終わったら歩睦と撮影旅行。畔はこっちに転入したから、実家から私物持って来るって」
「明日って土曜だろ、半ドンだけど授業あるじゃん」
「あるねぇ。畔は土曜が良かったんだけど、日曜に私と出かけたいらしくて」
「新開家は相変わらず自由だな。静流先輩と歩睦はどこ行くの?」
「グランドキャニオンだって」
「アメリカのか?」
「他にあったりするの?」
「たぶんない。しかしスケールもでかいな。それじゃあ綾瀬はヒマなのか」
「暇だね。いつも暇だけど」
楓は双葉の肩をぽんぽんと叩いた。いやにイイ笑顔だった。
「……何よ」
双葉の問いに楓は無言で綾瀬を指差した。笑顔のままだ。誰もが殴りたくなるそんな表情だった。
「あのねぇ、こないだ気づいたんだけどアンタがそうやって変に意識させるから、自然にできなくなっちゃうのよ」
双葉は楓の両頬をつねりながらまくし立てた。その腕を掴みながら楓が反論する。
「あーふぁ、あーふぁふぁふ、ふぁふぁふぁふぁふぁ」
「何? 何言ってるかさっぱりわからないわ!」
「それは双葉がつねってるからだと思う。二人とも仲いいね」
『どこが!』双葉と楓が綺麗にハモった。
「息ピッタシじゃん。流れるような漫才だったよ」
それは誤解だ、と訂正しようとして双葉は呆気に取られた。急に綾瀬が走り寄ってきたからだ。そのくせに彼女の視線はこちらを捉えてはいない。綾瀬が見ていたのは横手にある階段だった。そちらを仰ぐと、踊り場の少し手前でバケツが宙に浮いていた。その奥には驚愕の表情を浮かべた女生徒がいたが、その姿は一瞬で隠れてしまった。遮るように綾瀬が割って入ったからだ。ゆっくりと流れる景色のなか「あ。危な」という綾瀬の声が妙に耳に鮮明だった。
その呟きも、次の瞬間、水の弾ける音とバケツが廊下に転がる金属音で掻き消される。賑やかだった廊下が嘘のように静まり返る。ほぼ全身に水をかぶった綾瀬は呟いた。
「寒いかも」
「馬鹿ーっ!」
双葉の怒声で生徒達か我に返る。その場にいた多くは野次馬と化し、一部は片付けるのを手伝おうと近くの教室へ掃除用具を調達に向かう。バケツを落とした子が涙目になっておろおろと階段を降りて来るがそれよりも大事な事があった。
「なにしてんのっ? 危ないでしょう!」
双葉は声を少しも抑えていなかった。抑えられなかったという方がいい正しい。双葉が綾瀬の肩をがくがくと揺さぶり、びしょ濡れになった綾瀬の頭から水滴が撥ねた。
「いや落ちて来るのが見えたから。ついとっさに」
「もしもの事があったら」
「それは双葉も一緒だよ。それにぶつかるにしても、わかっててぶつかるのと、無防備なのとじゃ、わかってる方がいいでしょ」
「それはっ……そうかもだけど、でも」
「ありがとう。心配してくれて。でも私も双葉の事が心配だし。それにそうそう怪我なんかしたりしないよ」
綾瀬の言葉を理解するのに双葉は時間が必要だった。そこには言外の意味が含まれていた。自分は彼女に対して友人として接するのと同時に、才能あるギタリストとして壊れ物を扱うように接しているのだと示していた。でも、それは当たり前のことじゃないだろうか。その当たり前が彼女はイヤなのだろうか。双葉にはわからなかった。
「ごめん、別に深刻な話じゃなくてね。だからそんな顔しないで」
そんな情けない顔をしているのだろうか。感情に基盤がなく、表情に実感がない。
「とりあえず着替えるのが先じゃね?」
二人に楓が割って入った。隣にはバケツを落とした子が申し訳なさそうに身を縮こまらせている。衿元のタイを見て彼女が下級生だと気づき、双葉にとって馴染み深い理性が働きはじめる。どうやら楓が応対してくれていたらしい。こういう時は妙に気の利く奴だった。
「綾瀬さん、今日は体操着持ってる?」
「一応あるよ」
「そう。楓、悪いけど教室から綾瀬さんの体操着を持ってきてもらえる? 私は保健室に連れていくから」
「ラジャー」
「あなたはここを片付けて貰えるかしら」双葉は下級生に言った。
「わ、わかりました。でもあの私、お詫びもまだ」
「別にいいよ?」綾瀬が言った。
「そんな……後で必ず、次の休み時間になったら必ずお詫びにお伺いしますから! 本当にごめんなさい」
どうやら悪い子ではなさそうだった。まあ、いきなり水をぶっかけてくような生徒は双葉が知る限りこの学校にはいなかったが。
「そう? じゃあ待ってるね」
綾瀬がクラスと名前を下級生に教えるのを待って、双葉は綾瀬に保健室に連れていく。後ろを付いてくる綾瀬の気配を背中でびんびんに意識しながら廊下を歩く。気まずい。この状況が最も理にかなっている、あの場ではこう役割分担するのが適切だったはずだ。なのにこの緊張感はなんだろう。
「あああああああの」
それでも意を決して話しかける。声を出すことがこんなに難しいとは今まで知らなかった。これでもし返事が無かったら、私は二度と話せないかもしれない。本気でそう思った。
「なあに?」
綾瀬はびっくりするくらいいつもと変わらない口調だった。ひょっとしなくてもショックを受けているのは自分だけなのだ。いっそこちらも開き直るという選択肢が浮かぶが、それができるならとっくにそうしていた。
「その、さっきはありがとう。まず最初にお礼を言わなくちゃいけなかったのに、私は」
「大丈夫だよ。そういうのあんまり気にならないから。私もあんまり上手くなかったし。なんかいい機会かなって思って、つい、ね」
それはどういう意味か尋ねる前に保健室に着いてしまった。中に入ると養護教諭は留守にしていて、代わりに既に楓が待っていた。きっと自分達を心配して急いだのだろう。廊下を走ったのは明らかだったがさすがに咎める気にはならなかった。
「少し仲直りしたみたいだな」
楓は着替えを綾瀬に渡して言った。視線は双葉と綾瀬の間を往復している。本当にこういう空気には敏感だ。
「もともと喧嘩したわけじゃないよ。ね?」
綾瀬が双葉に同意を求める。一気に心が軽くなった。ええ、と控え目にが相槌を打つ事ができた。確かにこれは相手が悪いとか、そういう話ではない。あの瞬間、双葉は綾瀬に対し憤りを覚えた。しかし今はそうではない。ただ自分の考えが正しいのか、揺らいでしまったのだ。
「そっか。言われてみりゃそうかもな。じゃあ私もう行くわ」
授業には遅れても大丈夫、と言い残して楓は保健室を出て行った。授業が始まるまであと数分だった。教室に戻って先生に事情の説明するつもりなのだ。
「ひょっとして、あの子ってすごい良い子?」濡れた服を脱ぎながら綾瀬が言った。
「楓? ええ、いつも馬鹿なことばかり言ってるけど、何か起きると率先して動いてくれるわ。昔聞いたら、普段の罪滅ぼしだそうよ」
「なんかわかるかも」
「何が?」
「私も普段は迷惑をかける側だからね。たまにはいいトコ見せたいかなって」
そんな事はない、自分は好きでやっているのだ。そう言おうとしたが、それが吹き飛ぶような光景が目の前で展開された。綾瀬が全裸だった。そして上下とも肌に直接ジャージを着ようとしていた。
「ちょ、ちょ、綾瀬さん下着は? ていうかスエットとハーフパンツは?」
「ないよ。仕方ないからこれで。まあ運動とかなきゃ大丈夫でしょ。今日体育ないし」
「ダメ、絶対駄目。持ってくるからちょっと待ってなさい」
綾瀬を置いて双葉は教室まで戻った。体操着を持って保健室にとんぼ帰りし、それを貸し与える。この時、双葉は既にある気づきが生まれていたが、それを綾瀬にぶつける暇は無かった。着替えてすぐ授業に加わり、次の休み時間にはバケツをひっくり返した下級生が謝りに来た。放課後は服がまだ乾いていなかったので、綾瀬は新聞部によらずまっすぐ家に帰った。