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綾瀬さんはギターが得意  作者: Gorilla Hands
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第5章「演奏会」1

 七月初旬、綾瀬が知らない内に演奏会の日取りが決まっていた。クラブの認可に必要な活動実績として静流が中心となって企画し、双葉が事務手続きを進め、遥が校内新聞やメールで告知を徐々に進めている。綾瀬の役目は主に雑用だった。他にした事と言えば自分と同じく一年に転入した妹に学校案内したくらいだ。しかしそれもたった一度だけで、要領の良い畔はさっさと友達を作り学校に馴染んでいた。 最近はみな特に忙しく、手持ち無沙汰な綾瀬は、自分と同様に時間を持て余す歩睦と部室で過ごす日が続いていた。新聞部員すら外回りで誰もおらず、二人でアルプス一万尺するだけで四十分が経過した頃に綾瀬が言った。

「なんか私って、こういう準備の時浮くんだよね」

「でも先輩、事務方できますか?」

「できないけどね。でも君はギター弾いてればいいよ、みたいな空気はちょっと」

「私も写真部だと写真撮るしか能がないみたいな扱いです」

「そうそれ」

 当初、綾瀬は歩睦に掴みにくさを感じていた。とらえ所がなくコミュニケーションを取りにくい。だがなんのことはない、自分と同じタイプなのだと洞察が閃いた瞬間、一気に打ち解けた。そもそもお互い一芸に秀でる人間同士、シンパシー感じるのにそう時間はかからないはずだった。歩睦には、自分のあるあるネタがよく通じる。結局そういう人間にできるコミュニティははどこでも変わらないのだろう、と綾瀬は安心した。

「あの、静流先輩とはこういう話はしないんですか?」

「静流さんとはお互い分かりきっちゃってる感じがしてあんまり話したりしないんだよね。ほとんど暗黙の了解っていうか」

「羨ましいです、私、先輩の事ぜんぜんわからないですから」

「それでいいんじゃない? 仲の良し悪しと、相手をわかる、わからないは別だよ」

 綾瀬はプールで見た静流と 思い出した。きっとあの人はただ共に時間を過ごす事に意義を見出しているに違いない。内容はそれほど重要ではないのだ。最近の自分と双葉についても同じ事が言えた。相手を理解するのは大事だが、無理に理解しようとすると、逆に自分を押しつけてしまう。

「そういうものでしょうか」

「旅行楽しかったんでしょ?」

「それはもう。今まで見たことがないもの、たくさん見ました。静流さんと」

「じゃあ、そういうものだよ」

 歩睦は一人で沈思黙考してしまった。彼女はよくこうして自分の世界に没入する。この辺りが「不思議」認定される所以なのだろう。綾瀬にとって気にするような事でも無かった。世の中にはいろんな人間がいると知っている。

 歩睦がこちらに戻ってくるのを待っていると、静流からにメールが届く。内容は演奏する曲目を決めておくように、というものだ。

 綾瀬がふむと唸ると、現実に帰還した歩睦が上目遣いの仕種で尋ねてきた。高校になって初めて、綾瀬は後輩の可愛さというものを知った。些細な仕草に心奪われる。以前には想像もしなかった感覚だ。おそらく静流はそういった事に自分よりももっと琴線が震えるのだろう。

「静流さんが演奏リスト作れって。どうしようかな」

「何か演奏したいものとかは?」

「私がセレクトしたいってのは無いかな。あんま暗いのばっかり続くとかは感情的にヤだけど、音楽的には私は弾ければそれでいい」

「……では人にリクエストをもらってはどうでしょう」

「やっぱりそうなるよね。メール送ってみようっと」

「私も友達に送りましょうか?」

「登録してる人そんなにいないからお願い。でも写真部の活動しないで大丈夫?」

「先輩、ピースしてください」

 綾瀬がポーズを取ると、歩睦が首からぶら下げていたデジカメのシャッターを押した。

「部活終了です」

 真面目な顔で茶目っ気を見せる歩睦に、いやこりゃ可愛いわと綾瀬は感心した。静流は彼女を手放したりしないだろう。

 最初に妹から返信が来た。文面は「お姉ちゃんが弾きたい曲が聞きたいな」

「畔ちゃんならそういうと思ってました」

「いつも妹がお世話になってます」

「そんな。私がお世話される方ですから。でもこれだと先輩か聞いたのと違くなっちゃいますね」

「ごめん、畔が言うのは別。さっきのは演奏家として選り好みって話で、姉妹の間なら私個人の自由で一曲は考えようと思ってた」

 それは綾瀬がギターを始めて触った時から変わらない姉妹だけの約束事だった。誕生日のプレゼント演奏や、時折日本に帰省した時の家族だけの演奏会などで、いつも妹は何が聞きたいとは言わず、綾瀬が何をしてきたのかを聞こうとしてくれる。そしてそれを必ず喜んでくれるのだ。これほどありがたいことはない。

「特別なんですね」

「うん。じゃこれは後で私が考えるとして、次は双葉ね」

 メールを開くと液晶画面にびっしりと文字が表示された。しかもかなりスクロールできるくらい延々と作曲者と曲名が続いていた。

「ここだけの話、ちょっと怖いです」

「私もここだけの話、双葉って音楽の事になると怪しい所があると思う。本人にも言ってるけど」

 数が多すぎて処理に困ったのでこれも後回しという事になり、その後も続々と届くリクエストを紙に書き出しまとめていった。静流の「ミニマルミュージックのアコースティックギターアレンジ」というこれまで綾瀬でも経験した事のないもの。楓の「確か時代劇のエンディング」というあやふやなもの。最近CMで使われた定番インストゥルメンタルなど希望は様々だった。

 集まった意見を選別する工程は独断と偏見を極めた。つまり綾瀬と歩睦がその場のノリで決めていった。リクエストの多かった曲をいくつか採用したのは勿論だが、それ以外は歩睦が興味を持った曲を綾瀬が鼻歌で教え、歩睦が気に入ったら採用。コイントスで採用。果てはたまたま部室の前を偶然通り掛かった遥に選んでもらって採用。そうして演奏時間の四分の三まで埋める事ができた。

 一息いれようという頃には、日も傾き校舎が夕焼けに染まっていた。二人は机にかじりついて固くなった身体を背もたれに預け、緊張が解れていくの味わった。心地好い疲労感というのはこの事だろう。

「いやぁ、働いた働いた」綾瀬は肩を回しながら言った。

「頑張りました」

「ありがとね。手伝ってくれて」

「いえ私もばりばり仕事ができるって証明できましたから」

 お互いを褒めたたえ合っていると静流が入ってきた。後ろ手にドアを閉めると長髪が流れ落ち、それ指で整える。その仕草を夕日が照らしチラチラと輝かせた。歩睦がすかさずカメラを構えその瞬間をフィルムに収める。まったくスキがない。彼女にとってカメラは自分にとってのギターに相当するのだと綾瀬は思った。

「静流さん、演奏する曲あらかた決まりましたよ。歩睦ちゃんが手伝ってくれました」

「そう、仕事が速くて助かるわ」

 静流は歩睦の頭を撫でて言った。歩睦はくすぐっったそうに目を細めている。

「私も大体の手続きを済ましてきたわ。今日からまた一緒に帰りましょう」

「大体っていうのは……」

「空き室と椅子の使用、演奏会告知の掲示物の許可、それに開催の許可ももらって来たわ。勝手にやるなら何もしなくていいのだけど、クラブ設立の実績として扱ってもらうとなるとプロセスが途端に面倒になるわね。それと双葉さんはこれから会長と私が出した書類の確認があるから先に帰って良いそうよ」

 綾瀬と歩睦は思わず目を合わせた。さっきまでの浮かれた気分はどこかに行ってしまった。自分達のていたらくに二人して吹き出してしまう。コイントスで決めたなんて、この人にはとても話せない。綾瀬は静流にうやうやしく言った。

「ささっ、静流さん下駄箱までわたくしがエスコートいたします」

「静流さん、私がカバン持ちますね」

「あなた達、どうしたの?」

 さすがの静流も二人の反応の理由はわからなかったようだ。これまで静流が自分に秘密にしている事はたくさんあったが、逆は少ない。珍しく自分にも秘密ができた。内緒です、と口に指を立てる。「ねー」と綾瀬と歩睦は笑いあった。


 屋形遥は新聞部で部長と編集作業に集中していた。いつもなら隣に歩睦がいて下らないを話しながら進めているのだが、最近彼女は転入してきた新開静流に熱を上げていた。こないだはなんとグランドキャニオンまで二人で行ってきたという。静流を初めて見かけた時の歩睦のはしゃぎようといったらなかったので、遥も何かと歩睦を励ましてきた。二人が親しくなれて自分の事のように喜ばしいが、こうしてほうって置かれると少し寂しくもあった。

 もっとも、歩睦との時間が少ないのはそのせいばかりではなかった。最近は新聞部の仕事として充実していて、その分だけ時間が削られて行った。昨日はここで綾瀬達が曲目リストを決めていたが、自分は部長と演奏会告知のフライヤーを印刷していた。今日は自分たちが部室にいるが、綾瀬は自宅で練習、歩睦は写真部の方に顔を出している。

 それも仕方のない事だった。なにしろ今一番センセーショナルな話題といえば転入してきた静流と綾瀬だった。遥はこれまでに何度か新聞で二人の特集を組んでいる。インタビューをしたり、演奏動画のアドレスのQRコードにしたりと何かと忙しい。しかしその甲斐あって反響も大きい。

 まあ、自分はこれくらいの距離感の方がちょうどいいのだろうと思っていた。綾瀬、静流、歩睦や楓も含めてあの辺りの集団は、やはり自分たちのような普通の人間とは考え方が違う。遥はそういう人間が好きなので積極的に関わりを持とうとするが、そうでない人も大勢いる。そういった人達に彼女達の生態を面白おかしく、時に真摯に伝える事が今の自分の役目だと認識していた。

「手が止まってる」

「え、ああ、すいません」

 奥の机で原稿を書いていた部長の古俣真子が言った。真子は小さいのによく通る綺麗な声をしている。最近の新聞部は綾瀬と静流のおかげで千客万来だが、中には未だに彼女の声を聞いた事がない人もいた。それくらい寡黙な人なのだ。以前はインタビューなどもして話しているのを見かけたが、部長になってからはますます静かな人になった。

「どうしたの?」

「たいした事じゃないんですけど、最近アユと話してないと思って。ここも変わってきたのかなって」

 真子は遥が一番尊敬している人間だった。確かに綾瀬や静流は才能の塊だ。遥は二人からそれぞれの特技を披露してもらっている。綾瀬の演奏は音楽に疎い自分でも凄味を感じた。静流に至ってはノートパソコンを使って、その場で実際にトレードしてみせた。一時間で四百万円、それが静流が遥の前で実演してみせた利益だ。もうよくわからない世界だった。自分たちの年齢なら四万でも大金だというのに。その風景は静流から撮影はNGと言われていたがそれも納得した。あまりに刺激が強すぎて使えない。

 真子にそういった激烈な才能はない。記事の内容や視点も普通だし、文章だって普通だ。けれど、その普通さが遥の目には輝いて映った。この学校の校内新聞は他の学校に比べてかなり読まれている方になる。調べたことがあるが、学校新聞なんてものはなんで発行しているのか、誰が得するのかわからないようなものが多い。

 けれど真子が編集長を務める校内新聞は多く人に読まれている。別に特別な事が書いてあるわけでもなく、過激な記事ばかりが並んでいるわけでもない。何気なくちょっとした空き時間にへぇ、そうなんだと読んでしまう魅力があった。普通の事を普通に書ける、自分のやるべき事を黙々と行える。それが古俣真子の才能だった。

 遥は高校一年の時、たまたま掲示板に貼られていた学校新聞を読んだ事があった。それは真子が書いた連載記事で各部活の特色やメリットをインタビューを交えて伝える内容だった。遥は無意識に次の発行日を探している自覚してびっくりした。

 中学生だった時は一度もそんなものを呼んだ事はなかった。彼女とって学校新聞は、保健室の養護教諭が作る保険便りと同じでただの壁の模様だったのに、自分は次の連載はいつかと気にしたのだ。しかも別にどこが面白いと思った訳でもない、なのに続きを読みたいと思うのだ。

 そうして遥は新聞部に入部した。尊敬しているからと言って、部長のような記事が書けるわけではない。最初は無理に真似した記事を書いていたがそれは早々と諦めた。人にはそれぞれ色がある。自分は賑やかな面白おかしい記事の方が書いてて筆が乗るし、読者の反応も良かった。

「部長は綾瀬と静流先輩のこと、どう思います?」

「素敵な人たち」

 真子は端的にそう言った。ああ、やっぱり私には真子さんが一番だ。遥はそう確信した。

あの二人を表すとしたら、やはり凄いとか天才とか、普通はその能力に注目したくなる。

しかしこの人はまずその人格に注目できるのだ。私が書いた記事といえば、そこれそ誰でもまず書こうと考えるような才能についてだった。

「アユにとって、私は役に立っていたんでしょうか? もしかして今までしてきた事は余

計な事だったのかも」

 遥は思わず本音を漏らしていた。最近歩睦は本当に楽しそうだ。それは自分と同種の人間を見つけたからなのだろう。彼女には確かに才能がある。写真に関しては本当に凄いと思う。彼女が撮影した写真にはどうしてそれを撮ったのか、見た者が明確にわかるメッセージ性があった。メッセージを盛り込もうとする事は誰でもできる。しかしそれを誤解なく伝えるとなるとそれは途端に難しいものとなる。自分も文章を書く遥にはそれがよくわかった。ある意味で、部長に似ているのかもしれない。しかし部長はそれをロジックで積み上げている。だから、いつも黙々と執筆をしているのだ。歩睦が努力をしないで今の技術を獲得したとは言えない。歩睦の努力を自分はすぐ近くで見ているのだ。しかし、上手くは言えないが、それでも自分や部長と、歩睦や綾瀬や静流の間には明確な溝があった。

 歩睦はどうしたって自分達とは違う。それは一緒に過ごせばすぐわかる事だった。遥は今まで歩睦が孤立しないように間に立って、友人と引き合わせたり、からかう事でマスコットのような存在として認知させてきた。歩睦は見た目だけで言えば、小柄で可憐だ。しかしそれも自分勝手な善意だったのかもしれない。

 真子がじっとこちらを見つめていた。そのぼうっとした目を遥はひそかに可愛いと思っていた。しかし今はそれが自分の後ろめたさを見ているのだと思うと居心地が悪かった。しまった、と思った。部長から見れば自分が自信をなくしているのは明らかなのだろう。あわてて取り繕おうとする。

「まあ、そんな事言ってもしょうがないですけどねっ。さて、それじゃあ作業に戻」

「大丈夫」

 自分よりも十五センチも背の低い真子に抱きしめられていた。なるべく真子のを方を見ないようにしていたので近づくのがわからなかった。心に空いた何でも吸い込んでしまうような暗い穴が、彼女の感触ですっぽりと埋まるのを感じた。

「あなたは今、全てを悪い方向に考えているだけ。何の根拠もない」

「そう、でしょうか」

「うん、見てればわかる。それを説明してもまた悪く考えるだけだからしない。だから私を信じなさい。またすぐに歩睦に接することができるようになる」

「わかりました。信じます」

「うん。今日はもう終わりにする? 明日が大変になるけど」

「いいえっ、今日のノルマは今日のうちに。それがウチのルールですから」

「正解」

 真子が笑う。確かにさっきの考えに理由なんてなかったのかもしれない。ただ自分の都合の悪いことを並べ立てていただけだ。さっき考えたばかりの事が思い出せないくらい心が晴れていた。ふとアイディアが一つ浮かぶ。今度、ウチの才能ある人間についてもう一

度特集を組もう。まずは歩睦、綾瀬、静流についてだ。周囲との溝を埋める為になどと使命感など持たず、ただ普通に、自分の目に映った三人を描写する。それが受けるかどうかはわからない。ひょっとしたら今までの自分の方が正しいのかもしれない。それはやってみなければわからない。しかしまずは友人としてまっすぐに向きあう事から始めたいと遥は考えていた。

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