無花果
赤い実がはじけた。
それは、正に一瞬の出来事だった。風船が割れるように、あっという間の、認識したら終わっているという感じの事であった。
ふと、余所見をしたのだ。
授業中だった。僕の頭では理解出来ない言語に熱を込めながら発し、時折、バシンッと無意味に教卓を叩く教師に、関心を向けることは不可能であった。
それなのに、クラスメイト達は、どうやらその話を熱心に聴いているらしい。滑稽だった。あの教師の言葉に、価値があるとはとても思えない。ばぶばふという赤ん坊の幼児語の方が、きっと内容がある。
バシン。バシン。バシン。
何度も叩かれた教卓が、不満を訴えるかのように、ギシッと軋んだ。
ふぅ、と溜め息を一つ吐いた僕は、あの様子じゃあ教師には気付かれないだろうと判断し、チラリと窓へ顔を向けた。
うんざりしたような、己の顔が映る。それを見て、余計に気が滅入った。
空はくすんでいた。灰色だ。そこに、赤やら青やらの色が、僅かに混じっている。
絵の具をぐちゃぐちゃと混ぜ合わせたかのようだ、と思った。綺麗な色を創ろうとして、失敗したかのような。
窓の外を見たのは失敗だったか。
憂鬱だ。
これなら、教師を猿が何かと思い込んで観察した方が愉快なのではないか、と思った。
その時だった。
まず黒かった。
次に白かった。
最後に、青かった。
僕の頬は赤くなった。
目が合い、そして微笑まれたという事が分かった。見惚れるような、美しくて可憐な笑みだった。一瞬の事だったのに、僕には全てが視えた。
靡く髪。
艶やかな瞳。
潤んだ唇。
透き通ったブラウス。
それと。
……ああ、恥ずかしい。けれど、恥ずかしいのは彼女もだろう。思い返してみると、彼女の微笑みには、照れも含まれていたように思える。
それはそうだろう、下着を見られて恥ずかしがらないわけがない。見てしまった僕ですら恥ずかしい。
困ったなぁ、と小さく呟く僕の口元は、少し緩んでいた。
少しして、外から悲鳴と怒号が聞こえてきた。何だ何だ、とクラス内もざわめき立つ。
僕は窓を開け、身を乗り出して外を見た。
赤い実が、はじけていた。