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いじめっこですが復讐されそうです  作者: とりのはね
【第二部】 休日(差し入れ編)
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おいふざけんな

※食事中の方は観覧注意

 一仕事終えて戻る際に、再びヒガシ達と出会った。

 この2人、あたしが差し入れたクッキーは既に食べ終わってて、校舎のコンクリートに背中をあずけて菊池なんかは優雅に水筒のお茶を飲んでいた。ちょっとくつろぎ過ぎじゃないの!?

 というかあたしも走ってのど渇いたんだけど。後でパパから貰った臨時収入でジュース買おうっと。


「1人だな。あいつは撒いてきたのか?」


 ヒガシの問いかけに、あたしは頷く。

 言うまでもない。ハスキーボイスのことだ。


「うん。体育の先生に引き渡してきた。今説教くらってるとこ」

「いいんじゃねぇの。大会前だから、これでしばらくは大人しくなるだろうよ」


 ああそっか、運動部はどこも夏の大会を控えてるんだった。ここで騒ぎを起こしたりしたら中学生だから停学はないけれど、出場停止処分なら大いにありえる。

 呑気にしているこいつらも、そういった可能性を危惧してこの場で大人しく待機してたのかもな、と今更ながらに思った。

 ならばこの後も自分ひとりで解決しようと思って、にじり寄って来る菊池をラケットでバシバシ牽制しつつ太田さん達がいる場所に向かおうとした途端、派手な悲鳴が曇天の空にとどろいた。


「――きゃあああああああああ!」


 この声は太田さんだ。

 何事かと思って先を急ぐと、さすがにヤバイと感じたのか2人ともあたしの後を追ってきた。

 そして現場に駆けつけたあたし達が見たものは、半狂乱で泣きわめく太田さんと、太田さんの勢いにビビっている三咲ちゃん達の姿。

 理由は一目瞭然だ。

 地面にはダークマター……もといクッキーの成れの果てに、持ち手の部分がちぎれた魔法少女のハンドバックなどが盛大に散らばっていた――……


「あーっ!」


 思わず叫んでしまった。だってだって、このハンドバッグ2万もするんだよ!


「何てことしたんだ!」


 あたしが怒りながら三咲ちゃんに詰め寄ると、三咲ちゃんは慌てて太田さんを指差して、「だってこいつが手を離さへんかったから!」と言い訳してきた。

 だけど菊池とヒガシの、「見ちゃった見ちゃった、家政婦は見ちゃった」「これ学校側に知られたら大事だよな」という横槍にサーッと顔を青くした。


「いやだ、何でバカ菊池までいるん最悪……」

「あれ今日は愛のムチはないの?」

「そんな気力あらへんわってキョーコは?」

「先生に叱られてる」


 あたしの答えに三咲ちゃん達はますます蒼白になってうろたえだした。やっぱり教師は怖いよねぇ。DQNに教師と警察は大敵だ。

 すっかり戦意喪失したようなので、あと残す問題は太田さん。

 彼女のほうを振り向くと、先程までとは一転、目には輝きがもどり頬を紅潮させて打ち震えておった。うわぁ……。

 もちろんその視線の先は、ヒガシだ。


「東君……私を助けに来てくれたのね!」

「ちげーよ、勘違いすんなって」

「信じてたの私。こんな時、物語のように東君が颯爽と助けに来てくれるって!」

「だから人の話を聞け!」

「あ、あのねっ、私クッキーを作って……」


 そこでハタとクッキーが駄目になったこと(いや元から駄目なんだけど)を思い出した太田さんは、膝から崩れ落ちて再び泣きだしてしまった。


「そうだったわ……もう渡せれない……気合い入れたのに……」

「気合い入れて炭を作ったの?」

「コラ、横から茶々を入れない!」


 菊池の背中をぺしりとラケットで叩いて黙らせたところで、太田さんの涙に共鳴するかのように、ポツリポツリと雨が滴り落ちてきた。

 朝から今ひとつな空模様だったけれど、とうとう堪え切れずに一雨来てしまったようだ。梅雨時はこれだからイヤになる。


「……降り出してきたな。雨足が強まる前に撤収するか」


 ヒガシが灰色の空を見上げながら呟く。

 すぐさま三咲ちゃんたちも賛同した。


「ほなうちらも」

「あれ謝罪と賠償はしないの?」

「うちらのせいだけやあらへんもん。大体あんなもんボンドでくつけとけばええやん」


 ぞろぞろと引き上げようとする中で、太田さんだけが芝生の上に力無く座り込んだまま動こうとしない。早く建物に避難しないと、雨はどんどん強くなっていく一方なのに。

 あたしは見るに見かねて地面に散乱してる物を素早く拾い集め、彼女の元へと持っていった。

 しかし、太田さんはこちらに見向きもしない。


「ほら受け取って。ほら。あんまり泣くと顔が酷いことになるよ」

「……ほんとはね、わかってたの。迷惑がられるだけだって」


 太田さんはうつむいたまま自嘲気に言葉を続けた。


「でもどうしても諦めきれなくて、今日の差し入れに懸けていたんだけど……全部無駄になっちゃった……。ほんと馬鹿みたい……っ」


 あたしは頭をポリポリと掻いた。

 どうしようかな、この子。先ほどまではムカついてムカついてしょうがなかったけれど、こんな風に泣かれるととてもじゃないけど強くは出れない。あたしは泣かれるのは苦手なのだ。

 うーん、しゃーねーな……

 あたしはダークマターを1つ摘まんでみせてから、


「太田さん、味見はした?」

「…………最初だけ」


 最初だけってどういうことだよ。

 こないだより更に無責任になってないか。……まあいい。


「これ、あたしが食べてもいいかな?」

「えっ!?」


 目を剥いたのは太田さんだけではなかった。

 みんなぎょっとしながら口々に制止の声をかけてくる。


「おいマジでやめとけって!」

「そんなもん食べたら腹壊すで!」

「マゾいねシズニー」


 みんなの言うことはもっともだ。

 だけどあたしもここ数日お菓子作りで苦戦していたから、その、身につまされるのだ。努力がすべて水泡に帰すのはやっぱり辛いだろう。

 太田さんの涙にすっかり感化されてしまったあたしは、「ダメ!」という太田さんの制止も聞かずにダークマターを1枚口に運んだ。

 とたんに口の中に広がる苦みと臭気の最悪なハーモニー。


「……………………おいしい」


 そう決めた。

 あたしが必死で咀嚼して飲み下したところで、太田さんが信じられないといった面持ちであたしの肩を揺すってきた。


「ダメって言ったじゃない! 何で食べちゃったの!?」

「このまま捨てるよりかは誰かが誰かが食べたほうがいいでしょ。だからあたしは――」

「それは好きな人に振り向いてもらえる恋のおなじないがたっぷりと施してあるの! どうしよう鈴木さんなんかに好かれてしまったら私……気持ち悪いだけ!」


 失礼なやつだな。

 しかし恋のおまじないごときでこんなに取り乱すなんて、よっぽど何かしたのだろうか!?

 あたしは気になって質問した。


「ねえ、恋のおまじないってどういうこと?」

「経血と、好きな香水を混ぜたの」


 それを聞いた瞬間、あたしはトイレに向かって走り出していた。

 自己新記録を更新しそうな勢いで最寄りの女子トイレまで辿り着いたあたしは、のどに指を突っ込んで思いっきり吐く。


「おええええええぇぇええ」


 お、お、太田のやつめえええええええ。

 なんちゅうもんを食わせてくれたんだ。やっぱりアイツは頭おかしい!


(うっかり仏心を出したあたしが馬鹿だった!!!)


 もう絶対に関わらない助けないと心に誓いながら、あたしは泣きべそをかきながら便器に向かってリバースし続けた。

 ほどなくして皆があたしを探しに現れて、慌てて介抱してもらえたんだけど、同時にみっともない姿を見られる羽目になってしまった。


(――ああ、腫れものを触るような気づかいと、生温かい同情の眼差しが辛い! 辛すぎる!)


 あたしはもう醜態をさらしたショックで、女子トイレに侵入しようとした菊池が、三咲ちゃん達からタコ殴りの形に遭っているのも気にならないぐらいに落ち込んだのであった。



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