シンプルにいく
「もういい。自分で行く!」
あんな子でも、大勢に絡まれて窮地に立たされてるとしたら、さすがに気の毒だ。
あたしはヒガシが肩にかけていたタオルをむしりとって自身の腹の間にねじ込み、簡易の腹パン対策を施してから池谷が示した裏庭へと足を運んだ。
おそらくそちらに向かったのだろう、とのことだったが池谷の見立てはちゃんと当たっていて、体育館の脇をすり抜けて第二校舎の裏側に出ると、木々の奥のほうから女の子の怒鳴り声が聞こえてきた。
「何度言われたって私はやめないわよ! 貴女たちに言われる筋合いはないわ!」
……太田さんの声だ。
どうやらかなり怒っているらしい。いつもの猫被りモードじゃなくて、いつぞやのあたしと対峙した時のような荒々しい感じだった。
そして太田さんに続いて聞こえてきたのは、彼女に負けず劣らず怒っている声。
「ざけんじゃないよ。アンタみたいなミーハー女を見てると虫唾が走るんだよ!」
かなりのハスキーボイス。これが例のバドミントン女子だろう。
あーいかにもキツそう。ザ・女の戦いって感じの言い争いで、この時点であたしは早くも嫌になった。
しかしこのまま引き返して何かあったりしたら寝覚めが悪いので腹をくくる。
「じゃあ仲裁しに行ってくる。あんた達はひとまずここで待機してて」
「ま、ほどほどにな。念のためにこれ持ってけよ」
言ってヒガシはICレコーダーを放ってよこしてきた。
足元に落ちる前に華麗にキャッチしたあたしはなんで録音機器なんて持ってんだと一瞬疑問に感じたけど、そういやこいつは現在進行形のストーカー被害に遭ってるんだっけ。
そのストーカーを助けに行く展開になるとは、なんとも皮肉なものである。
「ヤバそうだと感じたらとっとと戻って来い。教師にチクったほうが早いからな」
「バドミントンの子達って、そんなに凶暴なの?」
あたしがヒガシに訊ねると、横から菊池が割り込んできた。
「男とかに容赦ないんだよ。でもシズニーならきっと大丈夫。シズニーの女子力に期待してるよ!」
根拠のない菊池の励ましは無視した。つーか協力するつもりがないのなら池谷と一緒に帰ればよかったのに、ふてぶてしいやつめ。
先ほど差しいれたクッキーを呑気にパクつく2人に見送られながら、あたしは彼女達のいる場所に乗り込んだ。
「たのもうっ! 何してんの!?」
元気よく問いかけると、女の子たちの目が一斉にこちらへ向いた。
そこには草むらに座り込んでいる太田さんの他に、太田さんを取り囲んでいる体操服姿の女子生徒が5人ほどいた。そのうち2名ほどが不自然にバドミントンのラケットを握りしめている。おそらくこれはしばき用だろう。
あたしは一瞬固まったけど、負けてらんないと思ってまっすぐに背筋を伸ばした。
すると先ほどのハスキーボイスがあたしに絡んできた。かなりデカい女だった。
「なんだよこの男。太田を助けに来たのか!?」
その目にはありありと侮べつの色がうかがえた。きっと金髪ジャージ姿のあたしを見て“何このDQN”って思ってるに違いない。
否定はしないが目の前のハスキーボイスの少女もまた、「これは実は男だ」と言われてもつい納得してしまうような容姿の持ち主だった。耳まるだしのショートカットで、喋り方もなんだか男みたいだ。
あたしはなるべくさりげない風を装って応じた。
「べつに助けに来てなんかないよ。ただケンカならマズいでしょって様子を見に来ただけ」
「ケンカなんかじゃねえよ。アタシ達はアタシ達にとって神聖な場所である体育館を荒らされて迷惑だから注意してんの。汗水たらして部活動に励んでいる横で、ミーハー気分で騒がれたらこちらにも障りが出るんだよ」
「それにしては穏やかじゃないけど」
チラッと太田さんのほうを確認すると涙を流しながらブスッとふてくされていた。髪もほつれていて揉み合った形跡がある。2、3発ぐらいは既にどつかれたのかもしれない。ただハンドバッグは肩にかけてしっかりと死守していた。
そんな彼女を苛立たしげに見やりながらハスキーボイスがぼやく。
「だってこの女がまったく悔い改めないんだもん。男どもは鼻の下を伸ばして全然アテになんないから、アタシたち5枚の翼こと羽刃瀧倶楽部が動くしかないんだよ」
「はば……。だからってさあ、もうちょっと穏便にできないの?」
「仕方ないんだよ。何度呼び出してもまったく悪びれるそぶりがないんだから」
「えっ、これが初めてじゃないの!?」
驚いて問うと、ハスキーボイスはしまったとばかりに視線を逸らした。
だけどすぐさま持ち直して自分たちは悪くない、風紀の乱れを正しているだけなのだ、と自己正当化しだした。たぶん本気でそう思っているに違いない。
スポーツマンが爽やか、なんて大ウソだよな。そりゃ爽やかなのもたくさんいるけど独善と偏見の巣窟でもあったりするのだ。
「ねえ、大勢でよってたかってなぶるのは体裁悪いだろうしここは退いてくんない? この先はこっちできっちりしめとくからさ」
「そんなこと言って、どうせ見逃すつもりなんだろう」
「あたしだって、この子に恨みがあるんだよ」
「あた……、え、もしかして女!?」
ハスキーボイスが目を見開いて驚いた。ようやくあたしが女だと気付いたようだ。おまえにだけは言われたくない、と素直に思った。
そこにハスキーボイスの取り巻きの1人が割ってはいってきた。
「ああ、やっぱり鈴やんやん。一瞬どこの人かと思ったわ」
(え……っと、この子誰だっけ)
突然気さくに話しかけられてあたしは困惑した。
目がきゅっと吊りあがってて、勝ち気そうに見えるポニーテールの少女の顔はたしかに見覚えがあるんだけど、肝心のそこから先が思い出せない……。
あたしが頭をひねっていると、その子はかなりショックを受けたようだった。
「ガーン、もしかしてうちのこと覚えてへんの!? ありえへん。たまに廊下でもすれ違ったりしとるやん、三咲やよ」
「……あー、三咲ちゃん!」
言われてポンと手を打った。
思いだしたぞ。この子は小学校が一緒だった子で、当時幾つかに分かれていた女子グループの1つを仕切ってた子だった。とりたてて接点はなかったけど何故か好意をもたれていて、小学生時代はチョコを貰ったりしたこともあった。それがいつの間にハスキーボイスの傘下に下ったんだろう。
でもこれは好都合かもしれない。
あたしは三咲ちゃんに愛想を振りまくことにした。
「ごめんごめん、ほらしょっちゅう頭をぶつけまくってたから、時々記憶がすこんと抜けちゃうことがあるんだ。にしても随分アカ抜けたね。可愛くなってて誰だかわかんなかった」
「いややわ、またそんなこと言って! 鈴やんのウワサも結構耳に入ってきとるんよ。最近また派手に暴れたりしとるみたいやん。たしか魔闘家鈴木――」
「わーっ! 込み入った話はまた今度にしてさ。ほら本題に戻ろうよ。みんなおいてけぼり状態だよ」
「あ、そうやね」
周りを見回せばみんな怪訝そうな顔をしていた。
鼻白んでるハスキーボイスに三咲ちゃんが近寄って何やら耳打ちする。すると、ハスキーボイスの険しかった表情がだんだんとほぐれていって、耳打ちが終わるやあたしに向かって言った。
「ふーん。副ヘッドの三咲が言うにはアンタって運動神経抜群なんだって!?」
「え……、まあ走ったり飛んだりするのは得意だけど」
「ならいいわ。羽刃瀧倶楽部に入りなよ。アタシらは優秀な人材を求めてるんだ。一緒にくだらない男やバカな女どもを撲滅していこう!」
「えええっ!?」
いきなり謎の勧誘が始まってあたしは混乱を隠せなかった。
ちょっと待ってよ、もめ事を仲裁しに来たのになんでこんな流れに……。
ていうかシラタキだかハバタキだかしらないけど、そんな分けのわからん活動に関わりたくない。
あたしは慎んでお断りすることにした。
「ごめん、その手の勧誘は間に合ってる。家でごろごろするのが性に合ってるんだ」
言ってあたしは横目でさりげなく太田さんを確認する。
こうしている間にでも隙を見計らって逃げ出してくれればいいと思ったんだけど、残りの取り巻きががっちりと太田さんを囲んでいて、脱出は不可能っぱかった。
そして当の本人は不満げな顔をしてふてくされ続けている。「なんでこれが東君じゃないのよ……」っておいおい、今の独り言しっかりと聞こえたぞ。
(ほんとしょうがないなぁ、もう)
見た目小動物なのってかなり得だよな、と諦めの境地に似たため息をつきながら、あたしはハスキーボイスに向かって人差し指を突きつけた。
「でもさ、あたしより強いってんなら話は別だよ。ねぇ、1対1で勝負しない?」
「勝負!?」
「うん。そこのラケットを使ってさ。そんで負けたらシラタキに加入してもいいけど、勝ったら太田さんの制裁はあたしでやらせて」
「はっ、正気!? バドミントン部にバドミントンで勝とうっていうの!?」
「違うよ」
あたしは首を横に振った。
いくら身のこなしに自信があるからといって、毎日練習に励んでいる現役生に勝つのは至難の技だろう。その辺はちゃんとわきまえている。
だからあたしは言った。
「ラケット握りしめてやることと言えばもちろん――しばき合いだよ、しばき合い。それならお互いフェアな条件でできるでしょ!」




