ご褒美じゃないのかよ
「まあ、こんなものかな」
鏡の前で頭をなでつけ、金髪になった髪を確認する。
これは自前ではなく、演劇部から拝借してきた男装用のカツラだ。
結局エタノール液ではなかなか思うように染まらなかったので、痺れを切らして演劇部の部室に忍び込み拝借してきた。最初からこうすればよかった。
そうして男女共通のジャージに袖を通してみれば、最近丸みを帯びてきた身体のラインがすっぽりと隠れて、まるで少年のようだった。
まだいける。まだ男で通るはず。
あとはもうチンピラ歩きで太田に近づいていって、手荷物を強奪して逃走すれば目標クリアである。
(さてと、急がなくちゃ)
ここまで右往左往してて結構な時間がかかってしまったため、そろそろ試合が終わっていてもなんら不思議ではなかった。
たしかバスケの試合ってハーフタイムを含めて1時間ちょいしかなかったはずだから……、うーんヤバイ……。
あたしは仕上げにマスクをはめて、体育館へと猛ダッシュした。急げ急げ。
(メロスは走った……セリヌンティウスがまってる……あきらめるのよくないって……でも……カツラとれそう……)
頭部を押さえながら廊下を突っ切って体育館前に到着すると、やはりすでに試合は終わってしまったようだ。
当のバスケ部員達は体育館前にずらっと敷き詰められたすのこの上で、水筒のお茶を飲んだりしてくつろいでいた。
ああ、なんてこった! 太田はどこにいるんだ!?
「たのもう!」
声をかけると盛大に注目を浴びた。
うええっと思って一瞬ひるんだけど、どうせ一時の恥だと思ってそのまま集団の前で仁王立ちしてみせた。今のあたしは“鈴木静”じゃないのだ。ただのDQNだ。
すると、汗まみれの集団の中から真っ先に菊池が立ち上がって、こちらへ歩み寄ってきた。
その菊池はじろじろとあたしを見回して、
「もしかしてシズニー? 何そのエキセントリックな格好!」
うげっ、速攻バレた!?
……いやでもまだ疑問符が付いてるし誤魔化せるかもしれない。
瞬時にそう判断してシラを貫き通すことにした。
えーと、外人のフリ、外人のフリ、こういう時って何て言えばいいのかな。
“開国シテクダサイ”だとさすがにちょっとヘンだし、ここはやっぱり……
「How much?」
「えっ、やらせてくれるうえにお金までくれるの!? ラッキー♪」
げげっ、どうしてそうなるの!?
よく見てよ、とあたしは自分の金髪頭を何度も指さしながら言った。
「Why? I am a man!」
「いやさすがにシズニーだって判るよ。さっき会ったばかりだし、ちゃんとちっぱいがあるじゃん。オレ、そこは見逃さないよ」
ひいいいぃっ!
またしても抱擁攻撃をくらって必死にもがいてると、バコッと派手な音がして、菊池が頭を押さえながらその場に沈んだ。
視界が開けた先には水筒を握りしめたヒガシがいて、呆れたように口を開く。
「それで変装したつもりなのかよ」
「うっ、無理があった? これでも大芝居打ったつもりだったんだけど……」
うずくまる菊池の背中に追い討ちの一蹴りをいれながら言葉を返すと、
「変装するにしたってもっと方向性を考えろよ。そのチンピラ歩きとか昔の面影たっぷりじゃねーか」
暗にDQNだったと過去を指摘されてあたしは落ち込んだ。
わりと自信があったのにそんな……これじゃとんだ恥を晒しただけじゃないか……ショック……。ってか待てよ。
「ねえ、太田さんは!?」
辺りを見回してみても、バスケ部員の他には、奇異な目でこちらを見ている保護者しか残っていなかった。念のために体育館の中まで覗いてみたけど、他の部がちょうど練習を始めたところで、それらしき人影はない。
なんで太田さんの姿が見当たらないんだろう??
約束だった差し入れのクッキーをヒガシに手渡しながら疑問を投げかけてみると、
「太田ならあの後から来てないぞ。お前が言いくるめて帰らしたんじゃないのか?」
「えええっ!?」
目をまるくして驚いたあたしが先程あった出来事をかいつまんで説明したら、ヒガシが不思議そうに首を傾げた。だが、
「来ないならそれでいいよ。毒つっ返すのもしんどいからな」
と、のんきな構え。
だけどあたしは腑に落ちなかった。
だってあいつは忠告を聞いて大人しく引き下がるようなタマじゃないぞ。
とするとここに戻ってくる途中で何かトラブルでも起きたか……
「誘拐されていたりしてね」
早くも復活した菊池が、ひょうひょうとした調子で口を挟んできた。
さすがにそれはないでしょ、と言いたかったけど、完全には否定できない何かがあった。
なんせ太田さんは小柄で童顔だし、かなりカワイイからひょっとするとひょっとすると……ってこともありえるかも……。
ちょっと見過ごせないかも、と思ってあたしは菊池のほうを向く。
「ねぇ、念のために校内をくまなく探して来てよ」
「ええっ、オレが!?」
喜んで飛び出して行くかと思いきや、菊池の反応はいま一つだった。
「あの子、オレが声をかけるとすぐに泣きだすんだよ。恐れ多くて打ち震えてるんだろうけど、ああもメソメソされるとさすがにちょっとね」
なるほど。普段そうやって菊池をあしらっているわけか。
それなら自分で見て来ようかとした時、――ふいに背後から声がかかった。
「あのさ、今の話なんだけれど……」
声の主は、先ほど悪魔払いで追い払った池谷だった。ショルダーバッグを肩に引っ提げて、早くも帰り支度を済ませている。
あたし達の会話を途中から聞いていたという池谷は、しきりにあたしの様子をチラチラと横目で窺いながら、ためらいがちに切り出してきた。
「太田さんなら、保健室から戻る際にそこの廊下ですれ違ったよ。バドミントン部の女子たちと一緒だった。ただ……」
そして言い難そうに言葉を付け加える。
「大勢でいたのに、みんな無言でニコリともしてなくて、ちょっと異様な雰囲気だったかな」
え、それってまさか……。
「女子会!?」
「いや、さすがにそれはないだろ」
菊池とヒガシのボケとツッコミのやり取りを無視して、あたしは池谷に詰め寄った。
さっき体育館で太田さんを睨んでいた女生徒たちが、バドミントン部の子だったりしたら――答えはひとつだ。
「あの子悪目立ちしてたからきっと反感買って呼び出しくらったんだよ。なんで止めなかったの!? あんた信者だろ!」
「ええっ、無茶言わないでよ。バドミントン部の女子はやたらと気性が荒いんだよ。とてもじゃないけど声なんかかけれないって! あとさっきから信者とかサタンって何?」
「バカ、そこで颯爽と助けてたら、あんたの待ちわびていたフラグが発生したかもしんないんだよ!? それと信者は信者だろ! サタンは察しろ!!」
そんなんだから万年モブなんだよ! と言い捨てて、あたしは菊池に向き直った。
こいつならどうだ。
「あんた女子会に加わって来なよ」
すると、菊池はまたしても歯切れの悪い反応を示した。
「うーん、バドミントンの子らはなあ、あの子たちオレが声をかけるだけでラケットで殴ってくるんだよ。てれ隠しなんだろうけど、ああもバシバシやられるとちょっとね」
SMの趣味はない、と菊池は語った。
ちっ、役に立たねーな。
それじゃあヒガシにと視線を移したら、
「俺が出て行ったら余計ややこしくなるだろ?」
と肩をすくめてお手上げのポーズ。
ああもう、どいつもこいつも使えないな!




