武装勢力が誕生したかもしれない
(なんなの、この子たち……)
あたしが呆れている間に女の子たちは図々しくも西園寺に詰め寄った。
身を潜めているために姿は確認できないが、声の数からして3人組のようだ。
「んー、熱はないみたいですぅ☆」
「あのちょっと触らないでもらえるかな」
「あっちゃんずるいー! 抜け駆け禁止って約束してたでしょー!」
「こら騒いだらダメにゃ! やれやれ、この2人が迷惑かけて申し訳ないにゃん」
いや全部まとめてうっとおしいから。
つーか、こいつらは西園寺と一体どういう関係なんだ!?
疑問を抱いたところで、ちょうど西園寺が説明するかのように言った。
「私設ファンクラブだか何だか知らないけれど、プライベートを詮索されるのは苦手だったて何度も言ってるよね。こうやって突然押しかけて来られると本当に困るんだ」
「ふええ、怒られちゃった……」
西園寺の存外厳しい言葉に、意気消沈した女の子の声が室内に響いた。
が、それもつかの間のことだった。
「あーっ! 見て見てこのビンボくさい花、きっと安藤さんがやったのよ!」
女の子たちがまた息を吹き返したかのように騒ぎ始めて、先程あたしが飾った紙コップの野花にケチつけ始めた。
くっそ、ビンボくさくて悪かったな。しょうがないじゃん、急いでたんだから……。
そこに割り込む西園寺の声。
「それはね、彼 女が持って来て飾ってくれたんだよ」
あ、バカ。なに得意げに余計なこと言い出してんだよ!
案の定女の子たちが聞き捨てならないとばかりに声音を変えて、追求しだしたじゃないか。どうすんだよもう。
「彼女ってやっぱり安藤さんのことですか!?」
「違うよ。奈津美ちゃんは妹みたいなもので、そういった関係ではないから誤解しないでほしい」
「じゃあ誰ー!?」
「名前は言えない。けど彼女に初めて出会ってゲンコツくらった瞬間からドキドキしたんだ。とても強そうだなって。それ以来ずっとその子のことが好きなんだ」
西園寺の微妙な告白に女の子たちはかなり狼狽したようで、西園寺そっちのけで作戦会議をはじめた。
「やだ、殴られて好きだなんて正気かにゃん!?」
「ありえないことはないわよー。ほら、野球部はマゾ集団だって一部で有名だものー」
「バット振り回して部員の尻をぶっ叩いてる安藤さんがアイドル扱いだもんねぇ。あーあ、ショックぅ。先輩までそっち系だったなんて。彼女ってやっぱり安藤さんのことじゃないのぉ」
「うちらどうするにゃ? 身を引くにゃ?」
「そんなことしたら、あのムカつくアンドゥの思うツボじゃないー」
「だよねぇ。ねぇ、私たちも負けじと先輩を殴ってみたら何かが変わるかも――」
そこでハッと息を呑む音がして一斉に声があがった。
「「「武器よ! 素手だと手が痛くなるから武器が必要だわ!」」」
話し合いは終わったようだ。
代表っぽい女の子が西園寺に向かって宣言するかのように言った。
「先輩、私たち準備があるので今日のところはこれで失礼しますぅ」
「はぁ。気をつけて」
「はい。次は武装して来ますので覚悟しておいてください♡」
「え゛っ」
物騒なことを言い残して、女の子たちは慌ただしく去っていった。
「……………………」
もうそろそろいいだろう。
遠ざかる足音が完全に消えたのを見計らってから、あたしは布団からもそもそと這い出てベッドの脇にあるパイプ椅子に腰かけた。
やっと息苦しさから解放された。それにしてもだ。
「今のなんだったの。最後に襲撃予告してったよね!?」
「さあ僕にもよくわからない。……けど、自分の身に危険が及んでいることは理解したよ。ますますここにはいられなくなった」
西園寺は慌てて動いて――傷口に響いたのだろう――盛大に顔を歪めた。
ベッドの上で腹をおさえ、うずくまる西園寺の体を手で支えながら、すかさず叱りつけた。無茶すんじゃない。
「まだ寝てなきゃダメでしょ!」
「だけど、こんなところにいたら命がいくつあっても足りやしないよ」
「不安ならヘルメット被って腹に雑誌でも巻いとく? あたし家から持って来るよ」
「いや、いい。――わかった覚悟を決めるよ」
言って西園寺が大人しく寝なおしたところで、再びコンコンとノックが鳴った。
ええっ、また!?
「さっきの子たちが戻ってきたのだろうか」
西園寺が苦々しい顔で呟いたので、あたしはすぐさま周囲を見回して――、目についた洗面器を手にとって西園寺に握らせた。
「一撃目はこれで防いで。あいつらだったら、あたしが助太刀するから」
「しずかちゃん……」
さっき西園寺はあたしの強いところに惹かれたと言っていた。ならいいところを見せようと思って、あたしはあたしでスリッパを抱きかかえて再び西園寺のいるベッドに潜る。
細心の注意を払って縮こまって、戦闘準備はばっちりだ。
オーケー、いつでもかかってこい。
「どうぞ」
西園寺が緊張をはらんだ声を投げかけると、扉を開けてやって来たのは、なんと担任の橋本ちゃんだった。うわ、これは予想外。
「こんばんは。あら~、洗面器なんて握りしめてどうしたの?」
「これはその……」
気まずそうに言葉を濁した西園寺に、橋本ちゃんは勝手に合点してポンと手を打った後に、
「遠慮せずに吐いてもいいのよ~。さあ、さあ、さあ、さあ!」
と善意のプレッシャーをかけてくる。
しばしのあいだ押し問答した末に、西園寺が洗面器を愛でることが趣味だとでっちあげることで、ようやく場が落ち着いた。あたしまで手に汗握る一時であった。
「そうだったの。西園寺君って変わってるのね~」
橋本ちゃんはちょっと笑ってから、ふいに口調をあらためて言葉を続けた。
「ところでご家族の方はまだ見えてないの?」
「はい。けれど代理人を立ててもらえたので手続き等は片付いてます」
「それにしてもねぇ。もう丸1日は経つというのに」
「忙しい人達ばかりなんです。義母は身重ですし」
えっ、西園寺に弟か妹ができるの!?
びっくりすると同時に、盗み聞きをしているような気分になって後ろめたさを感じた。
居心地の悪さが募るあたしをよそに、ふたりの会話は続く。
「そうなの。でもあのお義母さまって……でしょう? 私はねぇ、今回の件を含めて児童相談所に通報するべきだと思っているの」
「いいんです。今の生活が気に入っているので壊したくありません」
「そう……ならこの件は保留としましょう。でも本当に辛い時は相談してほしいの」
「わかりました」
それっきり口を噤んでしまった西園寺に、橋本ちゃんはいくつかのあたたかい言葉を投げかけた。
いつもと違う様子になんだかこちらのほうがうろたえてしまって、気を紛らわせるためにあたしは頭の中で羊の数を数えることにした。たぶんあまり聞かれたくないだろうから、こちらもなるべく聞き流すことにしよう。
(羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹――……)
すると、7匹目で急激な睡魔が押し寄せてきた。
ああ、あたしってば眠りに対しては本当にプロフィッショナル……。
ふたりの話し声がどんどん遠くなっていき意識を手放す間際に、橋本ちゃんの声がこだまするように頭の中に響いた。
「――私はね、昔生徒を救えなかったの。だけどだからこそ、今度なにかあったらできる限り力になろうって決めているのよ。それが最後に“先生を責めないで下さい”って書き綴ってくれた子への弔いなのよ」
◆ ◆ ◆
次に気がついた時には、ママの顔が目の前にあった。
何故かほっぺたがヒリヒリと痛む。
「しーちゃん、いい加減に起きなさい」
「う……もう朝?」
ほっぺたを手で押さえながらたずねると、ママが自身の手のひらを眺めながら、「いいえ、夜の8時過ぎよ」と告げてきた。
「え……」
どういうこと?
寝ぼけまなこで辺りを見渡して――すぐ隣で狭苦しそうに横たわっている西園寺や、呆れ顔の看護士の顔を視界にとえた瞬間。状況を理解してサーッと血の気が引いた。どうやらそのまま寝こけてしまったらしい。
(やってもうたああああああああああああああああ)
あたしはベッドから跳ね上がるように飛び退いて、その勢いで西園寺を詰った。
「なんで自力で起こしてくれなかったのぉ!?」
「起こしたけど、どうやっても起きなかったんだ……」
「そこをなんとかしろってんだよ! 手ぬるいんだよバカバカ!!!」
「バカなのは病人のベッドを占領して爆睡する、しーちゃんのほうでしょ。電話をもらって唖然としたんだから。ほらもう面会時間過ぎてるからとっとと帰る支度をして」
「あっ、うん」
冷やかなママの声で我に返った。
そうだった。こんなことしてる場合じゃない!
あたしは急いで帰り支度にとりかかった。その間にだいぶ気持ちも落ち着いてきて、逆に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。とりあえず謝っとこう。
「迷惑掛けてごめん」
ママが看護士さんと雑談してる隙にそっと耳打ちすると、西園寺はふっと笑っておどけてみせた。
「いやいいよ。ちょっと絞られたけどおかげで退院早まりそうだし」
「橋本ちゃんは帰った?」
「とっくの昔に。だいじょうぶ、気づかれてないよ」
「よかった」
ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、ママから「行くわよ」と急き立てられて別れの挨拶もそこそこに病室を後にした。もうちょっと聞きたいことがあったけど、しゃーない。
そうして細い月の頼りない明かりを見ながら夜道を歩いていると、やはりというか、おもむろにママからの質問攻撃が始まった。
「あの子が西園寺くんだったのね」
「う、うん。ともだち……」
「ボーイフレンドってもうそんな年頃なのね」
「だからただの友達だってば……っ」
「隠さなくてもいいのよ。あの子ってハーフ? しーちゃんって面食いだったのね。ママあんな綺麗な男の子はじめて見た」
しみじみと呟かれて、あたしはひたすら縮こまった。
(ち、違うもん。あたしの好みのタイプはあんなんじゃなくてラオウとかパパみたいなシブい人なんだよ!!)
って反論したかったけど、それ言ったら余計にドツボにハマりそうな気がして、ただただ黙りこくしかなかった。
あー恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。苦っ、苦っ、苦っ!