よっちゃんとやっちゃんとうっちゃん、しつこい
それから担任の橋本ちゃんが教室に入ってきて、朝のホームルームの際に西園寺の欠席について軽く説明があった。
新たに聞いた話では、数日入院して術後の経過を様子みるとのこと。やはり、盲腸でHARAKIRIは事実だったらしい。
あたしはもうその日は動揺しまくりで授業なんかてんで耳に入ってこず、学校が終わるや否やA山病院へ直行した。この時ほどフットワークの軽い帰宅部でよかったと思ったことはなかった。
建物だけはわりと立派なA山病院に着いてまず案内所にて西園寺の部屋番号を聞き出し、そのまま病室を訪ねて再会を果たすと同時に、ようやく安堵のため息がこぼれ落ちた。
「よかったあ、生きてた!」
「死ぬかと思った!」
幾分やつれた様子の西園寺。
1日足らずの再会だというのに、久しぶりに会ったような不思議な感覚になった。
ベッドの背もたれから起き上がろうとする西園寺を慌てて止めて、乱れた髪を手ぐしで梳いてやる。さらさらとした髪がキレイだった。今更ながらこの人はとても美しいのだな、と思った。
それから紙コップを借りて、ここに来る途中で摘んできた小ぶりの花をいけた。学校の脇の道端に咲いていたやつなんだけど、結構きれいだったのでかっぱらってきた。目を和ませてくれればいい。
「ここって凄いヤブでしょ」
あたしが話題を振ると、西園寺は大きく頷いて肯定した。
「とんでもなかった。みぞおちに全体重をかけてきて思わず声をあげたら盲腸扱いだよ。しかもこちらの話をまったく聞いちゃくれない。これでよく潰れないものだと、心底不思議に思うよ」
「ああそれはね――」
年寄りの安楽処理施設として一定の需要があるのだと説明したら、西園寺は納得したようだった。
「とにもかくにも一刻も早くここから脱出したい」
「あたしもそうしたほうがいいと思う」
病室内は広々とした個室で、簡易キッチンや応接セットまであってなかなか快適そうだったが、肝心の医者が決して油断できない。執刀医はまともだったようだが基本はずれの医者しかいないのだ。
「予定ではあと3~4日ぐらいだっけ?」
「うん。それで明日の約束は守れそうにないや。ごめん」
「気にしないでいいよ。もともと見栄を張りたかっただけだから、お菓子のことは自力でなんとかする。あんたはしっかりと養生して」
「それっていつ渡すの?」
「明後日の日曜日。バスケ部の練習試合があるそうだから、差し入れとして持って行くんだ」
「わざわざ? 平日でもよくない?」
「渡したらすぐに帰るよ。ダメ?」
「ダメじゃないよ。しずかちゃんの行動を制限したくない。でも正直面白くない」
言って西園寺はプイっと顔を背けてしまった。
何拗ねてんだよ、しょうがないなあ、もう。
やれやれと呆れながらもあたしは西園寺の機嫌をとりなすことにした。
「あんたにも誕生日プレゼントを用意するよ。何がいい?」
「本当!?」
「うん。こづかいがあたしのスピードについて来れなくて来月になっちゃうけれど」
「お金なんて必要ないよ。ただ、そろそろ名前で呼んで欲しいんだ』
「へ?」
思わぬ要求に、あたしはすっかり面を食らってしまった。
それはちょっと……なんだか恥ずかしい……のでやんわりとお断りする。
「西園寺は西園寺でいいじゃん」
「よくない。いつ下の名前で呼んでくれるかと、今か今かと待ちわびていたんだよ。僕達一応つき合ってるんだよね?」
「だって名前で呼び合うのは慣れてないんだよ」
「奈津美ちゃんのことは、ちゃん付けで呼んでるじゃないか」
「細かすぎる男はモテないぞ」
「しずかちゃん!」
勢いに押されてあたしは観念した。わかったよもう。言えばいいんでしょ!
「セ、セージ君……」
言った瞬間から羞恥が込み上げてくる。
もじもじとうつむくと、西園寺は瞳を嬉々と輝かせて要求を繰り返してきた。
「もう1回言ってみせて」
「えっと、セージ君」
「もう1回」
「セージ君」
「もう1回」
「セージ君」
「もう1回」
「セージ君」
「もう1回」
「セージ君」
「もう1回」
「セージ君」
「もう1回」
「セージ君」
「もう1回」
「セージ君」
「もう1回」
「………………」
ああもう、こいつめんどくさいな! 無視無視!
相手するのも億劫になってシカトし始めた矢先にコンコンとノックの音が病室内に響いて、あたしたちはぴたりと時が止まった。
げっ、どうしよう。誰か来ちゃったみたい……。
お互いに顔を見合わせて動けずにいると、急き立てるように再度ノックが鳴り響く。
「どちら様ですか」
西園寺が誰何すると、ドアの向こう側から鼻にかかったような女の子の声。
「先輩こんばんは♪ 入院したって聞いてぇ、あっちゃんとみっちゃんとえっちゃんでお見舞いに来ちゃいましたぁ。ミャハッ☆」
うわ、ウザそう……。
って悠長に構えてる場合じゃない。
鉢合わせになる前に逃げようと慌ててに窓のほうを見やって――3階だったことを思い出して逃走するのを断念した。
着地に失敗してケガでもしたら搬送先はここだ。それだけは避けたかった。
ならばいつぞやの菊池の手法を見習うとするか。
あたしは素早くカバンと履いていたシューズを備え付けのセーフティボックスの中に押し込み、西園寺が寝ているベッドの中にもぐり込んだ。邪魔するよ。
「なっ……」
「(しっ、黙って。あたしはここに隠れているから、とっとと追い払ってよ)」
頭から布団を被って合図を送ると、西園寺は「わかった」と小さく呟いてから、再びドアの向こうに言葉を投げかけた。
「まだ気分がすぐれないので、見舞いでしたらまたの機会にして下さい」
「それは大変! 大丈夫ですかあ!?」
勢いよくドアが開いて、女の子達がキャイキャイと室内に雪崩れ込んで来た。
おい、そこは自重するところだろう……。