この貸しは高いぞ
こちらは以前投稿していた分に加筆修正を施して再アップという形になります。
そしてあたしはお菓子作りに苦戦していた。
今挑戦しているのは、アイスボックスクッキー。
プレーン生地とココア生地をクロスさせて作る、市松模様(チェック柄)のクッキーのことだ。
レシピを見る限りではそう難しそうでもなかったし、あたしでもイケると思ったんだよね。しかし大雑把な性格が災いしてか、何度試みてもうまくいかなかった。
途中から目分量は危険だと学習していちいち分量を量るようにしてみたら、味だけはまともになったけど、それでもなんだか微妙な出来……。
生焼けで中身がぬちゃぬちゃしていたり、かと思えば今度は固すぎて釘が打てそうだったりと、もう一通りの失敗は済ませたと思う。
もちろん食べ物を粗末にするようなことはしてないよ。
失敗したクッキーはとてもじゃないけれど人にあげれるような代物ではないから、スタッフであるあたしが涙を流しながら全部平らげた。
おかげで腹はパンパンだしまた体重も増えて、なんで不味いもんを食べて肥えなきゃならんのだと踏んだり蹴ったりの状態だった。
こんなの作ったの誰だよ。あたしだよ。
もう駄目だ疲れたギブアップする。
そう思ってお菓子作りを始めて4日目の木曜日の朝、あたしはついに行動に出た。
その日あたしは休み時間がくる毎に男子トイレが確認できる位置にたたずんで、獲物が訪れるのをじっと待ちかまえた。
やがて午後になってようやくターゲットとなるヒガシが現れたので、トイレから出てくるタイミングを見計らって、ここぞとばかりにヒガシの前に立ちふさがった。
まずは大事なことを確認する。
「あんた、ちゃんと手を洗った?」
「あ? ああ」
よし、それならいい。
安心したあたしは有無を言わさずヒガシの手を引っ張った。
「ちょっとついてきて。話があるの」
「どこ行くんだ?」
「すぐそこ。お菓子作りの途中結果を報告しようと思ってんだけど、人目につく教室だとヤバイでしょ」
無事に狩りが成功したので、すぐ脇にある空き教室にヒガシを連れ込んだ。普段使われていないその教室は少々ほこりっぽく、空気もむわっとしていくらか淀んでいたが、我慢できないほどではない。
とっとと話を済ませてしまおうと思って、あたしは予め用意しておいたクッキー袋を差し出した。
「これが限界だった。まずは食べてみて」
ドキドキしながら促すと、ヒガシは包み紙をはずしてクッキーを口にした。
そして眉根を寄せながら一言。
「リアクションに困る味だな」
……だよね。
ものすごくダメな域からは脱したけれど、だからといって美味しいというわけではないのだ。形もかなり歪だし。
はぁ、なんでこんなに上手くいかないんだろう……。
しょんぼりとして下を向くと、ヒガシがあたしの頭をポンポンと軽くたたいて慰めてきた。ほんとに手を洗ったのだろうか。
「まあかなり頑張ったんじゃないか。思ってたより全然悪くないよ」
「そ、そう?」
「ああ、努力は伝わってきた。沢山作ったりしたんだな」
言ってヒガシはあたしの絆創膏だらけの手――ではなく、ぽっこりとしてきた腹をじっと見つめてきた。くっそ、どこ見てんだよ!
「あんた、いちいち人をムカつかせる才能あるね」
「あ? 人が労っているのに何言ってんだ」
「ならあたしの腹をガン見してくんな!」
あたしがキッと睨みつけると、ヒガシが降参だというように片手を軽くあげて謝ってきた。
「すまんすまん、静を見てるとついからかいたくなるんだよな。俺の悪いところだ」
「自覚があるなら直してよ! ……あとさ、申し訳ないけどこの程度で勘弁してやってほしいんだ。降参する」
「わかった」
あっさりと頷いたヒガシは、あたしの気がホッと緩んだところで無茶振りをしてきた。
「ただし、日曜日はつき合ってもらうからそのつもりでな」
「えっ、なにそれ!?」
聞くところによれば、日曜日の午後から隣の中学と部活の練習試合があるらしい。ちょうどいいから差し入れとして届けに来いって、そんなご無体な。
しかも一方的に告げて話は終わったとばかりに空き教室から出て行こうとするので、あたしは慌てて食い下がった。
「待って、勝手に決めないでよ! なんで前倒してまで休日にわざわざ出向かなきゃならないわけ?」
「来週から定期テスト準備期間に突入するじゃないか。こっちにも都合や予定というものがあるんだよ。どうせ暇なんだろ?」
「暇だけど……でも……」
目立ちたくないし何よりめんどくさいじゃないか!
と素直に言うのもなんなので、とっさに言い訳を探した。ええっと……そうだ。
「菊池がいるじゃん」
「あいつはサボるはずだ」
「なんで!?」
「前日に超大作ゲームが発売するから」
「…………」
全部聞かなくても手に取るように状況がわかった。あの菊池ならやりそうなことだ。
だけどそうなると先週に引き続き、貴重な休日が潰れてしまうことになる。今週こそは家でごろごろするつもりだったのに……。大体、なんでこんなに強引に誘ってくるんだろう。
「あんた何か隠してない?」
何気なくつぶやいた途端、ヒガシの眉がぴくりと動いたのをあたしは見逃さなかった。
あ、これは何かあるな。
ピーンときて、あたしはすかさずヒガシを追求してみる。
するとお決まりのごとくのらりくらりとはぐらかしてきやがったので、あたしがこれ見よがしにヘソを曲げて獣のように唸ってみせると、ようやく観念して語り出した。やはりあたしの野生の勘は正しかったようだ。
「実は最近、面倒なことになってんだよ。太田が部活帰りに待ち伏せしてきたりして、追い払うのに難儀してるんだ」
「へえ……」
相づちを打ちながらつい先日、あたしに協力を仰いできた太田さんの姿を思い浮かべた。ヒガシの誕生日に向けて必死だった太田さん。結局あたしの助言はお気に召さなかったようで採用されずに去られたけど……どうもそれからはっちゃけてるらしい。
出待ちを繰り返したり痛いポエムを送り付けてきたりと、それはまあ順調にヒガシを困らせているようだ。そんな中で行われる練習試合に、ヒガシは内心恐々としているのだと打ち明けてきた。
「今週末は怖い3年が修学旅行に出かけていて不在だろ。これ幸いと体育館まで押しかけて来るに決まってんだよな。それでお前にストッパー役を頼みたいんだよ。べつにどうこうしろっていう話ではない。ただ太田が暴走し始めたら、さりげなく体育館から遠ざけて欲しいんだ」
「簡単に言ってくれるけどさ、あの子はきっとあたしの言うことなんかちっとも聞きやしないと思うよ」
「それならそれでいいよ。あいつはいま外堀から埋めようとしてるからな。この際逆ギレさせて周りをドン引かせるだけでもいい」
「太田さんにケンカを売れってこと?」
「違う。いつもどおりに振舞うだけで十分だ」
どういうことだよ。
またややこしいことになりそうだ。




