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いじめっこですが復讐されそうです  作者: とりのはね
【第二部】 誕生日
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あの目はヤバイ

「誕生日プレゼント? べつになんでもいいよ」


 せっかく意を決して聞きに行ったというのに、ヒガシから返ってきた返事は至極そっけないものであった。

 それじゃ困るってば。

 人もまばらな水飲み場の前で、校内放送で流れてくる音楽を尻目に、あたしはもう一度ヒガシを急き立ててみる。今は掃除の最中なので、人はほとんどいないんだけど、念のため小声で。


「何かないの? 100円以内で欲しい物をとっとと考えてよ」

「なんだそのショボい予算は。買える物なんてしれてるじゃねーか」

「だって金欠なんだもん。こんなハンパな時期に誕生日がくるあんたが悪い」


 月始めだったらもうちょっといいもんあげれたんだよ、とあたしが人差し指を振りながら説くと、ヒガシが呆れたようにあたしの計画性のなさを指摘してきた。

 ふんだ。どうせあればあるだけ使っちゃいますよ。


「もういいよ。リクエストがなければお菓子で決定しちゃうからね」

「そうだな……それでいいよ」

「じゃあ決まりね」

「ただし手作りな」


 げっ、無茶振りしてきた!

 一気にひきつったあたしの顔を見て、ヒガシがニヤリと笑う。


「金がないなら、その分時間をかけるのは基本だろう?」

「だって菓子なんて作ったことないんだよ……鈴木駄菓子コレクションで我慢してよ」

「だめだ。靴まで買ってはかせてやった結果が、駄菓子の詰め合わせじゃ割に合わなすぎる。イヤなら俺と付き合えよ」

「体育館裏?」

「ちがう。おまえぜってーわざと言ってんだろっ」


 ヒガシの癪にさわったようで、すかさず握り拳で頭をぐりぐりとされて、あたしは早々にギブアップした。


「わかったわかった。作るよ! 作ればいいんでしょっ!」

「よし、ちゃんとうまいもん作って持って来いよ。一定水準に満たない場合はリテイクくらわすからな」

「えええーっ!?」

「えー、じゃない。傷心の俺をちょっとは労われよ」

「うっ……」


 そんな風に言われるとこちらとしても拒否しづらい。

 そうだな、ヒガシには色々と世話になったし、少しぐらい希望を叶えてやってもいいだろう。

 拘束から解放されたあたしは、ジンジンする頭を両手で押さえながら、決然たる意思を込めて頷いた。


「わかったよ。こうなったらあたしの威信にかけて極上スイーツを献上してやるから――腹を空かせて待ってな!!!」



◆ ◆ ◆



 かくして帰宅したあたしは今、自室の椅子の上で猫のように体を丸めて悩んでいる。

 このところの気まずい空気をあっさり払拭できたのはよかったんだけど、話が変な方向に流れてしまった。


(お菓子作りか……)


 一応こう見えても帰宅部だけあって多少の家事手伝いはやっていたりする。皿洗いや夕飯作りのちょっとした手伝いとか。先ほども皿洗いを買ってでて小銭をゲットしたばかりだ。

 けれど、肝心のお菓子作りの経験なんて全くなかったりするのだ。

 そしてママに聞こうにも、ママもお菓子の類はあまり作ったりしないし、何よりも協力を仰ぎづらい。

 ただでさえキッチンを借りる約束をとりつけるだけで何やら妙な誤解されて気まずい思いをしたというのに、これで気合が入っていることを知られたら、ママはきっと浮かれて赤飯でも炊くことだろう。


「嫌だそんなの……」


 自分ひとりの力でなんとかしようと改めて決意し、あたしは机の端に投げて置いたお菓子のレシピ本を再び手にとった。

 ネットでレシピを検索するという方法もあったけど、やはり紙媒体のほうが安心するということで、昼休みに図書室を訪れて借りてきたのだ。

 だが何度読み返しても目が滑る。

 オシャレなスイーツをばばんと作って意気揚々と渡すつもりでいたけど、実際にレシピに目を通してみると、そういったお菓子は調理工程が複雑であたしにはちょっと厳しそうだった。

 というかこのお菓子のレシピ本、“初めて作る★らくらくカンタン極上スイーツ♪”なんて表紙に銘打ってあるのに、あからかさまに違うものまで混じってる。

 半月以上の時間を要し十数工程もの作業を必要とする和菓子のレシピとか、一体どこが初心者向けなのだとクレームを入れたくなってしまう。

 さすがにそこまで手間暇かけるのは無理なんで、もっと無難なレシピを――と思いながらパラパラとページをめくってクッキーの項目に辿り着いた。

 この辺ならあたしにも作れるかもしれない。

 ちょっとありきたりで地味だけど、味が良ければそれなりに格好はつくよね。

 そう結論付けてあたしは本を閉じた。

 いずれにせよ、うだうだ悩んでたってキリがない。


(やるしかない……!)


 行動に移すべくドアノブに手をかけたタイミングで、電話の呼び出し音がなりひびいた。

 こんな時間に誰だろ!?

 ちらりと子機のほうに目を投げる。でも面倒だったからスルーしてそのままキッチンに向かった。

 キッチンではママが電話応対していて、ママはあたしの姿に気付くと「西園寺クンからよ」と告げて受話器を差し出してきた。

 げげっ、前ぶれもなくかけてくんじゃねーよ!


「部屋で話すよ」


 あたしは首をふって、慌てて自室に舞い戻った。

 キッチンと隣接するリビングにはパパの姿もあって、食後のコーヒーを片手にテレビ観戦をしていたんだけど、目はテレビの方を向いてなくて背中に突き刺さるような視線が痛かった。

 もうほんとカンベンして……。

 だもんで部屋で子機を手にして応対に出たときには、あたしはかなり不機嫌モードになっていた。


「はい。静だけど、何の用!?」


 あたしの刺々しい声に、電話の向こうがわの西園寺が慌てた様子で謝ってくる。


『しずかちゃんの都合も考えずに突然かけたりしてごめん。昼休みにいつもの場所に来なかったから、どうしても気になってしまって』

「ええっ!? あんたどうやってあの野次馬女子どもを撒いたの!?」


 あたしは怒っていたことも忘れて目を丸くした。

 大勢の女子たちに囲まれていた西園寺の姿を目撃しているからだ。

 それで今日は端から無理だと諦めて待ち合わせの場所に行くことすら考えなかった。

 だけど西園寺は、そんな状態でも理科準備室へ向かったらしい。


『トイレに行くフリをして窓から脱出をはかったんだ。大丈夫、跡はつけられていないはずだよ。なのにしずかちゃんがいなくて正直ガッカリした』

「ほええ……そこまでしてくれたんだ。ごめん、その時間帯は図書室にこもってた。あたしこれからお菓子作りに挑戦するんだ」

『お菓子作り!? なんでまた唐突にそんなことを』

「もうすぐヒガシの誕生日だからだよ。誕生日プレゼントとして手作りの菓子を渡すことにしたんだ」

『………………』


 受話器の向こう側からしばし沈黙が続く。それから不満げな声が聞こえてきた。


『僕の分は?』


 は? なに言い出してんだ。


「あんた甘い物断ちしてるんじゃないの。一昨日渡したアメ玉もけっきょく食べずじまいだったじゃん」


 あの時さりげなくポケットに仕舞い込んだことを指摘すると、西園寺はそれはそれ、と言葉を返してきた。


『しずかちゃんの手作りだったら、炭だろうと喜んで食べるつもりだよ』

「何それ! あたしをバカにしてんの!?」


 ナチュラルに失礼な反応にあたしは立腹した。

 受話器を床に叩きつけたい衝動をこえらてベッドにぼすんと座り込む。


「お菓子は作ったことないけど、普通の料理だったらあたしにだってできるんだよ。冷ややっことか、エビチリとか」

『待って。冷ややっことエビチリの格差が激しい点が気にかかる』

「うるさいな、こまかいことはいいんだよ! で、あんたの誕生日はいつなの!?」

『4月18日だよ』


 なんだ、とっくに過ぎてんじゃん。

 それなら来年ね、とこの件は流そうとしたんだけど、西園寺は尚もしつこく食らいついてきた。

 もうっ。そんなこと言われたって金がないし、今はヒガシの分だけで手いっぱいだよ。

 なのであたしはぴしゃりと言った。


「だってあたしの誕生日にはなんにもくれなかったじゃん。あの頃ケンカしてたから仕方ないとはいえ……」

『今からっ! 今から用意するよ。指のサイズはいくつ?』

「そんな重苦しいプレゼントはいらない。ってか今更いいよ。それよりも今広まっている噂をなんとかして」


 このままだと昼休みの密会が継続困難になるよ、と告げると、西園寺が深々と嘆息した。


『ちゃんと言ったんだよ、奈津美ちゃんは部活の後輩で、それ以外の何者でもないってね。だけど、彼女たちは僕の話を聞き流してさまざまな感情をぶつけてくるんだ。女の子って怖い』

「ああ、あたしもその感覚知ってる」


 西園寺が転校してきた当初を思い返して同意した。

 自分の意に反して外堀を埋められていく恐怖。あの頃西園寺とお似合いだと言われるのが苦痛でたまらなかった。

 ま、今はその西園寺とつき合っちゃったりしてるんだけどね。人生どうなるかわからないもんだ……。


「わかったよ。もうしょうがないからとりあえず噂が沈静化するまでは会わないでおこうよ」

『えっ!?』

「あたしも当分お菓子作りで忙しいしさ。そちらに専念したいしちょうどよかったかも。電話もかけてこないでね」

『ちょっ、待って、待って――ッ』


 何やら騒ぎ立ててきたけど、面倒くさくなったのでそのまま別れを告げて電話を切った。念のため、しばらくのあいだ受話器を上げておくことも忘れない。

 さてと、思わぬ所で時間を食ってしまったけど、今からクッキー作りを始めるか。早くしないと寝る時間がどんどん遅くなってしまうから急がないとね。

 なんて考えながら腰を上げて部屋の外へ出たら――そこには腕を組んだパパが仁王立ちで待ちかまえていた。

 ひいっ、ビックリした!


「な、なに!?」

「……今の相手とはどういった関係だ」

「ク、クラスメイトだよ。明日のことで連絡がきたの!」

「そうか……」


 パパはホッと息をつくと、しかめっ面を和らげて踵を返した。

 あたしは立ち去るパパの後ろ姿に思わず声をかける。


「ねえ、もし、もしもだよ。今のが彼氏だと言ったら……どうする?」


 するとパパは顔だけ振り返って、


「殺す」


 と実にわかりやすく答えてくれた。

 あ、ダメだ。つき合ってるだなんてパパには絶対に言えない……。


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