返金を求めたい
休日が開けて週初めの月曜日。
あたしは学校にてたいへん不愉快な目に遭っていた。
休み時間の度にお節介な女子が入れ代わりあたしのもとにやってきて、説得を試みてくるのだ。今もそう。
「鈴木さん、このまま黙って指をくわえて見ていても良いの!? うかうかしていたら本当にとられちゃうかもよ!?」
「いいも何も、西園寺とはなんでもないからこちらに話を振られても困る」
これで何人目だろう。
今、あたしの周辺では西園寺に彼女ができたという噂でもちきりだ。
この場合、“彼女”というのはもちろんあたしのことではない。
なっちゃんである。
というのも一昨日のドロボー退治の一件。あれを小耳にはさんだ校長が、今朝の全校集会でチラリと話題にあげたせいで、そこから爆発的に噂が生徒たちの間に広まってしまったのだ。……しっかりと尾ひれはひれがついて。
どうも強盗におそわれているなっちゃんを、チャリで来た西園寺が指先1つで颯爽と救って、ふたりは一気に恋仲になったらしいよ。おどろいた。
ちなみにあたしはその場に存在していないことになっていた。
そして間が悪いことになっちゃんは今日も学校に来てないみたいで(だから常温のイクラなんか食べなきゃよかったのに!)、皆の妄想をかきたてるのに歯止めがかからない状態になっちゃっている。
格好のカムフラージュができて、この際あたしとしては好都合のはずなんだけど……何故かあたしがフラレ女になっていて、周囲のやつらが同情と好奇心の眼差しを寄せてくるもんで、ものすごくおもしろくないっっ!
この様子だと当分は落ち着かない日々になりそうだ。
あたしはげんなりしながら焚きつけてくる女子をかわして、次の授業に使う教科書を机からとりだした。
◆ ◆ ◆
「鈴木さん、ちょっと聞きたいのだけどいいかしら?」
ふたたび休み時間がきたのでトイレに逃げ込もうと廊下に出たら、太田さんがすばやい身のこなしで立ちふさがってきた。
なんだよ、太田さんまで質問攻めにしてくるつもり!?
「教えてあげないよ、ジャン」
「ジャンて誰よ。三角形の秘密なんて知りたくないわよ。私が聞きたいのは東君のこと」
「えっ、そっち!?」
意表をつかれたあたしがまぬけな返事をすると、太田さんはメモ帳とペンを手にしながら口を開く。
「もうすぐ東君の誕生日じゃない。東君が今欲しいものを知りたいの」
「あ!」
しまった。なっちゃんの件に気をとられていてすっかり頭から抜け落ちていたけど、そういえばあいつは6月生まれだったな。……来週じゃん。
ヤバイ、どうしよう。
「お金がない!!!」
「鈴木さんからたかるつもりはないから安心して。ねえ、何をあげたら喜ぶのかを教えてほしいの」
「そんなのあたしには見当もつかないよ。本人に直接たずねてみたら?」
太田さんはこれみよがしに舌打ちをした。
「私が東君から避けられているのは知ってるでしょ。ねえ、何か思い浮かばないの? 欲しい物がわからなかったら好みのタイプとかでもいいのよ。少しでも好感度を上げたいの」
「好みの……タイプ……」
ヒガシが好きなのは、なんとあたしだ。あたしを一言で表すと――
「DQN?」
「ちょっと! まともに答えてよ!!」
これ以上になく真面目に答えたというのに、太田さんはあたしがふざけてると感じとったようだ。
目を三角につり上げて睨みつけられてしまった。ああ怖い怖い。
「他には? さあ早く!」
「他はねぇ……」
矢継ぎ早にせっつかれて、あたしはぽりぽりと頬を掻きながら一生懸命あたまを働かせる。
あたしといえば、畳の目を数えるのがなんとなく好きだ。
しかしこれは中学に入って自分の殻に閉じこもるようになってから始めた趣味だ。ヒガシは知らないだろう。
ならばもっと昔、ガキ大将時代にハマッていたことといったら――……そうだ、あの頃はとにかく高いところによじ登るのが好きだったな。
そんでよく木のてっぺんなんかから飛び降りて、ヒガシから拍手してもらってたっけ。
よし、閃いたぞ。
「高いところから華麗に飛び降りるといいよ!」
すると太田さんは手にしていたメモ帳であたしを殴ってきた。
痛てえよ。
「なにすんだ!!!」
「それはこっちのセリフよ。私は自殺なんてしませんからね」
「へ?」
「鈴木さんに協力を仰ごうとした私が愚かだったわ。もういい、自分で考える」
そう言って太田さんは鼻息も荒く立ち去ろうとした。だが数歩歩いたところで、何かを思い出したかのように突然足を止めてふり返った。
「……そうだ、西園寺君との仲はどうなっているの!?」
「ほえっ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
おい、時間差攻撃はずるいぞ!
「べ、べつにどうもなってナイヨ」
「声が裏返ってるわよ。今更隠さなくてもよいじゃない。西園寺君にまとわりつく邪魔な魔女を排除するつもりなら、いいものを貸してあげるわよ」
したり顔で再びあたしに近寄ってくると、太田さんは人差指をちょいちょいと動かしながら、「蛭を飼っているの」と告げてきた。
ヒルぅ!? なんでまたそんなもん飼ってんだ!?
「太田さんて虫とか苦手じゃなかったの??」
「大嫌いよ。だけど背に腹はかえられなかったの。元はと言えば鈴木さん、貴女にけしかけるつもりで飼い始めたのよ」
今、サラリととんでもないことを言ってのけたな。
「ちょっと今の聞き捨てならないんだけど」
「未遂だからよいでしょ。で、どうするの。投入前に西園寺君とくっついちゃったから持て余したところだったのよね。使うなら持ってくるわよ」
「いい、必要ないっっ!」
すかさず断った。
そんな物騒なもんいるかっての!
すると太田さんは「そう?」と残念がったけど、あたしが重ねて断りをいれると、それ以上無理強いをしてくることもなく引き下がった。
ほんとにもう、油断も隙もない女だよ。
今度こそ本当に去っていく太田さんの後ろ姿を見送りながら、あたしはヒガシのことをぼんやりと考える。
あたしを好きだと言ったヒガシ。
トチ狂ったヒガシを振ってから3週間ほどが経つけど、あれから何事もなかったかのような日々が続いている。
あまりにもリアクションがないから、あの晩の出来事は夢だったんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。
けれども。
「夢じゃないんだよなぁ……」
未だにあの晩のことを思い出すと、もやもやとした言葉にならない感情がこみあげてくる。あまりに気まずいので、なるべく顔を合わさないようにふるまっているぐらいだ。
悩ましい……。
でもまあ、差し当たって一番の悩みの種はお金。
「プレゼント、どうしよう」
あたしの誕生日のときにはいろいろと貰っちゃったから、やっぱり礼儀としてお返しは必須だろう。
だけど、今、ほんとうに財布の中がからっぽなんだよ。
うまい棒しか買えない……。
こんなことなら、なっちゃん宅で小銭をばら撒かなきゃよかった!