他をあたってくれ
それからケーサツが到着して事情聴取などがはじまり、あたしがゴタゴタから解放されたのはお昼を回った頃だった。
犯人は結局、なっちゃん宅のはす向かいに住むごくちゃんではなかったけれど、このオッサンもまたごくちゃんと呼ばれる部類の人間であった。
しかも前科と余罪があったようで、オッサンを骨折させて病院送りにしたなっちゃんは、お咎めなしどころかなんと後日表彰されることになったらしい。
らしいってのは、大事に巻き込まれたくなかったあたしは、なっちゃん達と裏合わせをして極力関わってないフリをしたので、結果は後から知らされたのだ。
だから3人の内あたしだけ一早く事情聴取から解放されてなっちゃんの家に戻ったんだけど、その代わり、2人の帰りを待っている間に近所の人から代わる代わる質問攻撃をされて、それはそれで大変だった。
ひきりっなしにドアがドンドン叩かれるんだよ。
田舎って、こういうところが面倒くさい。
まあ詮索をうけるついでにお隣さんから玉子サンドをの差し入れをもらえて、遅い昼飯にもありつけたんだけどね。
ただ腐った卵を見てしまった後だったから、内心かなり複雑だった。
オッサンと揉み合った際にそれが服に付いちゃったし……ほんと散々だよ。
指摘されるまで気付かなかったけど、あたしのТシャツ、かなり悲惨なことになっていた。
えんがちょされなかったのがせめてもの救いだ。
そうしてゲットした玉子サンドをなっちゃんの弟たちと分け合って食べた直後に、警察署に連れて行かれていたなっちゃんと西園寺が戻ってきた。
なんでこのタイミングで帰って来ちゃうかね。
なっちゃんはあたしたちが腹を満たしたことを知ると、モーレツに腹を立てて抗議してきた。
「どうして残しておいてくれなかったんですかっ!!!」
「ケーキ丸々食ったやつが文句を言うな!!!」
さっきバットで殴られそーになった件は忘れてないからな!
尚もなっちゃんは恨みがましくブツブツ言っていたけれど、西園寺が代わりになる物を買ってくると名乗りあげたらころっと機嫌を直した。ホント現金なやつだな。
「わたし、お肉が食べたいです! あとできれば弟たちも邪魔なんで連れていってくれませんか? 騒がしかったら殴っていいので!」
「え……まあいいけど」
「わーい!」(×4)
西園寺は意味ありげにこちらに見た後に、なっちゃんの弟たちを引き連れて買い物へ出かけていった。
もしかしたらあたしも一緒についていってほしかったのかな?
こういった機会ってあまりないもんね。
だけどなっちゃんがあたしのТシャツの裾をちょこんと掴んで離してくれなかったのだ。きっと何か言いたいことがあるのだろうと思ってそのまま見送った。
案の定、ふたりになった途端になっちゃんはこちらを向いて口を開いた。
「鈴木センパイ。わたし、西園寺センパイのことを諦めようと思います」
「えっ」
いきなりそうくるかとあたしが驚きの声をあげると、なっちゃんは「ふふっ」と軽く笑った。
「わたし、こう見えてもけっこうモテるんですよ」
そう言って自身の懐から小ぶりのタッパーを取り出した。
(へっ、なんでそんな場所からタッパーが出てくるんだ!?)
思わず目が釘付けになっていると、なっちゃんは「あげませんからね」と前置きしてから、タッパーの蓋をパカッと開けた。
中に入っていたのは――
「イクラだ……」
まぎれもない、魚介類のイクラである。
なっちゃんはこれみよがしにイクラをつまんで食べ始めた。それも、はらはらと涙までこぼしながら――……
え……どうしよう……どこからツッこんだらいいんだろう……
「なっちゃん……今日は炎天下だよ……」
あたしが思わずつぶやくと、なっちゃんはチラリとこちらを一瞥したけど、手を休めることはしなかった。
「少しぐらい常温だって構いませんよ。これはさっき帰宅途中でわたしの心棒者から貰ったんです。バラの花束を持って訪ねて来た時はおととい来やがれと追い返しましたけどね、やはり食べ物だと心を動かされますね……おいC……」
「そうなんだ。それって野球部の主将?」
「ええそうです。その人ね、一度バットで尻を殴ったら『もっと叩いてくれ!』って言い寄ってくるようになったんですよ」
「えっ、なにそれ怖い」
「怖いでしょう。わたしも気持ち悪くて避けていたんですけどね、だけど寿司屋の息子という新事実を知って気が変わりました」
ゆっくり味わいながら食べていたなっちゃんは、そこで残りのイクラを一気にかき込んだ。
そして最後にタッパーに残っていた汁を舐めとって――顔を上げた時にはもう涙はなかった。
「決めました。わたし、遠くの叶わぬ恋よりも近くのイクラをとります!」
手短かで済ませ過ぎじゃないか。
「えええっ、もしかしてそんな人と付き合うつもり!?」
「だって次はカニをご馳走してくれるって言うんですよ。このビッグウェーブに乗らない手はありません」
「正気なの!? 付き合うならちゃんと好きな人にしたほうがいいよ!」
「イクラもカニも大好きですよ。好きな人は西園寺センパイですよ。それでもいいんですか?」
「う……」
あたしは返答に詰まった。
うつむいたあたしになっちゃんは更に言葉を投げかける。
「今のはちょっとして冗談ですよ。すでにオトナの関係であるおふたりに割り込む気はさすがにありません」
「は? オトナの関係って??」
「言わせないで下さい。借りていたパンツをお返ししますね」
言ってなっちゃんは物干し竿にかかっていたパンツをとってきて、あたしに渡してくれた。
「返さなくてもよかったのに……」
「彼氏からのプレゼントを粗末にするもんじゃありませんよ。あとこれを……」
と、ポケットに手を入れて小さく折り畳んである紙を取り出して、ついでとばかりに差し出してきた。
「これ何?」
「昨夜弟たちが鈴木センパイに向けて書きためたメッセージです。たとえ叶わなくても気持ちを伝えるぐらいはいいでしょう、読んでやってください」
あ……、そういえばすっかり忘れていたけど、“鈴木になりたい”だのなんだの言われていたんだっけ。
えっ、じゃあこれは恋文!?
あたしは慌てて首を振った。
「受け取れないよ」
「読むだけでいいですから。あの子たちだって真剣なんです!」
「……わかった」
断るにしても目を通すべきだろうと思い直して、あたしは紙を広げた。
そして目が点になった。
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シズカさんへ
貴女の美貌と資産に夢中です。
結婚を前提におつき合いを申し込ませてください。
無理でしたら養子縁組でもかまいません by一朗
シズカへ
まどろっこしいのは苦手だから単刀直入に言う。
好きだ! 養ってくれ! by次郎
しずねえへ
ぼくはだいすきなしずねえの家で飼われたいです。だめですか?
だめだったら泣・い・ちゃ・う サブローより
おかね ちょうだい シロ
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な、なんだこれ。
全部ぶら下がり目的の求愛なうえに、最後に至ってはたんなる物乞いメッセージじゃねーか!
あたしはもう呆れ果てて、一読した後に遠慮なくなっちゃんに突き返した。
ふんだ。やっぱり読まなきゃよかった!!!