こうかは ばつぐんだ!
こうして“安藤”と書かれたスクール水着が庭に干されることとなった。
「ちょっと、本当にこんなので犯人が釣れるんですか!?」
「少なくともあのビミョーなパンツよりかは効果あると思うよ。JCブランドの力を信じようよ!」
半信半疑のなっちゃんをなだめて、あたしたちは再び狩りの態勢にはいった。呆れる西園寺はむかついたので完全無視した。
もちろんこれで絶対に仕留めれる保障はないので、今日で全てを終わらせるために更なる手を打つ。
痩せていた時に着ていたあたしの夏の制服を、なっちゃんに譲り渡すことにしたのだ。
再び痩せるつもりでいたから正直一晩迷いに迷ったんだけど、もういいや。ご飯もお菓子も美味しいし、この際ダイエットは諦める……。
「なっちゃん、これで月曜日から学校に行けるでしょう」
あたしがトートバックから制服を取り出して差し出すと、なっちゃんは慌てて手を振って遠慮しだした。
「え? え? なんで……そこまでしてもらう義理はありませんっ!」
先ほどケーキを丸々かっぱらっていった盗人とは思えない慎ましやかさである。
なんかやっぱりこの子は世間一般からズレてる気がする。
「今さらそんな気兼ねしなくてもいいよ。ちょうどチャックが上がらなくなって新調したところだったんだ。なっちゃんは以前のあたしの体型に似てるから、きっとピッタリ合うはずだよ」
「でも、悪いですよ」
「ああもうっ! 余計なことは考えずに貰っとけばいいんだよ。とにかく、なっちゃんが学校に来てくれないと西園寺にまでとばっちりが及んで、あたしも困るんだから。わかった!?」
「…………はい、そういうことならありがたく頂戴します」
言ってなっちゃんは悲しげに微笑んだ。
「これを渡す代わりに西園寺センパイに近づくな、身を引けってことでしょう?」
「えっ!?」
今度はあたしがうろたえる番だった。
なっちゃんは突然何を言い出すんだ!!!
「な、なに言ってんだかサッパリわかんないんだけど!」
「とぼけないで下さい。なんとなく予感はしてましたが昨日の件で確信しました。おふたりは付き合っているんでしょう!?」
「あ……ちがう……」
「本当のことを言ってください!!!」
「そうだよ」
それまで黙っていた西園寺がスッと会話に割り込んできた。
「ちょっとあんたまで何言い出すんだよ!」
「観念しようよ。ここで取り繕っても後々苦しくなるだけだよ」
「う……」
たしかにそうかもしれない。
あたしは恥ずかしくてたまらなかったけど、観念してうなずいた。
途端、なっちゃんの目から涙が溢れた。
わわわ、どうしよう。
「あ、あの、ごめん!」
「謝らないでください、余計ミジメになるだけですから。いつからなんですか?」
「つい最近だよ。ようやく受け入れてもらえたんだ」
西園寺が答えたので、あたしもそれに続いた。
「ごめ……じゃなかった、あたしも西園寺のことが好きになっちゃったんだよ」
言った。言ってしまった。
するとなっちゃんは声をあげて泣き出しはじめ――そこまではまあ想定の範囲内だったんだけど、なんと会話に聞き耳を立てていた弟たちまでもがワッと大泣きし出した。
え、なんでおまえらまで泣くの!?
とか思ったら、弟の1人――イチローがしゃくりあげながらあたしに迫ってきた。
「シズカさぁん、既に男がいたなんて酷いですよぉぉぉ、僕たちこの戦いが終わったらシズカさんに気持ちを伝えようって、兄弟4人で決めてたのにぃぃぃ!!!」
「待って待って、展開早すぎてついていけないんだけど! あとそれ死亡フラグ入ってるから!」
あたしのツッコミを無視して、弟たちは一方的にまくしたてる。
「あーぐやじいぃ。やっぱり顔ですか!? それとも金ですか!? せっかく“鈴木一郎”として生きる人生設計まで立ててて、印鑑まで用意したんですよおおぉ!!」
「シズカぁ、今からでも遅くないから通帳持って来いよ。そんな男は捨ててオレと愛の逃避行しようぜぇ。オレだって“鈴木次郎”を名乗りてーよ!!」
「わーん、ぼくもこんな家イヤだあ~。“鈴木サブロー”になってホカホカごはんに美味しいおやつが食べたいよう~!!」
「シロも! シロも“鈴木シロウ”になっておねえちゃんのおっぱいすう!」
最後のはなんなのだろうか。
ボーゼンと立ち尽くすあたしの代わりに西園寺が「しずかちゃんは僕のだからとるな!」と応戦し始めて、ワンワン泣くなっちゃんの隣で罵り合う弟たちと西園寺というカオスな空間になった。
ちょっと待ってよ、たかだか制服渡すだけの話がどうしてこんなに大事になるんだ!?
ていうかマジうるせえ。いい加減にしないとガチでご近所が怒鳴りこんでくるぞ。
「ねぇ、みんな静かにし――」
あたしが注意しようとしたその時であった。今までの喧騒がウソのようになっちゃん一家がピタッと無言になったかと思うと、そろりそろりと窓際に集まっていく。
「な、なんなの?」
「しっ、スクール水着に仕掛けておいた小銭トラップが作動しました。いきますよ」
言ってなっちゃんがカーテンを勢いよく開けた。
すると庭の物干し竿の前には、冴えない感じのオッサンが立っていた。
その手にあるのは……スクール水着。
ああ、いたっ! あの中年のオッサンが犯人だったのかっっ!