いきなりヒャッハーかよ
(くそくそくそ。オカルト展開なんて聞いてねーぞ!)
尻尾を巻いてなっちゃん宅から逃げ帰った次の日。今日は待ちわびていた休日なんだけれど、いつものあたしからは考えられないほど早起きして、午前中から行動を起こすことにした。
あの家は夜になったら洒落にならんと身に染みたからだ。
それで日暮れ前には家に帰って来ようと眠い目をこすりながらシャワーを浴びて(昨夜は怖くて風呂に入れんかった)Тシャツとクロップドパンツに着替え、仕上げに帽子をかぶって身支度を整えたところでママからの詮索が始まった。
ああもう、いちいちうっとおしいなあ。
「しーちゃん、今日はどこへ行くつもりなの?」
「どこだっていいでしょ。塩ちょうだい」
「し、塩……? お金じゃなくて??」
「うん、塩。お金も欲しいけれど、とにかく今は塩の気分なんだ」
うろたえるママから塩が入った袋をもらってトートバッグに詰め込み家の外に出ると、刺すような日差しが降り注いできた。
まだ6月中旬だというのに、どうやら今日は完全に夏日のようだ。
「暑っ……」
汗をかきたくないのでなるべく日陰を選びながら待ち合わせ場所である西園寺の家に向かうと、西園寺はすでに門前で待機しておった。たぶん差し入れにするのだろう、洋菓子店の紙袋を持っている。
「家の中で待っていればよかったのに!」
あたしが手を振りながら声をかけると、西園寺ははにかんだ笑みを浮かべて近寄ってきた。
「やぁ、しずかちゃん! 今さっき表に出てきたところだよ」
「今日はお兄さん家にいるの?」
「まあね。さあ行こうか」
「うん」
相づちを打ちながら内心はぐらかされたな、と思った。
というのも西園寺は自分の家族のことをあまり語りたがらない。むしろ隠したがる傾向がある。
そのことを少し寂しく感じてしまうこともあるけれど、同時に仕方ないかなとも思う。
誰にだって触れられたくない過去や、譲れないラインがあるからだ。もちろんあたしにだってある。今だってそうだ。
「ちょっと何この手」
馴れ馴れしく肩に置かれた手を振りはらうと、西園寺はあからかさまに落胆の色を見せた。
「昨日は僕の腕にしがみついてきて、とてもいじらしかったのに!」
「あ、あれは不測の事態だったんだからしゃーねーだろっっ。とにかく、誰かに目撃されても誤魔化しが効くように少し離れて歩いてよ」
しぶる西園寺の背中をせっついて先に歩かせると、あたしも帽子を目深にかぶりなおしてから後に続いた。
今日の西園寺の装いを見ると、プレッピーな匂いのするチェックのシャツに細身のデニムという組み合わせで、スラリとした外見によく似合っていた。ただ、左手の人差指に巻かれた包帯が気にかかる。
「またあのハムスターに噛まれたの?」
あたしが訊ねると、西園寺はかるく舌打ちした。
「あいつは僕の指が大好物なんだよ」
いずれ1本持っていかれるだろう、などとワガママハム太郎の愚痴を聞かされながら山道を通ってやがてなっちゃん宅に着くと、どんよりとしたオーラを放つなっちゃんが出迎えてくれた。
うっ、何だこのお通夜状態は。なんかとり憑かれたか!?
「なっちゃん、こんないい天気の日に辛気くさい顔をしてどうしたの!?」
あたしがトートバッグの中から塩の袋を取り出しながら声をかけると、なっちゃんは聞いてくださいと言わんばかりに口を開いた。
「それが盗まれなかったんです!!!」
「よかったじゃん」
「よくないですよ、これじゃ復讐できないじゃないですか! ……って、ところで何ですかそれ」
なっちゃんが塩の袋に注目してきたのであたしは、ああ、とうなずいた。
「タオルブンブン回すのもいいけどさ、やっぱりお化けにはシンプルに塩が効くとあたしは思うんだよね。それで撒く塩も惜しいって話だったから、あたしの家から持ってきたんだよ」
この家は、ドロボー退治よりもまずはお化け退治のほうを優先するべきだろう。
あたしはなっちゃんから小皿を借りて、玄関の隅にさらさらと塩を盛った。
(よし、これでいい)
効果の程は定かではないが、こんなものでも気休め程度にはなるはずだ。
そして迷ったけど念のため、なっちゃんに忠告しておくことにした。
「言っとくけど、これは食用にしないでね」
すると、なっちゃんがすごく嫌そうに顔をしかめた。
「鈴木センパイは、わたしがこんなものまで食べるとでも思ってるんですか?」
「う、うん」
「よく分かりましたね」
やっぱり!?
念押ししといてよかった。なんて思ってると、なっちゃんは西園寺の方にくるりと向きを変えて目を潤ませた。あたしの時とは違う、乙女の顔だ。
「西園寺センパイ……わたしのためにわざわざ休日にまで出向いてくださってすみません……会えて嬉しいですっ!」
おいおい、声のトーンまで違うぞ。
あたしはすかさずなっちゃんの頭をはたいた。
「うぬぼれるんじゃないよ。迷惑かけてる自覚があるなら早く学校に来なよ!」
「うるさいですね、鈴木センパイはちょっと黙っててください。だいたい自分だって散々な目に遭わせておいて、よくもまぁそんなこと言えますよね」
「なんだってぇ!?」
「ふたりとも落ち着いて!」
西園寺が慌ててあたしたちの間に割ってはいって、手にしていた紙袋を見せてきた。
「今日はケーキを持ってきたんだ。人数分あるからみんなで食べ――」
西園寺が言い終わらないうちに“わあっ”と歓声があがって、なっちゃんの弟たちが和室からわらわらと出てきた。おかげで毒気が失せた。
ホントこの家は金銭や食べ物がからむと毎回異様な熱気に包まれるよなぁ。人間の浅ましさを見せつけられる瞬間だ。
弟たちは目をキラキラと輝かせながら、“はやくはやく”とせかして西園寺から紙袋を引っ張って奪おうとする。
そんな先走る弟たちを、なっちゃんが長女らしく叱った。
「ちょっとあなたたち、みっともない真似はおよしなさい。言うこと聞かないとただちに息の根を止めますよ!」
一喝して弟たちを大人しくさせたなっちゃんは、今度は西園寺に対して悲しそうに言った。
「西園寺センパイ、この子たちに贅沢を教えないでください。お気持ちは嬉しいですが、うちはケーキといったらホットケーキ、それもクリスマスぐらいしか口にできないんですよ」
「え……」
「それ、値段が高い店のケーキですよね。一度その味を覚えてしまったら、きっとこの先辛くなってしまいます」
「あ……、考えが及ばなかったよ、ごめん」
「だからわたしが責任をもって全て処分してきます」
「へ?」
キョトンとする西園寺から目にもとまらぬ早業で紙袋を奪ったなっちゃんは、そのままダッシュで外に飛び出していった。
いきなりのことで、あたしたちは唖然。
高笑いとともに「食べ終わったら戻って来ます」という声が風に乗って届いきて、そこで騙されたことを知った。




