いのちだいじに
蠱毒は完成した。小銭をせしめた勝者は、なっちゃんだった――……
「おふたりともお疲れさまでした。トラップも完成したことですし今日はもうお帰り下さい。あとは自分たちでなんとかします」
室内に西日がさしこむ夕暮れ時。
力尽きて倒れこんだ弟たちをようしゃなく踏みつけながら、なっちゃんが告げてくる。
どん引きしながら戦いを見守っていたあたしと西園寺は、互いに顔を見合わせた。
「どうする?」
「しずかちゃんはとにかく帰るべきだ」
「わかったもう少し残ることにする。こんなこともあろうかと、遅くなるって予め告げてきてあるんだ」
「しずかちゃん!!」
だってさあ、やっぱりこのまま放っておけないよ。
さすがに泊まり込みは無理だけど、せめて門限ギリギリまではつき添っていてあげたい。
それで諫めてくる西園寺を無視してあたしが更なる協力態勢を申し出ると、なっちゃんは目に涙を浮かべながら感謝してくれた。
「ありがとうございます、ありがとうございます。このご恩は忘れません……!」
「なっちゃん……いいんだよ」
この時、あたしとなっちゃんの間にすごい一体感が生まれたような気がした。
しかし、カーテンの隙間から庭の監視をし始めて15分後――……
「ちょっと! ぜんぜん来ないじゃないですか!!!」
痺れを切らしたなっちゃんが早くも発狂し、地団駄を踏みだしたのである。
せっかちにも程がある。
あたしが効果には個人差があることや、狩りは待つことが基本だととくとくと諭しても、待ちくたびれたと憤るなっちゃんは一向に鎮まる気配がない。
あげく先ほどの感謝はどこへやら、あたしが渡したパンツに地味だなんだとねちねち文句をつけてきやがったので、さすがのあたしもぷつんと切れた。
「いい加減にしろ! あれは西園寺が選んだパンツなんだから文句があるなら西園寺に言っとくれ!」
「えっ、どうしてそこで西園寺センパイの名前がでてくるんですか!?」
なっちゃんが目を丸くして訊ねてきたので、あたしはピシャリと言った。
「そのパンツはね、あたしが西園寺の家に押しかけたときに、あんたの慕う西園寺がわざわざ買ってきてくれたものだったりするんだよ!」
(いらんから持ってきた)
「西園寺センパイが……下着を……鈴木センパイに差しあげた!?」
なっちゃんがすかさず西園寺のほうを見やる。
その目がみるみる険しさを帯びていくさまを感じとった西園寺が、慌てて弁解しだした。
「それには事情があってだね」
「西園寺センパイは……そういった趣向の持ち主だったんですか……!?」
「ちがう! ちょっとしずかちゃん、誤解を招いたまま丸投げしていかないでくれ!」
「やだよ。人の好意をむげにするなっちゃんとは、しばらく口をききたくない」
なっちゃんマジでムカつく!
そんで西園寺も西園寺でさ、やましいことなんてないんだから堂々としてりゃあいいのに、変にうろたえたりするから余計変な目でみられたりするんだよ。あたしはしーらないっと。
誤解が解けたら教えてね、とだけ告げてあたしは畳の目を数えることにした。イライラしたり精神統一したい時はこれにかぎる。
そうしてしばらく部屋の隅っこで夢中になって数を数えていると、ふいに肩をポンとたたかれた。
肩をたたいた相手は、疲れ切った顔をした西園寺であった。
「しずかちゃん、終わったよ」
「人生が?」
「ちがう。たしかにそれも危うくなりかけたけど、説明したら理解してもらえたよ。それから回覧板をまわしてくるって出ていった。すぐに戻るって」
「ふぅん」
相づちを打ちながら、内心誤解されたままでもよかったのにな、なんて思ってしまった。
そんなあたしの思惑が顔にも表れてしまったようだ。西園寺が怪訝そうに訊ねてきた。
「浮かない顔をしてどうしたの? 数がわからなくなった?」
……この際だから言ってしまおうか。
「だってなっちゃんは、あんたのことが好きなんだよ」
「えっ?」
戸惑う西園寺に対して、あたしは更に口を開いた。
「だからうっかり避けられるようになれば、これ幸いだったんだよ……」
言ってから、あたしってば性格悪いなあと反省した。
居心地が悪くなってまごついてると、西園寺がズバリ確信を突いてくる。
「もしかして……妬いてるの?」
「……っ!」
図星を指されてあたしはとっさに否定した。
「そ、そんなんじゃないよ!」
「ふーん、しずかちゃんも妬いてくれるぐらい僕のこと好きなんだ。うれしいなあ」
「ば、ばかじゃないの! あんたなんてちょっとしか好きじゃないんだから自惚れないでよねっ!」
「うんうん。わかったから。彼女とはとくに何もないから安心していいよ」
「ううう……」
やだもう、何そのにやにやした笑みは。
なんだかやり込められたみたいで悔しいっ! くそくそくそっ。
「ところで、ようやくふたりきりになれたね」
悔しさで胸がいっぱいになったところで、西園寺の声音が変わった。
やたらと甘い声で手を引かれて、あたしの感情は一転して困惑へと切り替わった。
(えっと……)
まさかこんな所でイチャイチャしようってこと!?
無茶ぶりにもほどがあるだろ。すぐ近くには、泣き疲れてふて寝しているなっちゃんの弟が4体も転がってるんだぞ。
慌ててそのことを指摘して自制を促したものの、なんとにこやかに一蹴されてしまった。
「むしろ見せつけてやればいいとすら思う。ハグしてもいい?」
「ええっ!? な、なに言いだすの。子供がいる前でそんなの……っ」
「あれらはただの子供じゃない。子供の皮を被った餓鬼か何かだ」
「あたしもそう思うけど……でもダメだってば!」
「……そっか……、ならせめて手を握っていたい」
「う、うん。それなら……」
まあいいかな、とうつむきながら承諾した矢先に、遠くの方で足音が聞こえてきたかと思ったら――……戸口が勢いよく開いて、なっちゃんが姿を現した。
「見つけたあああああああああああああああああああ!!!!」
(ひ、ひいいいいっ)
突然響き渡った怒声にあたしたちが度肝を抜かれていると、目を据わらせたなっちゃんが真っ直ぐこちらへ向かって来る。
あたしは握られていた手を振りほどいて、すかさず西園寺の背中に隠れた。
これまでの経験から、嫉妬に狂った女は何をしでかすか分からないということを学んでいるからだ。
よし、ここは保身に走ろう。
「あ、あたしと西園寺はなんでもないからッ! なんなら別れるから落ち着いてッ!」
「ちょっとしずかちゃん、突然何てこと言い出すんだ!!」
「しっ、黙って。この場を血の海にしたいの!?」
なっちゃんは武闘派なんだよ!
――とあたしが言いかけたところで、なっちゃんは壁にかかっていた金属バットを手に取り、寝ている弟のひとりを蹴っ飛ばして「集合!」と呼びかける。
そうして束になってあたしたちに殴りかかってくるかと思いきや――チラと一瞥しただけで横を素通りし、再び玄関へと向かっていった。
(た、助かった……)
けど、何処へ行くの!?
この時、先に金縛り状態から解けたのは西園寺だった。
「待ってくれ、一体何をするつもりなんだ!」
西園寺は慌てて追いかけていって、玄関先でなっちゃんを羽交い絞めにした。




