正解はイチローだって
なっちゃんの苦労話を聞いているうちに、あたしは次第と気持ちが変化していった。
そしてあくる日。授業を終えたあたしは、紙袋を抱えて再びなっちゃん宅へと向かった。結局、こちらが折れることで落ち着き、ドロボー退治につきあってあげることになったのだ。
「あんたまでついて来なくてもよかったのに」
坂道を並んで歩く西園寺に向かってあたしは言う。
西園寺はあたしが翻意してなっちゃん側についたのがそうとう不満だったようで、しきりに文句を口にしてくるようになっていた。
「ミイラ取りがミイラになった」、「ふたりの会話を聞いてると頭痛がしてくる」などといちいちうっとおしいので、後はこちらで勝手にやるからもう放っておいてくれと告げたら、それもダメだと言い張る。
「ふたりをこのまま野放しにしたら無茶するのは目に見えているじゃないか。止めても無駄なら暴走しないように見張っておかないと」
「もうっ。だいじょうぶだってば。あたしはなっちゃんみたいに頑固じゃないから柔軟に対応するよ。ヤバそうだと感じたらとっとと逃げるし」
「その考えが甘いんだって」
「うるさいなあ。だいたいこんな馬鹿馬鹿しい罠に引っ掛かるとは限らないじゃん。ようは変質者を捕まえてみせますってポーズをとってみせて、なっちゃんをある程度満足させりゃあいいんだよ」
そうこうしているうちに、なっちゃん宅に到着した。
錆びついた扉をたたくと、今日は笑顔で室内に迎え入れてくれた。なっちゃんは笑うとえくぼができて、かなり可愛い部類に入ると思う。
「鈴木センパイ、待ってました! 約束のブツはどうなりましたか?」
「もちろん持ってきたよ、はい」
あたしが紙袋の中から用意してきたパンツを取り出してを差し出すと、なっちゃんは素早く検分して庭に干しにいった。
次いで西園寺も、自身のカバンをあさって何やら小型の機械を畳の上に並べはじめだした。
「何それ?」
「空き巣対策の防犯グッズ。カメラとか、気休めでもあったほうがいいでしょう」
「たしかにね。当分の間貸しといてあげなよ」
「そうするつもり」
そうして防犯グッズを取り付け始めた西園寺や、庭に穴を掘り始めたなっちゃん一家の姿を、あたしは壁によりかかりながら黙って見守った。面倒なので作業の輪に加わることはしない。
しばらくすると、なっちゃんの弟のひとりが飲み物を配りはじめ、こちらにも近寄ってきた。
「粗茶ですけど、よかったらどうぞ」
「ああ、ありがとう」
こいつはイチロー? ジロー?
どいつもこいつもハンコを押したかのように似通った顔ばかりなんだけど、この2名はとくに見わけがつかない。
まあこの場ではイチジロー(仮)と呼ばせていただこう。
差し出された湯呑を手にとって一口すする。うん、極限まで薄められてるこれはもう白湯だな!
それにしても今日は暑ばむぐらいの気温だというのに、なんであたしの分だけお湯なんだろう。あたしも皆と同じようにグラスに注いだ冷たい水にしてほしかったな、なんて思っていると、イチジロー(仮)が再び口を開いた。
「あの、シズカさん」
「なに?」
「お茶は好きですか」
「まあ好きだよ」
「では年下は」
「へ?」
「実はですね、シズカさんをひと目見た時から運命を感じたんです!」
「はいィ!?」
なっ……、なんだこいつ。
思わず手にしていた湯呑を取り落としそうになると、イチジロー(仮)からさっと手首をつかまれる。
「ふー……。危なかった」
イチジロー(仮)は大仰に息をつき、額を拭う仕草をしてから、熱っぽい眼差しをあたしに向けてきた。
「危うく熱湯がかかって美しいおみ足に傷がついてしまうところでした。あなたの窮地を救えたことをボクは誇りに思います。これも愛の力ですね」
「ちょっと何言ってんだか理解できないんだけど」
あどけない顔の少年姿からはおよそ想像もできない言葉を並びたてられて、あたしは対応に困った。
とりあえずこの馴れ馴れしい手を払い除きたいんだけど、振動で白湯がこぼれたりしたら嫌だしな。
「ねえ、手を離して」
「いやです。もう離したくありません!」
その時、チャリンチャリンと硬貨が床に転がる音がして、イチジロー(仮)は即座にそちらのほうへ向かっていった。
たすかった。
「しずかちゃん、大丈夫!?」
イチジロー(仮)と入れ違いになるようにあたしに駆け寄ってきた西園寺は、庭先に小銭をばらまいた張本人だった。
「さあ、やつらが群がっている間にさっさと帰ろう、ここは危険だ」
「あんたも何言い出してんだよ、大げさな」
「今あの小僧に言い寄られていたでしょう、しずかちゃんをこんな所に置いとけない」
「そんな。だってまだ子供だよ? ドラマか何かの真似してただけじゃないの」
「いいや。わざわざしずかちゃんの分だけ熱いお茶を用意したり、すべてが計算づくの行動に違いないよ。子供だと思って油断してはだめだ。あれを見て」
言われて振り返ると、彼らは小銭の分配をめぐって殴り合いにまで発展していた。
なっちゃんまで混じって一家総出で大バトル中だ。
「おそらく過酷な環境で生きることを強いられて、早熟せざるを得なかったんだろう。それは本当に気の毒に思う」
目の前で繰り広げられる痛ましい光景に目を伏せた西園寺は、憐れむようにそう呟いてから、一転して今度は憤懣やるかたないといった口調で言葉を続けた。
「けれどあの小僧、すれ違いざまに耳打ちしてきたんだ。『ボクこそが鈴木姓を名乗るにふさわしい』ってね。こともあろうに、あいつはしずかちゃんの家と土地を狙ってる。婿入りを企んでいるよ。昨日の一件といい、到底看過できない!」
「うへぁ」
さすがはなっちゃんの弟だ。似ているのは顔だけじゃなかった。まだ幼いのにすがすがしいほどまでに金に汚い。
「いやはや最近の小学生はとんでもないね。……でもあの子、思うにあんたにも結構似てるかも」
「は? どこが?」
心外だとばかりに眉をひそめる西園寺に対して、あたしはしみじみと言った。
「だってさっき腕をとられた時に既視感がわいたんだよ。あんたも再会した当初はあんな風に迫ってきたなあって」
「やめてくれ! 全然違うよ!」
いいや、否定しようがやっぱり似てると思うよ。
今回同じように鳥肌たったもん。




