どうやって住むんだよ
ほんと危ういところだったよ。
あと少しでも西園寺が戻ってくるのが遅かったら、あたしは屈辱にまみれていたはずだ。
そんで久々にマジギレして、一時は殴りかかろうとしたんだけど西園寺に止められて。
その後、詳細を知って驚愕した西園寺に正座をさせられ、こってりと油をしぼられているなっちゃん達を見ていたら、だんだん溜飲が下がってきた。
(もうそろそろ解放してやってもいいかな)
悔しそうに口を真一文字に結ぶなっちゃんを一通り堪能したあと、小言が一区切りしたタイミングを見計らって、あたしは西園寺に詰め寄った。
「ねえ、ところでそのニワトリはなんなの?」
言いながら改めてニワトリをじっくりと眺めた。
実のところ、先ほどから西園寺が大事そうに抱きかかえているニワトリが気になって、口を挟みたくて仕方なかったんだよね。
まさかと思うが、これが差し入れの品じゃないだろうな?
から揚げは好物だけど、さすがに生きたニワトリを調理して食べるのは抵抗があるぞ。
すると西園寺は、思い出したかのように、ああ、と軽く頷いた。
「途中で溝にハマって動けなくなっていたコイツを発見したから、慌てて引き返してきたんだ。どこぞの家から脱走してきたんだろうね。早いところ飼い主を見つけないと」
「えっ、食べるんじゃないんですか!?」
西園寺の言葉を遮って、にわかに慌てだすなっちゃん一家。
やっぱりこいつらは怖い。ニワトリを見つめる飢えた眼差しからして、椅子やテーブル以外なら何でも食べてしまいそうな感じ。
西園寺もなんとなく不穏な気配を察したようで、ニワトリを隠すように身じろぎながら受け答えた。
「もちろん、コイツは食べたりなんかしないよ。ちゃんと飼い主がいるだろうに、勝手に食べたりするなんてとんでもない」
「それじゃ差し入れは一体どこにあるんですか!?」
「うん。買えなかったよ、ごめん」
「嘘よ! 嘘だと言ってくださいィ!!!」
悲鳴をあげたなっちゃんと同時に、バックにいた餓鬼どもが一斉に大声で泣き始める。見事なハモり具合で餓鬼どもの息はぴったりだ。
「そんな暇なんてなかったんだよ……。とにかく、まずはコイツを飼い主のもとに届けないと」
「うっ…ぐすっ……それなら知ってます。たぶん田中さんのところで飼っているニワトリです」
「田中さん?」
「はい。ここから少し離れたところに養鶏所があるんです。たまに卵をもらったりしていて貴重なタンパク源になっています」
「そっか。それならよかった」
とか言いつつ、西園寺はどこか寂しげだった。
「あんたまさか情が移ったんじゃないでしょうね?」
思わず突っ込みを入れると、西園寺は素直に認めた。
「だって、いじらしいじゃないか。こうやって僕の腕にすっぽりとおさまって逃げやしない。懐かれると悪い気はしないもんだよ」
そりゃあんたががっちり固めてるから逃げられないだけだよ、と思ったが、水を差すのもなんなので黙っておいた。
結局、ニワトリはダンボールに入れられて、田中さんとやらのお宅まで届けられることになった。
使いっぱしり役をなっちゃんの弟たちが買って出てくれるというので、玄関先まで出ていって弟たちの後ろ姿を見送る。
あのぐらいの年頃は何やってても楽しいんだろうな。はしゃぎながら去っていった。
それから3人で元居た室内に戻ると、6畳一間の和室は密集度が減って広く感じた。
立っていてもしょうがないのでぺたんと畳の上に座り込んだところで、西園寺が再び口を動かし出した。
「さて、先ほどの制服の件だけどね。くれぐれも危険な真似は――」
「ああ。そのことならわたしは諦めませんよ。鈴木センパイに無礼をはたらいたことは改めて詫びます。けれど、どれだけ咎められようとも、決して犯人捜しを止めたりはしません」
「奈津美ちゃん! どうして聞き分けてくれないんだ!」
「だって悔しいんです。わたしはやられたら10倍返しにする女、安藤奈津美。約1週間分の給食を食べ逃した恨みは決して消えません!!」
なっちゃんは完全に意固地になっていた。
部室でカンパを募って新しい制服を調達するという西園寺の提案も蹴って、このまま狩りを続けるという。
危うく狩られかけたあたしは、はじめのうちは傍観者に徹するつもりだったんだけど、押し問答を続けるふたりに次第にしびれを切らしてきたので、ちょいとこの場をとりなすことにした。
「なっちゃん、いい加減にしな。そんな無謀なハンティングを続けたって得られるものはないよ」
「鈴木センパイまで。でも、それでもわたしは……」
「だいたい餌とやらはどうするの!? あたしのパンツを盗り損ねてないんでしょ」
「それなら、夜なべして作ることにします」
なっちゃんが言うには端切れを買ってきて自分で縫うつもりらしい。
そんなことするぐらいならワゴンセールに走れよ、とすかさず思ったが、なっちゃん宅の経済事情ではそれすら厳しいのかもしれない。
何か言おうとした西園寺の腕を引っ張って牽制し、あたしはなるべく神妙な顔を作ってなっちゃんを諭す。
「わかった。そこまでして運良く奪え返せたとするよ。なっちゃんは一度変質者の手に渡ったセーラー服に、また袖を通したりできるの?」
「洗えば平気です」
(マジかよ)
にわかには信じがたい返答に衝撃を受けつつも、それを押し隠してあたしは言葉を続けた。
「あ、あとさ、さっき西園寺も言ってたように、相手は凶器を持ってるかもしれないんだよ。絶対危ないって。下手に取り押さえようなんてしたら逆上して危害を加えてくるかもよ!?」
「それなら大丈夫です。わたしにはコレがありますから」
言って押入れから取り出したのは、錆びついた金属バット。
なっちゃんはバットを握りしめて何度かスイングしたあと、誇らしげな笑みを浮かべた。
「わたし、バットの扱いには自信があるんです。さじ加減ならまかせて下さい!」
(勝つ気満々なの!?)
うーん、この子にはどれだけ危険性を説いても無駄かもしれないな。西園寺が手を焼くわけだ。
しょうがないからあたしは頭ごなしに否定することをやめることにした。
表面上はなっちゃんの気持ちを尊重しながら、何故そこまでして犯人を捕まえたいのか尋ねてみる。
あたしが態度を軟化させてみせると、頑なだったなっちゃんも幾分かトーンを和らげて語ってくれた。
「だって犯人を捕えない限り、ずうっと怯えて暮らさなきゃならないじゃないですか。また何か盗まれるかもしれないって。そんなことをいちいち考えながら生活するのは嫌なんです。何よりわたしはこの家を任されてるから、わたしがみんなを守らなきゃ……」
おやおや。
恨みモード全開かと思っていたら意外とそうでもないらしい。しきりに身の安全のことを気にかけていた。
「そう言えば、なっちゃんのママやパパはどうしてるの!?」
ふと気になった疑問を口にする。途端になっちゃんは目を伏せた。
「両親は……いません」
「えっ…」
やべっ、地雷踏んだ!?
「母は、お産のために入院中なんです」
「まだ産れるのッッ!?」
「はい。今度は三つ子だそうです」
ひえええ。すごすぎる。
ちなみに、父親の方はマグロを捕りに遠洋漁業に出ているそうな。何やらいろいろと大変そうだ。




