おまえこそ何してんだ
セーラー服というマニアックな単語が飛び出してきたため、結局あたしが事情を聞くことになった。
一応あたしも女子だかんね。同性が対応したほうがなっちゃんも悩みを打ち明けやすいだろう。
手持ち無沙汰になった西園寺が差し入れの買い出しに出かけたのを見計らって、あたしは事情聴取を開始する。
案の定、それまで言葉をにごしがちだったなっちゃんが、悔し涙を浮かべながら堰を切ったように語ってくれた。
なっちゃんが言うにはこうだ。
衣替えの時期になったので、タンスから取り出した夏のセーラー服を洗って、庭に干していた。すると忽然と消えてしまったらしい。ほんの2時間ばかり目を離した隙の出来事だったそうだ。
そしてなっちゃん家の経済事情では新しく買い直すことができず、学校に行けないので、取り返してやろうと家に篭って犯人が再び訪れるのを待っているということだった。
「被害届けは出しました。でも警察からは、『巡回を強化することぐらいしかできない』とそっけなく対応されてしまって。それなら自分たちで捕まえてやろうと思って、内職をしながら待ちかまえているんです。でも、なかなか来てくれなくて……」
「当たり前じゃん。同じ家に連続で入るドロボーなんてそうそういないよ」
あたしがすかさず指摘すると、なっちゃんは頷いた。
「わかってます。だからおびきよせる餌をしかけしました」
言ってなっちゃんは窓際に歩み寄ると、薄汚れたカーテンをシャッと開けた。
そこは庭に続いていて、物干し竿につるしてある女性用のパンツが1枚、ヒラヒラと風に揺られているのがここから見てとれる。おへそまでありそうな、肌色っぽいベージュのパンツ。
(これが、餌……?)
あたしの疑問をよそになっちゃんがまくしたてる。
「相手はセーラー服を盗む変質者です。ならば干してあるパンツを見たら? きっとそれも欲しくなることでしょう、わたしはそう踏んでるんです」
あほか。
得意げななっちゃんに向かって、あたしはピシャリと言った。
「ばっかじゃないの。あんなくたびれたババパン、誰もほしがらないっての!」
すると、なっちゃんは再びうなずく。
「わかってます。それはここ数日間で痛感しました。でもあれが家にある1番まともなパンツなんです。だから鈴木センパイ、あなたの協力が必要不可欠です」
「へ?」
「今日、家の中に入れたのは他でもありません。鈴木センパイ、あなたのはいているパンツを、新たな餌として使わせていただきます」
「はああああッッ!?」
マテマテマテ。まってくれ。
それって、あたしにノーパンになれってことか!?
「絶対に嫌だ!!!」
「拒否権はありません。こちらも今後の学生生活がかかってるんですから、全力でいかせていただきます。さあ、みんなで押さえつけるのです!」
「はーい!」(×4)
なっちゃんが指をパチンと鳴らすと同時に、なっちゃんの弟たちがまたしても造花作りの手をとめて、あたしに飛びかかってきた。
こんな狭いところで囲まれたら、いくら反射神経に自信のあるあたしでも逃げられない。
「ひいっ、多勢に無勢は卑怯だぞ!」
「卑怯でけっこうです。わたしは目的のためなら手段は選びません」
なっちゃんの弟たちの手が伸びてきて、あたしの身体をがっちりとからめとる。
弟たちはガリガリに痩せていて、下手にやり返したら腕の1本や2本ぐらい簡単にへし折ってしまいそうなので、反撃にでるのはためらってしまう。これも卑怯だな。
「やだやだ、ほんとやめてよ。あたしにノーパンで家まで帰れっていうの!? 風に吹かれたりしたらどうすんだよ!?」
「わたしじゃないから大丈夫です。もしノーパン姿に抵抗があるのなら、あの干してあるパンツを特別に貸してあげます」
それもやだ。
なんとかして諦めてもらわないと……そうだ!
「あ、あのさ、実はあたしも今日はすんごいボロっちいパンツをはいてきてるんだよ。だから――」
「うそつき。それだけツヤツヤした肌や爪をしておいて説得力がありません。生活にお金かけてる香りがします」
「そ、そんなことないよ。小遣いだって少なくて苦労してんだっ!」
「ふふん。何を言おうと無駄ですよ? あのふわふわした鈴木センパイのお母さまが、みすぼらしい衣類を残しておくわけありません。ああいうタイプはむしろ娘を着飾らせたいはず!」
す、するどい。
たしかにあたしは、ママが買ってくれた下着をてきとーに選んで着ている。下着の柄は完全にママ好みなので、かなりの少女趣味だ。今日はいているレースをあしらった白いパンツも、きっとなっちゃんのお眼鏡にかなうことだろう。だけど、ノーパンになるのも、脱ぎたてパンツが白日の下に晒されるのも願い下げだった。
「いやぁああああああ、たすけてえええええ!!!!」
「うるさいですよ。脱ぎたて靴下を口に押し込まれたくなかったら黙らっしゃい」
「ぬっ…」
「ああ、もしかして西園寺センパイが駆けつけて助けてくれるのを期待してたりしますか? 無駄ですよ、ここから1番近いスーパーでもけっこう距離があるんです。すぐには帰って来れません」
計算通り、と邪悪な笑みを浮かべて、にじり寄って来るなっちゃん。
おいおい、西園寺が外に出ていったタイミングで事情を打ち明けてきたのは、こういうことだったのかよ。まるで蜘蛛みたいな女だな!
逃げだそうにも、羽交い絞めにされて畳の上に座りこまされているあたしは、身動きがとれない。餓鬼どもの力は存外強い。
恐怖に顔をひきつらせたあたしが「来ないで……」と懇願してみるも、なっちゃんは意に介さず豪快にあたしのスカートをめくった。
「ちっ、スパッツをはいてやがりますね。まあいいです。これも餌のひとつとして加えましょう」
「ひえええっ。やだやだっ、助けて西園寺いいいぃぃ!!!」
「だから、どれだけ助けを呼んでも無駄だと――」
「何をしてるんだ!!!」
「コケーコッコッコ!」
玄関先から降って湧いた西園寺の声とニワトリの鳴き声へ、あたしたちの視線が集中する。
そこには、ニワトリを抱きかかえた西園寺の姿があった――。




