見舞い品は……真心だな
球技大会が終わって3週間ほどが過ぎた。
6月を迎え、季節は雨期だ。ここ数日は、どんよりとした灰色の雲が空を覆っている。
そんなジメジメとしたさなか、西園寺と密会する日々が続いていた。
晴れて両想いになったあたしたちだけど、その後は苦戦中だ。互いのスケジュールが合わず、ふたりでいられる時間といったら昼休憩の20分間ぐらいしかなかった。
そして今まさにその時間を迎え、一足先に理科準備室へ訪れたあたしは、西園寺がやって来るのを待っている最中だったりする。
だけどここは人が寄り付かなくて都合が良い分だけ、とにかく居心地が悪い……
(ああ嫌だ、視線を感じる。あいつどっかに棄ててきたい)
入り口付近に置かれている人体模型。忌々しいオーラを発するそいつの存在を意識しないようにと、あたしは窓辺に寄りかかって外の景色を見るのに集中する。
また一雨きそうだな、と思ったところで近づいてくる足音が聞こえてきたので、急いで窓とカーテンを閉める。それと同時に扉がカチャリと控えめに開いて、西園寺が顔を出した。
「遅くなってごめん、来る途中で呼び止められちゃって」
「それって女? 男?」
「男だよ。部活の先輩」
「ふーん、ならいいけど早くこっちに来て。もうあまり時間が残ってないよ」
あたしが手招きすると、西園寺はそっと扉を閉めてから、素早くこちらに駆け寄ってきた。
そしてあたしの肩に手を回して抱き寄せてきた。
「会いたかった!」
「大げさな。さっきまで教室で一緒にいたじゃん」
「だって人目があるところでは、話しかけるどころか目も合わせちゃダメって決まりじゃないか。そんなの一緒に過ごしてるとは言わないよ!」
大げさに首をふって嘆く西園寺に対し、あたしは子供を諭すような口調でたしなめる。
「しょうがないじゃん、徹底しとかないと絶対ボロが出ちゃうだろうし」
つき合いだすにあたってあたしが課した条件はひとつ。周囲には徹底的に隠すことだった。
ただでさえ柄でもないことをしようとしているのに、みんなに知られたら悶死してしまう。それだけは絶対に譲れなかった。
そんなあたしのワガママを西園寺は聞き入れてくれて、秘密の交際が始まったんだけど、隠れて付き合うとなると、一緒になれる時間は相当限られてくる。
「やっぱり辛いよ。これならつき合いだす前のほうが、まだ接触する機会があった」
「じゃあ別れる? あたしはべつに友達としてでも構わないんだよ。それなら周りに気兼ねもいらないし」
「嫌だよ! しずかちゃんはずるい。結局のところ僕ばかりが好きなんだ」
そんなことないんだけどなぁ。
ちゃんと好きだよ、と言おうとしたら西園寺の顔が間近に迫ってきて、軽くくちびるをふさがれた。あたしはカチンコチンに硬直して内心ものすごく慌てた。
ちょっとこの過剰なスキンシップ癖はなんとかならんかね。心臓に悪いってば!
「もうっ。キスする時はちゃんとあらかじめ予告してねって言ってるでしょ。不意打ちとか嫌なの!」
「ごめん」
恥ずかしさで真っ赤になったあたしが軽くキレて抗議すると、西園寺は素直に謝って抱擁を解いてくれた。
ホッと息をついて素早く用件を伝える。
「わかってくれればいいんだ。それより今週末こそ遊ぼうよ。まだ休日に一度も会えてないじゃん」
「ああ、そのことだけど……」
西園寺は歯切れが悪そうにして言葉を続ける。
「今週末もちょっと無理っぽい」
「ええっ、また!? これで4周目だよ!」
部活や勉強に励んでいる西園寺は、お気楽なあたしと違って何かと忙しい。それはわかってるんだけど、こうも都合がつかないと不満が溜まるもんだ。
「今度こそはって、楽しみにしていたのに……」
「本当にごめん。それにしばらくはこうやって昼休みに会うこともできなくなるかもしれない」
「何それどういうこと!?」
「うちの野球部のマネージャーが、6月に入ってから突然学校に来なくなってしまったんだ。それで入部して間もない僕が、彼女の仕事を当面担当することになりそうなんだ」
「マネージャーというと……なっちゃんが!?」
予想していなかった事態に、耳を疑った。
なっちゃんとは、西園寺(の財産)を狙っていて、邪魔なあたしに向かって金属バットをブン回してきた過激少女のことだ。
あの子、一体どうしたちゃったんだろう。
「なんで来なくなっちゃったの。病気ってワケではないんだよね?」
「うん。それが全く不明なんだよ。無断欠席するようになった原因に心当たりがなくて、みんなで首をかしげている状態なんだ」
「はあ……あのなっちゃんが登校拒否、ねえ」
そんなキャラだったのかよ。
イメージからかけ離れた行動に腑に落ちないでいると、西園寺がため息交じりに口を開いた。
「とにかくこのままにしておく訳にもいかないから、近いうちに彼女の家を訪ねて、悩みがあるなら聴いてこようと考えているんだ」
「ちょっと待って、なんであんたがそこまでしなきゃならないの。そんなの、別の人に頼めばいいじゃん」
「5センチ」
「は?」
「昨日、野球部の主将が見舞いに行ったらドアを5センチしか開けてもらえずに、そっけなく追い返されてしまったそうなんだ。だから、今度はお前が様子をうかがってこいってさっき言われた」
な、なんだよそれ。
唖然とするあたしを申し訳なさそうに見つめ、西園寺は手早く説明してくれた。
いわく、なっちゃんはもう1週間近く学校に来てないらしい。それで心配した野球部主将がなっちゃん宅まで事情を聞きにいったら、取りつく島もなく追い返されてしまったけど、ならば、なっちゃんから好意をもたれている西園寺なら無碍にされないだろうという考えに至ったらしい。
なっちゃんはああ見えてバリバリ仕事をこなす野球部のアイドル的存在なので、他の部員たちの目もあって断ることができずに了承したそうだ。
「うちの主将はマネージャーにぞっこんなんだよ。機嫌とってなんとしてでも復学してもらわないと、僕がいびり倒されてしぬ」
「……そう。なら、あたしもついて行くよ。色んな意味で心配だもの」
転校騒動のあれ以来会ってなかったからすっかり存在を忘れていたけど、このまま放置しておくわけにはいかない。
ちゃんと登校するように仕向けたいし、念のため、西園寺にちょっかいかけてこないように釘を刺しておきたい。
待ってろよ、なっちゃん。




