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玄関開けたらパパも激おこだった

「おい、声がデカいって。近所迷惑だからもっと声落とせよ」


 ヒガシが慌てて辺りを見渡しながら近寄ってきて、落ち着くようにと促してきたんだけど、胸の奥のくすぶっていた気持ちを一度言葉にしたら、後はもう、堰を切ったようにあふれて止まらなかった。


「うるさいうるさいっ。一番の相棒だと信じてたのに中学入ったら急によそよそしくなっちゃってさ。あの時あたしがどんなにショックだったかわかる!? すごい悲しかったんだから!」

「しょうがないだろ。周りにからかわれるのは勘弁だし、俺にだって付き合いってのがあるんだよ」

「そうだよね。教室で浮いているあたしなんかとはつるみたくないよね」

「だから、そういった卑屈なところを直せっての。さすがに付き合いきれんわ」

「ほら本音がでた。そんであたしの代わりがあの菊池ってところがまたムカツク」

「どうしてそこで菊池の名前がでてくるんだ」

「だって、あのバカばっかりやってて根拠の無い自信に満ちてるところとか、なんだか昔のあたしにそっくりじゃん。なんで菊池はよくてあたしはダメだったわけ!?」


 言ってて涙がこぼれてきた。泣くのは卑怯だと思ったけど出ちゃったもんはしゃーない。これも全部ヒガシと、ついでに菊池がアホなせいだ。

 そんなあたしを見下ろしていたヒガシは、困ったようにため息をついてから「ごめんな」と言葉少なげに謝ってきた。

 ふんだ。ごめんで済んだら警察なんぞいらんわ。

 なとど文句を言ってやろうとして顔をあげたとたん、ヒガシの背後から赤い光が見えた。

 車だった。

 目を凝らして見れば、赤いランプを点滅させた黒っぽい車が、ゆっくりとこちらに近づいてきてるのだ。

 えっと、あれって、もしかしなくてもケー……


「サツ!!!」

「えっ、俺って殺したいほど恨まれてんの!?」

「ちゃうちゃう。パトカー来てる来てるっ」


 あたしの言葉に目を見開かせたヒガシが振り返りもせずに「逃げるぞ」と告げてくる。

 オーケー、この俊足が試される時がやってきたようだ。

 あたしたちは何事もなかったかのようにそそくさと公園を離れていき、角を曲がった瞬間、全速力でダッシュした。

 パトカーから人が降りてこようとしてる気配があったから、絶対あれ、職質狙っていたと思う。


 曲がりくねった小路が幸いして無事に追跡を逃れたものの、走ってる間は生きた心地がしなかった。

 だって中学生の男女が深夜の公園で騒いでいる姿を見咎められたら、絶対に言い逃れはできなかったはずである。しかもあたし、さっきまで酔っ払ってたし。


「補導…………っ、されずに済んで……よかったね」

「ああ。それよりだいじょうぶか?」


 もう追ってはこまいという話になって立ち止まった後、酸欠状態でゼーハーしているあたしの顔をヒガシが心配そうに覗き込んでくる。

 そんなヒガシは、たいして息切れしていなかった。

 こんなところで毎日汗水たらしている現役バスケ部と、家でごろごろしている帰宅部の差が歴然と現れてしまったようだ。


「うん、なんとか…………。でもしばらくは動きたくないかも……」


 あたしがふにゃふにゃと道端に座り込むと、ヒガシが屈んで背中を差し出してきた。


「おぶってやるから、乗れよ」

「え、いいよ悪いし。ちょっと休めばまた歩けるから」

「あんま遅くなると家族が心配して騒ぎだすぞ」

「そうだった。でもきっと重たいよ」

「大丈夫だって。ほら、行くぞ」


 あたしがしぶしぶヒガシの背中にしがみつくと、立ち上がったヒガシは少しよろけて「ほんとに重いな」とつぶやいた。

 こいつの、こういうところがわりと本気で嫌いだ。


「やっぱり降りる!」

「ウソウソ。ちょっとからかってみただけだよ」

「ホントに!?」

「ああ。でも重心ズレると持ちにくいからしっかり掴まっとけ」

「うん」



 それからしばらくの間、おとなしく背負われて運ばれていたんだけど、ふいにヒガシが静寂を破った。


「さっきの話の続きなんだけどな」

「なに」

「正直に言うと静を疎んじていた時期もあったんだ。俺もガキだったからさ、殻に閉じこもっているおまえのなにもかもが腹立たしくなって、たとえばシャツインとか、どうでもいいことまでイライラしてた。……やっぱ気づいてたんだよな」

「まあね」


 言葉にされずとも態度でなんとなくわかるっつーの。

 でももういいんだ。

 さっきは取り乱してあーだこーだと言ってしまったけど、あんなのただの八つ当たりでしかないことはちゃんとわかっている。人の気持ちは縛れないもの。

 あたしは片手で着ているジャージの裾をさりげなく外に出しながら言った。


「なんだかんだ言ってもあんたと菊池はお似合いだよ。さっきのあたしの発言は気にしないで男同士で付き合えばいい」

「その誤解を招くような言い方はやめてくれ。言っておくが、菊池とは部活以外ではほとんど連絡とってないからな。静のときとは全然ちがう」

「そうなの!?」

「ああ。それにおまえら似てねーからいちいち重ね合わせんな。菊池のほうが筋金入りのアホだ。あのアホは風邪で歯科に行くようなやつだぞ?」

「うへっ、あいつまたバカやったんだ」


 よくもまあそんな上級プレイができるものだ。

 うちの歯科に来てなければいいけど、なんて心底呆れつつも、あたしは気分が浮上していくのを抑えられなかった。

 正直、似てないと言われたことが本当にうれしい。もうそれだけで充分だ。


「そっか。へへっ。これで菊池にいらん嫉妬をしないですみそう。まあいろいろと身に沁みたから、また煙たがられないよう嫌なところは少しずつでも改善していくよ」


 まずはシャツインする癖を改める、と宣言してヒガシの肩に顔を押し付けると、ヒガシがあきれた様に言葉を返してきた。


「で、結局俺の告白はスルーなのかよ」

「ん。ごめんね。気持ちは嬉しいけど、応えられない」


 だってもう西園寺がいるんだもん。

 それにようやく馴染んだこの距離感を崩したくない気持ちも強い。


「だから今まで通りの友達関係でいようよ!」

「この鬼畜め! ま、いいや。気が変わったら言ってくれ。しょうがないから気長に待つことにする」

「待たなくていいよ。あんたならもっとちゃんとした子とつきあえるでしょ」

「もちろん他に気になるヤツが現れたら速攻そっちにいくっての」


 だから早めに心変わりしといたほうがいいぞ、というヒガシのそっけない言い分にあたしは思わず苦笑がもれる。

 ちゃっかりしてるというか、こういうところは相変わらずだ。


 そうこうしているうちに見慣れた我が家が見えてきたので、地面に降ろしてもらって門前に着いたところで別れを告げる。

 徒歩5分の道のりのはずが、なんだかんだとすっかり時間が経ってしまっていた。


「おぶってくれてありがとう。まだパトカーがうろついてるかもしんないから気をつけて」

「ああ。じゃあまた月曜日に学校でな」

「うん。バイバイ」


 すぐさまあたしの脇をすり抜けて去っていくヒガシを、あたしは手を振って見送った。

 さっき泣いてしまったから感傷的になっているのかもしれない。遠ざかるヒガシの背中を見ていたら色んな想いがこみあげてきて、我知らずつぶやいていた。


「しぃもね、ともくんのことが大好きだったよ……」


 それは本当。

 さようなら。四角い窓から覗く景色がほとんどすべてだった幼い頃に、光を運んできてくれた人。

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