激おこ
家の外は、来た時よりも気温が下がっていて肌寒かった。
上着を貸してくれるという申し出を断ったことをほんの少し後悔しながら、眼前にある横断歩道へと向かう。
信号を1つ渡って小道を少し歩けば、もうあたしの家だ。
「そういえば、風邪引いてたんじゃなかったっけ。出歩いてよかったの?」
信号待ちの際に、隣に並ぶヒガシに会話をふってみた。
それまでムスっと不機嫌だったヒガシだが、「忘れてた」と小声でつぶやいて表情を改めた。
「少し寝たら治ったよ。もともとたいしたことなかったしな」
「ふうん。風邪にはやっぱり睡眠が一番だよね」
なんて言いながら、あたしは本題に入るタイミングをうかがっていた。
先ほどから気がかりでしょうがないことがあるのだ。
「ねえ」
「なあ」
同時に言葉を発してしまい、お互いに顔を見合わせる。
先にいいよ、と譲り合いになった結果、あたしのほうから口をきることにした。
「あのさ、あたしがラリってる間、西園寺のやつはどんな様子だった?」
さりげなく言えただろうか。
こんな形で別れてしまった西園寺が、さぞ怒ってんだろうと、実は気を揉んでたりするのだ。
明日になったら朝一で電話して予定が潰れたことを謝るつもりでいるけど、あらかじめ様子を把握しておきたい。
するとヒガシの口元に、皮肉な笑みが浮かんだ。
「格好つけるようになっても根っこの部分ってのは、なかなか変わらないもんだよな。おまえを俺から引っぺがすのに失敗した後は、ひたすらしょげとったぞ。ウケる」
「そっか」
怒ってないならよかった。いや、よくないか。
いじけたのは前後不覚となったあたしが原因だしな。よし明日はめいっぱい謝ろうっと。
「静はあいつのことが好きなのか」
気が緩んだところでの不意打ちに驚いたあたしは、危うく前につんのめりそうになってしまった。
あぶねー、あたしが車に轢かれたらヒガシのせいだぞ!
「そそそんなわけないじゃん。だって西園寺はしょせんあの西園寺なんだよっ!? ほら青に変わったし渡ろ」
ヒガシの背中をバンバンと叩いて歩くように促すと、ヒガシはおとなしく従った。
けれど、横断歩道を渡りきったところで再び追求してきやがった。
「昨日からおまえら怪しすぎるんだよ。ふたりして授業をサボッたときに、絶対なにかあっただろう」
もう、しつこいなあ。
「ほんとにちがうってば! 大体、あたしの好きなタイプは――」
「ラオウだったよな」
「うん」
覚えてたんだ。
そう、あたしは本来、退かない媚びないラオウみたいな人が好きなのだ。
それがどうして正反対の西園寺に惹かれてしまったのか、自分でもさっぱりわからない。
でも好きなんだよなあ。
あたしは道の脇にある公園に目を向けた。そこは滑り台とブランコと砂場とベンチしかない小さな公園なんだけど、小学生時代にはよくお世話になった場所でもある。
夏場になるとDQNがたむろって騒いだりする夜もあるんだけど、今日はひっそりと静まり返っていた。
久々にじっくりと遊具を眺めていると、ヒガシが再び口を開いた。
「まあそういうことにしておいてもいいんだけどさ。……あーなんかすげえショックだわ」
そう言って、その場にしゃがみ込んでしまった。俗に言うヤンキー座りだ。
あたしが「こんな所じゃなくてあっちに座ろうよ」と青いベンチの方を指差すと、ヒガシは力なく首をふった。
「いや、いい。おまえあのベンチに犬の糞をなすりつけたことあったろ」
よく覚えてんな。
「そんなものとっくに雨で流れてるよ」
「それでも気分的に嫌なんだよ」
「もう、あんたってば大雑把なくせして変なところでいちいち細かいよね」
「それはこっちのセリフだっつーの。そのくせ、人がコクったことはさっぱり忘れてるみたいだし?」
「あっ!」
そうだった、好きだって言われてたんだっけ!
なっちゃんから命を狙われたり、西園寺の転校騒ぎで奔走してる間に、すっかり忘れてしまっていた……。
(ひいっ。だめだ、思い出したら恥ずかしくてたまらないんだけどっ!)
居ても立っても居られなくなってそのまま立ち去ろうとしたら、ヒガシがあたしの背中に冷ややかな声を投げてきた。
「薄情者」
(……は?)
その言葉を聞いたとたん、あたしは無性に怒りが込み上げてきた。
薄情者はどっちだよ。
「あんたがそれを言うの!? さんざん人を突き放しておいて、今更そんなこと言いだすなんてずるい!」
口に出してみて、はじめて自分の気持ちに気づく。
そっか、あたしはヒガシのことを恨んでいたんだ……。




