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反抗期ってやつかな

 ――うふ。うふふふふ。ふふふ。

 なんだか気分がふわふわする。なにこれ。むふふふ。


「だめだ、酔っ払ってる……」

「おい、なんでアルコールなんて入れたんだ!」

「だ、だって、ロシア人はウオッカで風邪を治すって話を聞いたことあったから……っ」

「アホかっ。ここは日本だっつーの! どうすんだこれ、完全に出来上がってんぞ」


 ――ああ。ケンカしないで。

 いがみあってる姿をみてると悲しくなっちゃうよ……うっ。ぐすっ……ひくっ


「泣き出してしまった……しずかちゃん、大丈夫?」

「ちょっとちょっと、涙は卑怯よっ、こんな時に女子力アピールなんてずるいっ!」

「いや、おまえもさっき泣いてただろーが」


 ――わかりました。ぐすっ……泣くのはやめます。

 でもこんな時どうしたらいいのかわからないです。


「笑えばいいと思うよ」

「いや、とにかく横になってくれ。少し寝て落ち着けよ」

「え、東君のベッドでッ!?」


 ――はい、しかと承りました。おやすみなさい。

 ……ああ、でもその前に――






(えっ?)


 目覚めると、ヒガシのベッドに寝ていた。

 あたしの隣には目を閉じたヒガシが横たわっている。そしてあたしは、縋るようにヒガシの腹にしがみついておった。

 やたら温かくて心地よかったのは、ヒガシの鍛えられた身体と密着していたからだ。

 あたしはもう、口から心臓が飛びでるんじゃないかと思うくらいに驚いた。


(ひいいいいっ、なんじゃこりゃああああ)


 頬を引きつらせながらそそくさと、両手をヒガシの身体から引く。

 何がどうなってんだと急いで記憶の糸をたぐり寄せる。

 ええっと、太田さんのくそ不味い手料理を口にしたまでは覚えている。でも、そこからの記憶が全くない。ヤバいぞこれは……。

 室内に太田さんや西園寺の姿は見えず、それなりに時間が経過しているようだった。

 状況が把握できてないが、ひとまずここから逃げよう……

 そろりと身を動かしベッドから片足をおろしたところでヒガシも目覚めて、上体をゆっくりと起こした。もしかしたらヒガシは眠っていなかったのかもしれない。


「起きたのか。気分はどうだ?」

「……最悪かもしんない……なんであたしまで寝てるの」

「“アレ”に酒が入っていて酔っ払ったんだよ。暴れまくって介抱するの大変だったんだぞ」

「マジかよ。全然覚えてないんだけど、あたし何かした!?」

「歌って踊って服を脱ごうとしたあげく、最後は俺にしがみついてきて離れなかった」

「…………」


 死にたい! 今すぐ死んでしまいたい!

 絶望にかられてその場に突っ伏してると、階段をのぼる音が聞こえてきた。

 あのふたりが戻ってきたのかと思いきや、少し開いていたドアから顔を覗かせたのは、ヒガシのママだった。ファッ!?


「あの子たち送ってきたわよ、ただいま。あらよかった、目が覚めたのね」


 あたしがビックリして固まっていると、ヒガシのママはあたしに一度笑顔を向け、すぐさま真顔に戻ってヒガシに詰問した。


「あんた、私がいない間にお嬢さんに変なことしてないでしょうね!?」

「してねーよ」

「ならいいけど、それでどちらが本命なのよ。もうひとりの叱っちゃった女の子も相当可愛かったけど」

「だからそんなんじゃねえっての」

「あ、あの、ごめんなさい。もう来ちゃダメだって言われてたのに、遊びに来ちゃいました」


 思わず間に割って入った。

 出禁くらってるのに遊びに来たのがバレてしまったのだ。

 怒られる前に先手を打って謝ってしまおうと、しゅんとしおらしくしてみる。あたしは演技派。

 するとヒガシのママは許してくれるどころか、逆に部屋が綺麗になったと感謝してくれた。


「あらいいのよ。事情はあらかた聞いてあるから。お嬢さんを部屋に連れ込んだのは知樹だっていう話だし、惨状に見かねて片付けてくれたんでしょ? ありがとね。普段から口を酸っぱくして言ってるんだけど、何言っても聞く耳もってくれないのよ。こんなに捻くれたのは、私も主人も忙しくて全然構ってあげられなかったせいかしらね」

「は、はあ」

「おい余計なこと吹き込むなよ!」

「余計なことを言われたくなかったらキチンとしなさいってば。私が触ると怒り狂うくせして、ほんっと外面だけはいいんだから」

「だからいい加減にしろって!」

「えっと! 西園寺と太田さんは帰ったんですか!?」


 険悪な雰囲気が漂いだしたのを察して、慌てて話題をそらすことにした。

 というか先ほどから気になってしかたなかったことでもある。まだ居るのなら徹底的に弁明しておきたい。

 そんなあたしの問いに我に返ったヒガシが、少し恥じ入るように答えた。


「ああ、あいつらなら今さっき、おふくろが車で送り届けたよ」


 次いでヒガシのママも口を開く。


「2人ともお嬢さんのことを心配してかなり渋ってたけど、さすがに中学生をいつまでも家にあげておく訳にはいかないからね。もうすぐ23時よ」

「げげっ」


 23時という言葉を聞いて、あたしはボーゼン。

 あらかじめ遅くなると告げてあるけど、せいぜいが21時、どんなに遅くとも22時が限度だ。

 こんな時間に帰ったら大目玉を食らうのは確実だろうし、何よりまた捜索願いが出されていたら最悪。今頃山狩りでも始まっているかもしれない。

 真っ青になって立ち尽くしているあたしの肩を、ヒガシがポンとたたいた。


「そうだ、自宅のほうには連絡済だから心配すんな。太田に電話をかけさせたら『ようやく女友達ができたのね』って、おばさん涙ぐんで喜んでたぞ」

「おおっ、ナイスフォロー!」


 起死回生。

 あんた将来いいヘルパーになれるよ。気が利くのはポイント高いからね。

 しかしまあ友達いないことを密かに心配されてたとは。いたたまれねえ。これから週末はなるべく外出したりして、エア友達の存在を知らしめることにしよう……。

 とはいえ、まずは家に戻るのが先決だな。


「じゃあ、あたしもそろそろ失礼します、お邪魔しました」

「待って、貴女にも車出すから」


 ヒガシのママの好意はありがたいが、徒歩5分の距離だ。あたしは慎んで辞退した。


「いえ結構です。目と鼻の先の距離なんで歩いたほうが早いし」

「俺がついてくよ、おふくろは太田が汚した台所をどうにかしといてくれ」

「ほんとに大丈夫なの? お嬢さんまだちょっとフラついてるようだけど」

「もう全然平気です!」


 あたしが胸を拳でとんとん叩いて健康アピールすると、ヒガシのママは引き下がった。

 だけどヒガシが上着を羽織っている合間に、とんでもないことを耳打ちしてきた。


「お嬢さんは可愛いし間違いがあったらいけないから、もうこんなところに来ちゃダメよ」

「間違い?」

「犯されるってことよ」


 お、おか……。


「おいババア聞こえてんぞ!」


 ヒガシがまたキレ出したので、あたしは挨拶もそこそこにヒガシを引っぱって、玄関の外に出た。

 うーん、誰とでもそつなくつき合えるヒガシだけど、親御さんとの関係はあまり上手くいってないのかもしれない。


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