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難易度高すぎた

 三角コーナーの中身をぶちまげたような鍋料理は、本人曰く、雑炊のつもりだそうだ。


「虫が潜んでいるあの部屋の掃除は手伝えないけど、何か役に立ちたいと考えて、夜食を作っているの」


 そう言って、太田さんは恥じらいながら両手を広げてみせた。

 お約束のごとく絆創膏だらけの指に、あたしは正直いってげんなりした。

 ずるいよ。そんな痛々しい手と、脇にある包丁を見せられたら、何も言えなくなっちゃうじゃん。

 しかたないので出来る限りのさりげなさを装って「やたら黄色いけど何はいってんの」と訊ねてみると、「オロナミンC」と返ってきて、事態の深刻さを改めて認識した。

 オロナミンC……だと!?

 それだけでも恐ろしいのに、まだ他にも色々と投入する予定だという。カンベンしてくれ。


「もうやめといたほうがいいよ」

「だって、味がまとまらないのよ。私はこの料理に望みをかけているのに!」


 作業が順調に進んでないことは、本人も気づいているみたいだ。

 苛立ちはじめた太田さんを軽くなだめてから、あたしは一目散にその場を後にした。




 えらいこっちゃ。

 太田さんが汚料理を完成させてやってくる前に、ヒガシたちに相談してどうするか対策を練らないと。

 そう思ってあたしがヒガシの部屋に駆け戻ると、西園寺がいきなり詰め寄ってきた。


「しず…鈴木さん、これ本当に鈴木さんなの!?」

「ほげ?」


 出鼻をくじかれてきょとんと目をしばたたかせていると、西園寺は手にしていたアルバムをずずいとあたしに向けて差し出してきた。

 そこには、幼きあたしと幼きヒガシが写っていた。

 これは、小学校にあがる前の写真だ。

 幼きあたしは小花をあしらったワンピースを着ていて、幼きヒガシとふたりではにかみながらソファに座ってる。

 髪の毛にはボンボンまでつけてもらって、自分でいうのもなんだけど可愛らしいかんじ。


「なつかしい。こんなのあったんだ」


 まじまじ眺めていると、西園寺がアルバムを取り上げて今度はべつのページを開いた。

 そこにはもう少し年代が進んだ、小学生時代のあたしが写っていた。

 ちょうどガキ大将でブイブイいわせてた頃の写真だ。

 手下どもと一緒に大口をあけてピースしている姿は、どう見ても少年にしか見えない。服装も自分の趣味を優先して男物を着用するようになっていた。

 いろいろあったけど、この頃はよかったよなあ。

 なんてしみじみ感傷にひたっていると、西園寺が信じられないといったぐあいに首をふった。


「なんでこの儚げな女の子が、たった数年でこうなったのか」

「人体の不思議だよな」


 横からヒガシが茶茶を入れてきて、あたしはムカッときた。


「こうなったのも半分はあんたのせいじゃん」


 ヒガシが貸してくれた少年漫画に影響をうけた、と告げたところで廊下のほうから聞こえてくる足音に我に返った。

 しまった、こんな無駄話をしてる場合じゃなかったんだ!

 あたしは慌ててヒガシに汚料理のことを説明した。


「どうしよう、太田さんがとんでもなく不味そうな料理を作ってたよ」

「バカ、それを早く言え。なんで止めなかったんだ」

「だって近くに包丁が置いてあったんだよ。あの子発狂すると何しでかすかわからないタイプじゃん。それに健気すぎて口を挟める雰囲気じゃなかったんだよ」

「どうせターゲットは俺だろ。部屋に入って来れないように即刻鍵をかけるんだ!」


 だが一足遅かった。

 皆の視線がドアに向いたところで、太田さんがお盆を持って現れてしまったのである。

 太田さんはあたしや西園寺を華麗にスルーして、真っ直ぐヒガシの元に向かった。

 そして雑炊のような何かが入った碗をヒガシに見せて、


「風邪には栄養のある物をしっかり食べたほうがいいと思って、料理を作って――」

「こんなもん食えるわけねーだろっ」


 にべもないヒガシは最後まで言わせなかった。

 またたく間にどんよりと漂う、重苦しい空気。

 静まり返った室内は、太田さんのすすり泣きと、雑炊の異様な匂いで満たされた。

 き、気まずい……。


「しずかちゃん、後は若いふたりに任せて僕たちは去ろう」


 沈黙に耐え切れず、西園寺が耳打ちしてくる。けれど、あたしは頷かなかった。


「こんな状態で帰れるわけないでしょ」

「でも僕たちにできるようなことは何もないよ。色恋事なら下手に首を突っ込ないほうがいいだろうし」

「わかってるよ。それ以外でできることならあるじゃん」

「……まさか!?」

「うん」


 あたしたちに今できることは――食べること。食べて応援すること。

 事情を察知した西園寺がブンブンと首を振って難色を示したが、それに構わずあたしは太田さんに話しかけた。


「太田さん、味見はした?」

「……途中まで」


 途中までって、どういうことだよ。

 まあいい。


「それ、あたしが食べていいかな? お腹すいてきたんだ」

「えっ、でも」

「やめとけよ。腹壊すぞ」


 ヒガシまで慌てて止めてきたけど、あたしはこれも無視した。

 だってさ、昨日までの自分とちょっと重なって見えてしまうんだよね。

 好きな相手から冷たくされるのは、なんだかんだいって相当堪えるもんだ。

 太田さんは苦手だけど、涙を流している姿を見てたらさすがに不憫に思えてきて……

 だから、まずあたしが動いて、この重苦しい空気をなんとかしてやろうと思うんだ。


 だいたいオロナミン雑炊がなんだというんだ。今は焦げてただの炭と化してるじゃないか。

 よし、いくぞ。


 あたしは太田さんから椀を奪いとって、雑炊を一気に口に入れ――飲み込んだ瞬間、喉奥がカッと熱くなり卒倒した。

 え、なにこの不味さ。びっくりするぐらい不味いんですけど。

 だめだ……もう……意識が遠のく……


「静!」

「しずかちゃん!」

「鈴木さん!」


 ……うん、ごめん、むりだった。

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