なにそれ怖い
「この辺の雑誌は縛って捨ててもいいよね」
「ダメだダメだ。それはまだ読んでない号もあるから、そっとしておいてくれ」
「は? 2年も前の雑誌に何言ってんだ! 捨てる!」
「そろそろ読もうと思ってたんだよ! やめてくれ!」
西園寺とヒガシの押し問答を見て、この部屋はなるべくにしてなったのだと実感した。
今、あたしはヒガシの部屋の汚染処理に励んでいる。
一緒にお邪魔している西園寺と徒党を組んで必死に片付けること一時間。
おかげで当初あたしの腰元よりも積みあがっていた物は膝下ぐらいにまで目減りし、床もチラホラと見えるようになってきた。
あたし達はよく頑張ったと思う(※逃げ出した太田は除く)
だからもう達成感を得てしまって先ほどからペースを一気に緩めてのんびりしてるんだけど、西園寺は徹底的に綺麗にしないと気が済まないみたいで、今も最前線に立って孤立奮闘しちゃってる。
西園寺って、こういったところで生真面目さが全面に出てくるタイプなんだよね。片付けができないヒガシにとてもお似合いだと思う。男同士だけど。
「くっそ、やっぱりこいつは呼ぶんじゃなかった」
いくつかの本を、聖域であるベッドの隅に避難させながらヒガシがぼやく。今日もモノトーンのベッドの上だけは清潔に整えられていて、別世界のように綺麗だ。
その光景をいまいましげに一瞥した西園寺が、新たなる獲物である雑誌の束に手を伸ばす。
「しかしこの部屋、無駄に物が多すぎる。……ん、なんだこれ?」
西園寺が手にとったのは、薄い……本!
その一見少女漫画を思わせる男同士の表紙には、見覚えがあった。
げっ、あのいまいましい太田作の同人誌じゃねーか!!!
「あ゛ーーーそれは見ちゃだめっっ」
飛び掛からんばかりの勢いで奪い取って懐にしまいこんだ。とっさに動いたもんで何か固い物をポキッと踏みつけてしまったけど気にしない。床に置いているほうが悪い。
あっぶね、もう少しで中身を見られてしまうところだった。
つーか、なんで処分してないんだよ!?
あたしは全身で怒りを表現しつつ、ヒガシに向かって声をはりあげた。
「ねぇ、どうしてこの本がまだ手元に残ってるわけ!? ちゃんと捨てといてって言ってたじゃん!」
「捨てそびれてたんだよ。怒ることないだろ」
「怒るよ! こんな危険な本、中学生が持ってちゃいけないんだ!」
「そんなムキになると興味をもつぞ。ほら後ろを見てみろ」
「ん?」
言われて振り返ると、西園寺が真顔でこちらを見すえながら手を差しだしておった。
「見たい。チェックさせて」
ひぃっ。な、何言い出すんだ!
こんな本、見せれるわけないじゃん。
あたしは背中を丸めて防御の体制にはいった。
「これはダメ。諦めて」
「なんで東は良くて僕はダメなの? 僕だけ見せてもらえないなんて不公平だ!」
「なんと言われようがダメなもんはダメだから。言っとくけど、腹まさぐってきたらセクハラで訴えるかんな」
「それって卑怯だよっ」
「卑怯で結構。ほらとっとと掃除の続きをやりな小公女セージ」
「ひどい。せめて内容だけでも教えてよ、しずかちゃんの趣味が知りたいんだ」
「別の本だったらいいよ。今度ハマってるやつ貸すからそれで手打ちにしてよ」
「お前ら仲がいいな」
どきっ。
ヒガシがぼそりとこぼしたその言葉を聞いて、ハタと我に返った。
い、いま攻防に必死になっててヒガシの存在を一瞬忘れてしまってた。なんたる失態。
こいつの観察眼はあなどれないからな、気を引き締めていかないとただちにあたし達の関係を見抜かれてしまう。むしろ、既にバレてしまっているかもしれない……。
ヤバイと感じたあたしは一気に女優モードに突入した。
西園寺の襟首をぐいっと乱暴に掴んでみせる。
「おい。今なんつった?」
「へ?」
キョトンとする西園寺に対して、あらんかぎりに睨みをきかせて罵った。
「今“しずかちゃん”って言ったよな!? あたしは昔からその呼び名が大嫌いなんだよ。今度言ったらただじゃおかないから覚悟しとけっっ」
「う、うん……」
「あと肩とか気安く触れてくんなイヤラシイっっ」
「わ、わかった……」
「返事は“ハイ”だろーが。西園寺のくせに生意気なんだよっっ」
よし、こんなもんだろう。
体育座りでいじけだした西園寺を無視して、あたしはヒガシに視線を移した。
「そういえば、太田さん遅いね」
この気まずい空気をなんとか変えようとしてテキトーに振った話題だったが、口に出してみたら途端に気になって仕方なくなった。
太田さんは掃除が嫌で飲み物を作りに一階の台所に向かったんだけど、それきり音沙汰がないのだ。かれこれ30分近くは経つと思う。
居ても邪魔なだけだと放っておいたけど、さすがに様子を見てくるべきか。
太田が来るなら寝る、と布団をかぶったヒガシに相談するのは早々に諦めて、あたしはひとりで部屋から出た。
ちなみに西園寺は新たに発掘したアルバムを手にとって眺めておった。山の天気のように切り替えが早いやつである。
長細い廊下は積みあがったゴミ袋で溢れかえっていた。これは全部、ヒガシの部屋から産出されたものである。
ゴミロードだな。
そんな感想を抱きつつ、狭くなった廊下を抜けて階段を降りている途中で、目的地である台所方面から異様な臭いが漂ってきてることに気づく。
え、なんだこれ。
火事なら大変だと思って慌てて駆けつけると、調理道具が散乱してるキッチンが目に映った。
そして、ガスコンロの前に立って得体の知れないものをぐつぐつと煮込んでいる、エプロン姿の太田さん。
その太田さんがこちらに気づいて声をかけてきた。
「あら鈴木さん、どうしたの!?」
それはこっちのセリフだよ。




