ノルマはひとり二袋な
食事が終わって店を出ると辺りはずいぶんと薄暗くなってきており、立ち並ぶ繁華街の建物には明かりが煌々と灯っていた。
時刻は午後6時を過ぎたところで、ここで帰宅組と二次会に参加する組で別れる。半分ぐらい残った二次会組はこれからすぐ近くのカラオケに立ち寄って2時間ほど歌ってから帰るそうだ。
「鈴木さんもどう?」と奥野さん達から誘われたけど、あたしは門限を建前にして断った。
歌とかあんまり上手じゃないし何よりもこれからちょっと用事があるのだ。そう、西園寺と約束しちゃったんだよね。ふたりで猫の様子を見にいって、それからしばらく西園寺の家で遊ぼうって。
なのでここでついていく訳にはいかなかった。
少し離れた場所でケータイいじっている西園寺をチラチラと確かめながら靴紐を結び直すふりをして時間稼ぎをし、みんながいなくなるのを今か今かと待っていると、群れの中からヒガシがはずれてこちらにやってくる。
あれ、どうしたんだろ?
「何やってんの、ボヤッとしてるとカラオケおいてかれちゃうよ?」
「いいんだ。俺はお前とまっすぐ帰る」
「えっ」
予期しなかった展開にあたしは戸惑った。なんでっ!?
「あんたが二次会に参加しなきゃ盛り上がりに欠けるでしょ。行ってあげなよ」
「そうしたいのはやまやまなんだけどな、疲れが出てきたのか熱っぽくなってきたんだ」
そう言ってヒガシが急にゴボゴホと咳き込みはじめたので、あたしは慌てて背中をさすってやった。
「大丈夫!?」
あたしが問いかけるとヒガシは苦しそうに眉根をよせた。
「じゃないかもな。実はこんな時に限っておふくろ達も出かけていて今晩帰りが遅いんだよ」
「ええっ、じゃあ、あんたひとりで留守番!?」
「ああ。だから正直困っていてな、何かあった時のためにお前がついててくれると助かるんだが」
「うっ」
どうしよう、これから西園寺との約束があるのに。でも、病人をひとりで放っておくことなんてできないしなぁ。
あたしが言葉に詰まりながら西園寺のほうを見ると、目があった西園寺はふるふると小さく首を横に振った。断れということらしい。
わかった、ヒガシには悪いけどそうする。
「ごめん、ほらあたし出禁くらってるしさ、他の子に頼みなよ」
すると今度はヒガシが首を振る。
「家が近くて気兼ねがいらないのは静ぐらいなんだよ。俺の部屋を思い出してみろ」
「あ」
そうだった。こいつの部屋はすさまじい汚部屋であった。あれを前知識のない子が目にしたら間違いなくドン引きとなるはずだ。だめじゃん。
そうこうしてる間にヒガシが再び咳き込みだしたのであたしは意を決した。
やっぱり、今日はヒガシにつき添うことにしよう。
約束破ることになってごめんね、と心の中で西園寺に謝りながら、彼にも聴こえるようにとあたしは声を張り上げた。
「もーしょうがないなぁ。病人をひとりきりにしとく訳にはいかないから、おばさん達が帰宅するまであたしがついてて」
「ちょっと待った!」
あたしが言い終わらないうちに西園寺が遮ってこちらにかけよってくる。
西園寺はあたしをひっぺがすと、今度は自身がヒガシの背中をさすりはじめた。
「しず…鈴木さんはこのまま家に帰っていいよ。東のことなら家事検定2級の僕がつきっきりで看病しとくから。心細いのなら添い寝だってするよ」
「ばっか、男にそんなことされたって嬉しかねーよ!!」
「男が不満なら私なんてどうかしら!?」
再び声が乱入してきてそちら視線を向けると、太田さんが息巻きながら立っていた。
いつの間にか太田さんまで聞き耳をたてていたらしく、あたしを押しのけながらズカズカと会話に割り込んでくる。
「BL展開も捨てがたいけどやっぱり自分に勝るものはないわ。ねえ、私に看病させて」
太田さんに詰め寄られたヒガシは、げんなりした様子で盛大に顔をしかめた。
「アホか。つーか太田。お前あれだけのことをしておいて、よくものこのこと話しかけてこられるよな。ありえん」
「鈴木さんのことならちゃんと謝って仲直りしたわよ。だから東君も許して」
「ほんとか?」
「ほんとよ! もう仲もいいの。ね、鈴木さん。……じゃなくて静ちゃん」
「気持ち悪いから名前で呼ばないで」
「なんでよッ!?」
ふんだ。ヒガシの前だからって調子いいこと言ってるのが見え見えなんだよ。
西園寺の件では世話になったけど、それはそれ。こんなめんどくさそうな子とあえて仲良くする気なんてさらさらないもんね。
きーっ、とヒステリックに叫ぶ大田さんを無視してあたしはヒガシに問いかける。この子と押し問答してても話が進まないからな。
「で、どうするの?」
「む……しょうがないな。こうなったらお前ら3人まとめて招待してやるよ」
「えっ、でもあの部屋――」
「きゃあっ、嬉しい。念願の東君の部屋に入れるのね!」
「それなら僕も異論はないよ」
「えっと、でもあの部屋……」
「そろそろなんとかしたかったからな、まぁちょうどよかった」
「…………」
おいおい、さてはあたし達に掃除をやらせるつもりだな! なんてやつなんだ!
それで文句を言ってやろうかと思ったけど、目があったヒガシは再びゴホゴホ咳き込みはじめ、また太田さんは太田さんで感極まってあたしにしがみつきながら泣きだすもんで結局何も言うことができず、これはもう腹をくくるしかないと覚悟を決めたのであった。
……ま、手分けして頑張ればある程度の見通しは立つだろう。
かくしてあたしたち一行はヒガシの家に向かった。
ちょっとはマシになってるかと思いきや、相変わらずの惨状であった。ですよねー。
さあがんばるか。
あたしは汚部屋を前にして言葉もなく立ちつくす西園寺と太田さんの背中をポンとたたいて我に返らせ、「座る場所は自分で確保するように」と支給されたゴミ袋と軍手をてぎわよく配る。
そしてベッドに寝そべっているヒガシ監修の下、某五氏と交流を深めながら清掃活動に勤しんだのであった。
~オマケ~
西「うわっ、出た!」
東「それぐらいで動じるなよ、修行が足らんぞ」
静「いやあんたは動じろって。ちょっと太田さんも口じゃなくて手を動かしてよっ」
太「私は負けない私は負けない私は負けない……(ブツブツ)」
そんな感じで時は流れてゆくのでした。