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いじめっ子じゃないもん

「それではこれより打ち上げ会をはじめさせていただきます。えー、全員が力を出してくれたおかげで優勝は無理でしたが目標であった3位以内には入れました。2年3組の健闘を称えてカンパイ!」


 幹事である男子がはじめの言葉とともに水の入ったグラスをかかげると、それを合図に残りのクラスメイト達も各自の飲み物を軽く持ち上げる。

 あたしも周りに倣ってグラスをさっと持ち上げてからそっとすすった。

 中身はもちろんアルコール……といきたいところだが、中学生で飲酒はご法度なのでおとなしくオレンジジュースだ。おいしい。


「やっぱり自分で焼くほうが楽しいよね。私こういうの大好き。鈴木さんの分も焼いちゃっていい?」

「どうぞどうぞ」


 グラスを置いたところで向かい側に座っている奥野さんが鉄板の上に生地を流し込みながら話しかけてきたので、すかさず相づちをうった。

 今、あたしはクラスメイト達と学区内にあるお好み焼き屋さんにやって来ている。結構前からあって、ちょっと古ぼけた外装が子供だけでも入りやすい感じのこの店。

 球技大会を終えて店内を貸しきっての打ち上げなんだけど、総合2位を勝ち取った団結力はここでもいかんなく発揮されたようで、32人中29人も集まるという脅威の出席率に至った。このクラスはノリが良すぎだと思う。

 そんなんだからあたしもあぶれることなく奥野さんのグループにお邪魔させてもらって、一番端の4人掛けテーブルに座って鉄板の上のお好み焼きが焼きあがるのをのんびりと待っている。……待っているのだけど、お好み焼きって焼きあがるのに結構時間がかかるんだよね。

 手を動かしながら盛りあがってる彼女たちの邪魔にならないようにと片身の狭いあたしは先ほどからできるだけ空気に徹しているのだが、この状態があと数十分も続くのかと思うと難儀だ。

 会費はいらない、というヒガシの口車につられてのこのこやって来たことを後悔し始めていると、隣に座る女の子があたしを覗き込んできた。


「ねぇ、本当に何もなかったの?」

「は?」


 突然話しかけられてあたしがキョトンとなってると、よく通る声が印象的なその子はにやっと笑いながら耳打ちしてきた。


「ほら、西園寺君と。昨日ふたりして保健室で過ごしていたんでしょ? 戻ってきてから偶然だって全力否定してたけど、うちらはやっぱり怪しいって話になったんだよねー」


 それであたしは彼女達がしきりに同じテーブルに誘ってきた理由を把握した。

 のぉぉおおお! こいつら根掘り葉掘り聞き出す魂胆だな!! どいつもこいつも耳年増め!!!

 内心動揺しまくりけど、でも顔だけは必死にかためておく。ここでトチったらあたしの残りの中学生活は終わってしまうからな。


「ほんとうに周りが期待するようなことは何もなかったよ。まあここだけの話、一応謝ったりなんかはしてたんだけど、やっぱりわだかまりが残っちゃってさ。だからもう今後はお互いにできるだけ関与しないことに決めたんだ」


 よしよし、結構さりげなく答えられたじゃないか! えらいぞあたし。

 実は昨日あれから教室に戻った際に好奇の目で見てこられて必死で弁解するハメになってしまったんだよね。それもこれも西園寺のやつが首にキスマークなんてつけやがるから。

「やったね鈴木さん!(意味二重)」などと奥野さんから声をかれられた時の羞恥と怒りと絶望は筆舌に尽くしがたい。やってねーよ。

 でもすぐさま球技大会があって話題もすっかりそちらに移り、九死に一生を得たかと思ってたけどさすがにちょっと甘かったようだ。

 不意打ちのような追及にあらかじめ用意していた設定を述べて対応すると、彼女たちはあからさまにガッカリした様子をみせた。


「だそうよ。せっかく楽しめると思ってたのにつまんない。しおりんはどう思う?」

「んー判断しづらいところだよね。絶対くっついたと思ったけど、その格好を見てわかんなくなってきた」


 奥野さんはジャージ姿で首からサイフをぶらさげているあたしをじろじろと眺めて首をかしげた。

 軽装でいい、という言葉を真に受けてこの姿で行ってみれば、女子は皆気合い入りまくりで騙されたと感じていたんだけど、それが功を奏したようだ。これは恋する乙女の姿ではないらしい。

 よし、ここでガツンと言っておこう。


「だいたいさ、ああいうキザっぽいやつって好きじゃないんだよ。さいきんあいつを追いかけまわしてたのだって、昔の悪事を謝罪したかっただけで、変なうわさがたってもう大迷惑」


 これ幸いとあたしは西園寺なんてこれっぽっちも眼中にないと説き伏せた。

 身振り手振りをまじえながら熱弁をふるっているうちに詮索が止んだので、あたしも口を閉じる。一応は納得してくれたようだ。

 ああ、一息ついたらお腹すいてきた。ちょうどいいタイミングでお好み焼きも出来上がったことだしあとは食べることに専念しよう。

 そう思って渡されたお好み焼きをほおばりながら、ぼんやりと男子のほうのテーブルを見やると――西園寺がさめざめと泣いておった。


「ぶはっ」

「鈴木さん、汚い」

「ご、ごめん。熱すぎてむせちゃってさ」


 ひたすら平謝りしながらも内心気が気でなかった。

 あンのバカ、なに本気にしてるんだよっっ。表立ってはそんな素振りを微塵も見せないでおこうね、ってあれだけ言って聞かせてあいつも納得してたはずなのに。もうっ、ほんとうにめんどくさいやつめ。

 怒鳴りつけたい衝動をおさえていると、隣に座ってる子も気づいたようで、「ねぇほら西園寺君泣いてるよ」と小突いてくる。

 イライラしながら「歯でも痛いんじゃないの。そんなの知らない」とそっけなく返すと、西園寺はあたしの言葉にますますショックをうけたらしく本格的に泣き伏してしまった。

 これってあたしが悪いのか!?

 ……ま、いいや。どうせ後で会うつもりだしその時にフォローをいれればいいだろう。今は無慈悲をつらぬかせていただく。

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