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だからもうダメだってば!

「そっか……西園寺はあの頃からあたしのことが好きだったんだね」


 断片的だった記憶が繋がった。

 すべてを思い出したあたしがぽつりと口にすると、西園寺は笑顔でうなずいた。


「うん。だからその分だけ君のことを憎んだ。どんなに望んでも僕を見てくれない。それはとても辛くて悲しいから、自分の気持ちを凍らせて偽っていったんだ。しずかちゃんなんてどうでもいい、大嫌いだってね」

「ご、ごめん。あの頃は加減を知らないガキだったから、あんたには悪いこといっぱいしちゃった」

「いいんだもう。遠回りはしたけど、こうやって手に入れることができたし」


 背中にまわされていた腕に力が込められて、あたしは慌てた。

 顔っ、顔っ、近いっ!


「ね、ねぇ、もういいでしょ、放して」

「いやだよせっかく想いが通じ合ったばかりなのに。それとも何、昔を思い出して幻滅した? その、あの頃はみっともなかったから」

「そんなんじゃないけど(今でもじゅうぶん変態だし)こういうのはちょっと……。そうだ、ねぇ、なんで友達になりたいって言った時に拒絶してきたの?」


 ふと沸いた疑問を投げかけると、西園寺は、ああ、とちょっと笑って答えた。


「だって“しずかちゃん”なら望みはないじゃないか。友達以上の関係には絶対になれないだろうと思って、手に入らないなら最初からいらないと考えたんだ。……それに、これはちょっと言い難いのだけど、またウラがあるんじゃないかと警戒もしてた」


 ……なるほど。まぁあれだけ色々されりゃあ用心深くなるのも当然かもしれない。

 しかし散々な目に遭わされといてよくもまだあたしのことが好きだと言えるもんだ。

 この執着心は一体なんなのだろうか。うーん、ここまで粘着されるとちょっと怖いような気もしてきた……。


「何を考えてるの? ちゃんと僕を見て」


 至近距離から顔を覗きこまれてあたしは再び慌てた。

 だから顔が近いってば!!


「あ、あああのさ、もう出ようよ。授業サボるのはさすがにマズイしさ」

「閉じ込められてるんだから仕方ないよ。ゆっくりしていこう」

「ウソこけ! 鍵開け得意なくせしてっ!」


 あたしがキッと睨みつけると、西園寺は少し逡巡してからぼやくように嘆いた。


「だってせっかくボーナスステージに突入したところなんだ。こんな機会を逃す手はないよ」


 ボーナスってなんだよ!! あたしかよ!?

 呆れた。もうつき合っておれんわ。

 そう思って無理やり抱擁をとこうとしたのだが――


「ねぇしずかちゃん、この間言ったこと覚えてる?」

「へ?」

「ほら、正体を打ち明けてきた日。自分の体を僕の好きなようにしたらいいって言ってきたよね?」

「え……あ……い、言ったかな?」(逸らし目)

「言ったよね!?」(迫真)

「言いましたっ」


 あたしが西園寺の剣幕に気圧されて返事をすると、西園寺はよくできましたとばかりに、目を細めてにっこりと頷いた。そして再び目を見開いて、


「あれ今でも有効?」


 と、とんでもないことを訊ねてきた。

 さすがにニブイあたしでもここでうなずいたりしたらヤバイことになるのはわかる。

 なんとかこの場を逃れる手立ては――そうだ!


「サイフの中に1000円入ってるからそれでカンベンしてよ」

「そんなはした金はいらないよ」

「むっ」


 なんだその言い草は。

 おいっ、はした金っていうけどさ、1000円はじゅうぶん大金だぞ! あたしはこれで残り2週間をやりくりせにゃならんというのに。くっそ、このボンボンめが。


「ほらまた別のことを考えてる。ちゃんと僕を見て。返事を聞かせてほしい」

「う……あの……だ、だってこんなの早すぎるよ」

「でももう待てないよ。キスしたい」

「キ、キスならさっきしてきたじゃん」

「あんなのでなくて、もっとちゃんとしたやつ。……ダメかい?」


 今度は先程と一転、伏し目がちに訴えてこられて、あたしはぐっと返事に詰まった。

 な、泣き落としは卑怯だぞ! そんな風に悲しそうな顔をされたら嫌だって言えなくなるじゃん。ああ見える。見えるぞ幻の垂れた耳と尻尾が。

 …………。

 ま、まあ、犬に噛まれたと思えばいいかな。うん。

 ええい、ままよ!

 脳内会議を終えて結論が出たあたしは、返事をする代わりにうなずいて、そっと目を閉じたのであった。



◆ ◆ ◆



 それからどれ程の時が流れたのかは定かでないけれど、ふと気がついたら太田さんがあたし達を冷めた目で見下ろしていた。うひいいいい。ちょ、いつの間に!

 あたしは即座にのしかかっていた西園寺を突き飛ばして両手をばたつかせた。


「ちちち違うんだあのこれはええと」


 否定しようとしても説得力のある言葉が思い浮かばない。

 羞恥のあまり穴があったら入りたいと頭を抱えていると、太田さんはそんなあたしをやはり冷めた目で一瞥してくるりと背を向けた。


「もう時間よ。お昼食べ逃したくなかったら教室に戻って来なさい」

「あああの無事に仲直りできたから!」

「見ればわかるわよ、リア充むかつく」


 吐き捨てるように言って先に外に出ていった。

 残ったあたしと西園寺はしばらく顔を見合わせてお互い照れあっていたけれど、どちらとともなく立ち上がった。いつまでもこうしてはいられない。

 あたしがスカートについた埃を払い落として服装を正すと、先に出入り口に立って待っていた西園寺が腕をのばしてきた。

 さも当然のように手を握ってきて、ぎょっとして慌てて振り払う。なーに調子にのってんだよ!


「も、もーダメ!」

「どうして?」

「どうしてって……手なんか繋いで戻ったらその……授業サボってイチャついていたことがバレちゃうじゃん」

「僕は気にしないよ」

「あたしは気にするのっ! とにかく人前ではベタベタしてこないで。そうだ、勘ぐられないように仲違いしたままの設定でいこうよ」


 あんたちゃんと冷たいキャラを演じてよ、とあたしが告げると、西園寺はみるみるしょぼくれた。


「そんな……せっかく想いが通じ合ったばかりなのにそんな酷なことできないよ。もっとベタベタイチャイチャしたい」

「もうじゅうぶんしたじゃん。とにかく今ので過去の借りは返したから、これで復讐の件はおしまいね。今後は気兼ねしないから」

「ええっ!? こんなことなら手加減なんてしなけりゃよかった!」


 西園寺が両手の指をワキワキさせながらわめいてきたので、あたしはその手を勢いよくはたいた。

 あんだけ好き勝手しておきながら何言ってんだ! もう知らないっ!

 あたしがツンと顔をそらして見るからに不機嫌になると、さすがにマズイと感じたのか西園寺はしゅんとして大人しくなった。

 しかし、こいつはめげなかった。すぐさまパッと顔を輝かせて今度はゴマをするように言い寄ってきたのだ。


「じゃあさ、空き時間にふたりでこっそりと会おうよ。それで思う存分イチャイチャしよう!」


 どうにもイチャイチャすることから離れられないらしい。

 あたしはもう呆れて、何言ってんだこのませガキ、と怒鳴りつけようとして――気がつけば「か、考えとく」と赤くなりながら口走っていた。

 なんてこったい。ああ、恋って人をバカにするのな。


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