そんなぁ
そしてあたしは3時限目の授業が終わると同時に、そのまま体育倉庫に直行した。
校庭の隅にこじんまりと建っているコンクリート造りの体育倉庫は、木々に囲まれていて校舎からはちょっとした死角になっている。忍び込むのはたやすかった。
薄暗い倉庫内を通気口となる小窓の光を頼りに奥に進んで、物影にちょこんと膝を抱えるようにして座り込む。しばらくすると目も暗闇に慣れてきた。
はたして本当に西園寺はやって来るのかと半信半疑で待っていると、ガラガラと引き戸が開いた。
来た!
はやる気持ちを抑えていそいそと入り口に駆け寄ると、そこに立っていたのは西園寺ではなく小柄な男子生徒だった。小学生と見間違うばかりの初々しさからいって、たぶん下級生。
ちっ。なんだよ、ハズレかよ。
「何の用?」
「あ、あの、ボールを取りに……」
「何のボール? いくつ?」
「あ、あの、バレボールをひとつ……」
「はいどうぞ」
あたしが籠の中からバレーボールをすくって差し出すと、男の子はおどおどと受け取る。
そしてキョドりながらお礼を述べてきたので、「感謝してんならしばらく近寄んな」と睨みをきかせて言ったら、そいつは「ヤンキー怖っ!」とつぶやいて逃げ出すように走り去っていった。
おいおい、ヤンキーってなんだよ。
うーん、もしかしたら暗がりでタバコでも吸ってんだと誤解されたのかもしれない。
ま、いいや。あの様子なら当分返しにこないだろうから返って好都合だ。
そう思いながら扉を閉めなおして待つこと数分。
……遅い。
遅い遅い遅いいいいぃ。
このままじゃあ予鈴のチャイムが鳴ってしまうぞ!!
もしかして太田さんの小細工は失敗してしまったんだろうか!?
なんだか不安になってきた……。
それで一回外に出て様子を見てみようかと悩み始めたところで、再び引き戸が開く音がした。
よっしゃ!
でもまた違ったら嫌なので、まずは確認だ。
ボール籠の陰からそっと目を凝らしてみると、中に入ってきたのは、今度こそ西園寺だった。
来た来た、よかった、太田さんの作戦は成功したんだ。
あたしはそのまま息を潜めて西園寺がこちらに近づいてくるのを待った。……ウズウズしながら。
こんな時になんだけど、昔の血が騒いじゃったんだよね。すなわち驚かしてみたくなっちゃったのだ。
それでこちらに近づいてくるタイミングを見計らって勢いよく飛び出してみたら、不意打ちくらった西園寺は本当に驚いたようで、突進してきたあたしの体重を支えきれずふたりで転がってしまった。
なかなか派手な音がして、あたしはもう真っ青!
やべぇ、また余計なことをしてしまった……。
「大丈夫!?」
「いてて……うん、平気だよ。そっちは?」
「あたしはあんたが庇ってくれたから全然だよ。本当にごめんね」
「そんなことよりそこを退いて」
はっと気づくと、あたしは倒れている西園寺の上に馬乗りになっていた。ぎゃあっ!
慌てて飛び退こうとして――すぐさま考え直した。
待てよ、これって好都合じゃないか!?
そう思って逆にへばりついた。
「な、何をするんだ!」
「逃げないって約束してくれるなら退いてあげるよ。あんたいつもするすると逃げていっちゃうじゃん」
見下ろしながら言うと、西園寺は顔をそらした。
西園寺の耳があたしの目の前にあらわれて思わず息を吹きかけたくなったけど、さすがに今度は我慢する。
「……わかったから、退いてくれ」
よし、言質はとったぞ。
身を起こして締め付けから解放してあげると、西園寺は憮然と立ち上がって服についた埃をはらう。
かなり怒っているようだった。
あたしにかけてくる声もとげとげしい。
「こんなことをして一体何のつもりなんだ」
「驚かしたのは悪かったよ」
「違う。教科書全部持っていっただろう」
「へ?」
何それ。
不思議に思って訊ねてみると、どうも移動教室での授業が終わって教室に戻ってみたら、机の中身が空っぽになっていたらしい。
『返してほしかったらぁ すぐさま体育倉庫になう☆ 早くしなぃと焼ぃちゃうよ→ ワラ』
手渡された魔法少女柄のメモ用紙を見て、あたしは頭がくらくらした。
お、太田さん、あんたってやつは……。
その時であった。
開け放されていた引き戸が突然ガラガラと勢いよく閉まり、次いで鍵をかける音がしたのだ。
わっ、何すんだ!
慌てて入り口に駆け寄って引き戸を引いてみたがビクともしない。
そして扉の向こう側から太田さんらしき声がした。
「ふたりとも具合が悪くなって保健室で寝てるって先生には伝えておくから、一時間たっぷり話し合ってきなさい。その間に持ち物は返しておくわ。じゃあね」
太田さんは一方的にしゃべって返事も聞かずに去っていく。
遠ざかる足音を聞きながら、あたしは振り返って西園寺に告げた。
「と、言うことみたい」
すると西園寺は、あたしに扉の前から退くように促してきた。
そうだった、こいつは鍵を開けるのが得意だったんだっけ。
あたしはすかさず扉の取っ手の部分を背中で隠した。
「ダ、ダメ。まだ話し合いは終わってない!!」
「君と話し合うことなんて何もないよ。昔のことならもう水に流すから」
「そんなこと言って、あたしの前から去るつもりでしょう。なっちゃんから聞いたよ、また転校するかもしれないって」
「だったらどうするつもりなんだ。君には関係ない」
「関係あるよっ!!」
力強く否定してから慌てて付け足した。
「だってあんたと友達でいたいもん……」
ぼそぼそと述べると西園寺は天を仰いだ。
「ハッ、カンベンしてくれ。君と友達ごっこはできない」
「そんな……ねぇ、どうしたら許してくれるの!? 謝って済むなら何度でも謝るから。あんたには悪いことをしたって反省してる」
「もうそういう問題ではないんだ。僕は君から放れたい」
グサリときた。
冷たい言葉が心に突き刺さって泣きたくなったけど、ここで引くわけにはいかない。
あたしは気力を奮い起こして必死に言い募る。
「で、でもみんなはまだあたしのことが好きなはずだって言うよ。昨日だって気絶してる間に手を握って呼びかけてくれていたんでしょ!? ――ねぇ、本当のことを教えて。本当のあんたの気持ち――」
「嫌いだよ」