小さな親切だ
悩んだ挙句、あたしは太田さんの協力を仰ぐことにした。
彼女には散々な目に遭わされたので正直これだけはしたくなかったんだけど、もう手段を選んでいる場合じゃないと思ったのだ。
西園寺のことだからな、思い立ったらサッと話をつけてとっとといなくなりそうな気がするんだよ。そうなる前になんとしてでも決着をつけねばならなかった。
そんなワケであくる日の木曜日の朝、太田さんに事をしたためた手紙を渡して、次の休み時間に彼女を人目につきにくい非常階段に呼びつけた。
手紙で事情を知った太田さんは、あたしの苦悩をよそにアッサリとしたもんだった。
「ふぅん、いざこざの果てに西園寺君がまた転校しそうなんで、その前にきちんと話し合いたいってわけね」
「そうなんだ。今朝も思い切り避けられちゃってさ。自宅番号なら知ってるから電話っていう手もあるけどガチャ切りくらったら嫌だし。それになるべくなら直接話し合いたいんだ。何かいいアイディアがあったら教えて欲しい」
「そんなことで悩んでいたの? 呼びだすぐらい簡単なことじゃない」
「簡単って……でもあいつ取り巻きいっぱいで、取り付く島もないよ!?」
あたしは思わず顔をしかめた。
さすがになっちゃんは遠慮して手を引いてくれているけど、なっちゃん以外にも西園寺を狙っている女子はいるのだ。
というか他の子にもけん制しまくっていたらしい、なっちゃんのバリアーが外れた今日はいつもより群がっておった。とてもじゃないがふたりでゆっくり話せる機会などない。
しかし、太田さんには秘策があるらしかった。階段の手すりに背中を預けながら余裕の表情で言う。
「ま、私に任せてちょうだい。3時間目に移動教室があるからその後がいいわね。鈴木さん、次の授業が終了したら貴女は急いで体育倉庫に向かって潜んでいなさい。私が後から西園寺君を連れていくから」
「本当!?」
「ええ。バッグと靴の分はちゃんと働くわ。それに西園寺君に転校されたりしたら私だって困るもの。――ねぇ、鈴木さん」
そこで唐突に態度を豹変させた太田さんはみるみる般若の顔つきになって、
「ちょっと、今朝は一体どういうつもりなのよ! どうして東君と仲睦まじくしてるわけ!?」
ともの凄い勢いで詰め寄ってきた。うへぁ。
雲行きが怪しくなってきたのでこりゃヤバイとあたしは慌てて否定する。
「あ、あれは実行委員として気にかけてくれただけだよ。あたしが落ち込んでいたから……」
そうなのだ。
昨日のなっちゃんとのバトルはそれなりに知れ渡ってしまったようで、“魔闘家鈴木”とも呼ばれるようになってしまったのだ。
朝、教室の扉を開けたら、「魔闘家鈴木様のおでましだぞ!」と男子から囃し立てられた時の衝撃は忘れられない。
ショックを受けながら球技大会を休むと告げても責められなかったのはよかったが、好奇心旺盛なやつらが事の詳細をしつこく聞き出そうとしてきて往生こいた。
我関せずを貫いてる西園寺を横目にあたしは教室の壁際まで追い立てられ、しどろもどろしていたら、さりげなく話題をそらして助け舟をだしてくれたのがヒガシだった。
ヒガシはあたしの頭をとても気づかってくれて(これ以上バカになったら大変だから、とムカツクことも言ってたが)明日の球技大会であたしが負い目を感じないようにと応援係に任命してきたのだ。
「俺の予備の学ランを貸してやるからそれ着て盛り上げろ。な?」
という訳でトントン拍子に話は流れて、明日はヒガシの学ランを着て応援してまわることが決定しました。
だけど、それが太田さんにとって超絶不満らしい。
「鈴木さんばかり優しくしてもらってずるい。私だって東君の学ラン着たかったわ。ジャージならこっそり試着したことあるけど、学ランはまだなのよ。ねぇ、後でにおいをかかせてちょうだい」
こいつも変態だ。
あたしの周りってなんでこうぶっ飛んだ変り種ばかりなんだろうな。類は友を呼ぶってやつか!?
まぁ、においを嗅ぐぐらいなら構わんだろうと曖昧にうなずく。
この際だから、香りをより引き立てるために脱ぎたての靴下も借りてポケットに忍ばせておこうかな。明日は喜ぶといいよ、サービスしとくから。
さてと、これ以上しゃべってても意味がなさそうだしそろそろ話を切り上げてもいいだろう。のんびりしてるとまた授業に遅れてしまう。
「じゃあそういうことで、西園寺の件、よろしくね」
パチンと手を合せて拝むようにお願いして立ち去ろうとしたところで、尚も恨みがましい目つきをした太田さんが、あたしに念のこもった声を投げかけてきた。
「言っておくけど、東君はうちのクラスの子にもかなりの人気があるんだからねっ。そうやって調子に乗ってると反感買うわよ。鈴木さんはおとなしく西園寺君だけにしておきなさい」
「そんなんじゃないのに……。そういえば西園寺ってさ、うちのクラスの女子から見事にスルーされてるよね」
ふと気づいたが、あいつに群がっている女子は他のクラスの子や下級生ばかりだ。
いくら性格がぶっ飛んでようがひとりふたりぐらいは言い寄るクラスメイトが現れてもおかしくないだろうに、なんでだろうな?
謎の空洞化現象に首をかしげていると、太田さんは、ああ、と相づちをうって、
「あの人は鈴木さん専用だから。あんなことを耳にしたら誰も狙おうだなんて思わなくなるわよ」
と外の景色を眺めながら意味深につぶやいた。
ナニソレ、と訊ねてみたが、太田さんはもう何も言わなかった。




