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またかよ

 それから太田さんからのしつこい追及をのらりくらりとかわしているうちに放課後がおとずれた。

 いつもどおりの決まった進行のホームルームが終わると同時に、机やイスを引く音がいっせいに響き渡る。

 ざわめきのなか西園寺がすかさず席を立って教室から出ていくのを視界の隅でとらえたが、当分近寄らないと決めたので、今日のところはそのまま見送った。

 ちなみに太田さんが『追え』といったメモを飛ばしてきたが、知らんぷりした。勝手なヤツだ。


 さてと。とくにすることもないし、今日も校庭の隅っこでシュートの練習をちょっくらしてから帰ろうかな。

 そう思いながらのんびりと帰り支度を済ませてひとりで昇降口を出たところで、ふいに殺気を感じて反射的に飛びずさった。すると今あたしが立っていた地点に、ドカッと金属バットがめりこんだ。Why?


 なっ、なんだこれあぶねー!!!


 すんでのところで避けたけど、今の下手すりゃ死んでんぞ。

 あたしを殺す気かと金属バットの持ち主に怒鳴りつけようとして――、「ひっ」と息を呑んだ。

 そこには、目ぇギラギラさせたなっちゃんが、金属バットを握りしめて仁王立ちしていたのである。

 その姿を見て瞬時に悟った。なっちゃんは――殺る気だ!!

 来る!

 予想通り2度目の攻撃を繰り出してきたので、再び地面を強く蹴って飛び退く。そのまま後ろに下がって距離をとってから、なっちゃんに向かって叫んだ。


「何とち狂ってんだよ。あんたクスリでもやってんの!?」

「わたしは正気です。“魔性の女”と呼ばれていることにピンとこなかったけど、なるほど、その姿で西園寺センパイを誘惑していたんですね。ずいぶんと印象が違う」

「は!? なんか変な誤解してるようだけど、この格好はそんなんじゃないから。これには理由があって――」

「言い訳なんか聞きたくありません! 西園寺センパイ、今日もめそめそしていたんですよ。そんな格好してたらきっと男子がほっとかないだろうって。本当にしゃらくさい!」

「そのことなんだけどさ、あたしを安心させる言葉を口先にのせてない? あいつ、あたしの前ではいつでも仏頂面でそっけないんだけど」

「冗談でこんなこと言いますかッ! 普段はとてもカッコ良くて素敵な人なのに、鈴木センパイのことが関わるととたんに残念になる……男を狂わす魔性の女鈴木、わたしは貴方が許せない。痛い目に遭いたくなかったら、二度と西園寺センパイの前に姿を現さないでください!!」


 なっちゃんが3度目のバットを振り上げて突進してきたので、今度はそれをカバンで受け止める。その瞬間、腕にジーンと激しい痺れが走った。

 おいおい、こんなのまともにくらったらひとたまりもねーぞ!

 ヤバイと思ってすかさず後方に退いた。今度は先程よりも間合いをとってから声を張り上げた。


「バカ言ってんじゃないよ! だいたい同じクラスなのに顔を合わさないなんて不可能だし!」

「なら覆面で登校してください。それで手打ちにします!」

「やなこった。つーかこんな物騒なことしてタダで済むと思ってんの!? もしあたしに何かあったりしたら、なっちゃんはブタ箱行きだよ!!」


 あたしの脅しに、なっちゃんはフッと鼻で笑った。


「大丈夫です。ちゃんと死なない程度に手加減はしますし、万が一のことがあっても、わたしはまだ12歳だから保護観察処分で終わるはず。名づけて“若さでアタック大作戦”です!!」


 物騒なくせに爽やかな作戦名つけてんじゃねーよ!

 なんだこのガキ。人生ナメきっててムカついてきた。

 あたしは金属バットの恐怖も忘れて、なっちゃんを叱り飛ばす。


「いい加減にしろ!! 仮におとがめなしですんでも人を傷つけたという過去は一生消えないよ。そしてそれが(おり)となってジワジワと心を蝕んでいくんだ。……あたしのように。あたしは昔いじめっこで、今その仕打ちが自分に跳ね返ってきてすごく苦労している。悪いことをしたらどこかでしっぺ返しがくるんだよ。あんたも同じ目に遭いたいのッ!?」


 なっちゃんの動きが止まった。あたしは更に言う。


「人生の先輩として忠告しておくよ。馬鹿なことはやめて即刻武器を捨てな。そして――あたしに殴られな」


 するとなっちゃんは再び金属バットを構え直した。


「嫌です。なんでわたしが殴られないといけないんですか!!」

「くそガキには鉄槌が必要だからだよ。腹パン2発で許してやるからおとなしく腹ぁだしな」

「嫌です! だいたいわたしは怒ってるんですからっ!」


 ふたりで押し問答をしていると、いつの間にかあたしたちの様子を遠巻きにうかがってる通行人が増えてきて、焦りがでる。

 むぅ、まずいな。とっととカタをつけないと、この調子では先生がやって来るのも時間の問題だ。

 そう思ってあたしは昔アニメでみた究極奥義のポーズをとってみた。こういうのは、ハッタリが大事だ。

 するとなっちゃんが眉をひそめて「バカっぽい」と呟いて、あたしの怒りは最高潮に達した。

 むかつくむかつくーっっ! もう許さない!!


「武器を捨てないなら、こちらだって全力でいかせてもらうからな!!」

「望むところです。打ち返してやりますから!!」


 あたしの最終通告(全力宣言)に、なっちゃんがブンブンと金属バットを数回振ってみせて応える。

 ……ふむ。どうやら痛い目に遭わないと理解できないようだな。この調子こいてる小娘に目にものみせてくれるわッッ!

 あたしはカバンを盾にして、なっちゃんに飛びかかった。とうっ!


「覚悟おおお――――!!!」


 自分で言うのもなんだけど、すごい跳躍力。あたしの並はずれたジャンプになっちゃんが「ウソでしょぉ!?」と目を丸くする。

 フッ、そうだろうそうだろう、陸上部で超期待の星ともてはやされていた事もあったんだぜ。……ま、2か月で辞めちゃったんだけどね。

 なーんて勝利を確信しててどこか油断があったんだと思う。あたしはうっかりしていたんだ。

 なっちゃんもまた見るからにスポーツ少女で、そして外見を裏切らない能力の持ち主だったことを。

 ボーゼンとかたまっていたなっちゃんは、途中でハッと我に返って、素早く身をよじりやがったのである。


 そうしてなっちゃんを吹っ飛ばすつもりだったあたしは空をつかまされて――、勢い余って壁に激突した。

 ああまたこのパターンかよと目に星を飛ばしつつ、遠くのほうで西園寺の叫び声がしたような気がした。


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