叱られちゃったじゃねーか!
おかしい。
奥野さんやなっちゃんが語る西園寺と、目の前の憮然とした様子で席に座っている西園寺とじゃあ全然様子が違うんだけどっ! 一体どちらが正しいんだ!?
先ほどまでの意気揚々としてた気持ちが急速にしぼんでくのを感じながらも、あたしは意を決して西園寺に声をかけてみた。挨拶する機会を逃す手はない。
「あ…あの……おはよう」
「その格好」
「ああ、これ?」
じっと視線を注がれて、あたしは肩にかかる髪をつまんでみせた。
今朝はもう二度とすることはないだろうと思っていた変装をしているのだ。それもこれも全部菊池のせい。
昨日は思わず冊子を渡してしまったけれど、あの後帰宅してからそういえばと思い出してのたうちまわるハメになってしまったのだ。
あいつの中でのあたしはきっと、変態で決定付けられたに違いないからな。
妙な誤解をされてしまった以上、二度と話しかけられるワケにはいかないと対策を施したのであった。
そのことをどうやって説明しようかと思い巡らせていると、西園寺が眉間にシワをよせて冷たい言葉を浴びせてきた。
「似合わないよ全然。無理して装っても滑稽なだけだ」
「わ、わかってるよ」
「ならいいけど、学生の本分は学業なんだから浮つくのも程ほどにして少しは勉強したらどうだ。それだから赤点ばかりなんだよ」
「――ッ! 言われなくたってわかってるよ。バカで悪かったな!」
あたしは地面を踏み鳴らしながら自分の席に戻った。
やっぱり冷たい。どう考えたってあの子たちの言う西園寺に、目の前の人物は当てはまらない。きっと気休めをかけてくれていたんだ……。
机に突っ伏してると、肩を不意にポンとたたかれた。
むっ。こんな時に誰だよ。
イライラしながら確認すると、ヒガシだった。
あたしを見下ろしながらヒガシが言う。
「後でちょっと時間とれるか? 渡したい物があるんだ」
「ふえ。誕プレならもう沢山もらったからいらないよ」
「そんなんじゃなくて、菊池経由で俺のところに渡ってきた物なんだが」
あれか!
「ちょ、ちょっとこっちに来て!」
慌てて廊下に促した。ふたりで教室から出ていく際に太田さんからもの凄い形相で睨まれたけれど、そんなこと構っている余裕はないのでガン無視する。
つーか、お前のせいでこんな事態に陥ったんだから睨みつけられても困るってば。もうっ。
廊下は朝のひんやりとした静寂に包まれていたが、ドアを閉めても教室の中での話し声がぼそぼそと漏れ聞こえていた。時折、押し殺したような笑い声も響いてくる。
あたしは念には念をいれて、小声でヒガシに話しかけた。
「まず最初に言っておくけど、あの本は断じてあたしの趣味ではないからね。それで菊池のヤツなんて言ってたの?」
「いや……『シズニーがそっちの趣味の持ち主だったからオレが愛の力で更正させる!』などとぬかしていた」
「そう。心配されなくてもエクスカリバーなんて興味ないわボケェ、って伝えておいて」
「エクス……」
「あんたも勘違いしないでよ。あれは人から押し付けられたものであたしは大迷惑してたんだから! もうあの本は捨てておいて」
「わかったわかった。……それで今日はその格好なんだな」
ヒガシがじろじろとあたしを眺める。おそらく変装のことを言いたいのだろう。
あたしはうなずいた。
「うん。面倒だけど、もう西園寺の守りが解けちゃったし自衛しなきゃと思って」
魔除けの役割をはたしていた西園寺からそっぽを向かれた今になってお騒がせ菊池と遭遇するなんて、相当ついてない。当分は教室に篭っておとなしくしとかないと……。
これで西園寺を追いかけることが難しくなったけど、まあしばらく冷却期間をとるのもいいだろう。一向に怒りが解けずにこちらとしても煮詰まってきてるところだったしな。
それにしても。
「なんなの菊池のヤツは。タケノコみたいににょっきり伸びてさ、見た目変わりすぎじゃない!?」
あたしが苦々しく思いながら同意を求めると、今度はヒガシが、ああ、と頷いた。
「尻を守るためにウエイトトレーニングを始めたらああなったらしい。周囲はおったまげてたが、俺はお前という前例を知っているからさほど驚くことはなかったかな」
「ぐ……」
あたしも特異体質だと指摘されて反論できなかった。たしかに伸び盛りに全く伸びないのはちょっと変かもしれない。
でも呪いは解けたはずだし。肉だってついた。
「あたしだってこれから少しずつ成長していくはずだよ。まぁみてな、そのうちにトーテムポールになってみせるから」
「そこまで伸びる必要はないだろ。さてと、ぼつぼつ教室に戻ろう。いい加減、橋本がやって来るぞ」
「あ、そうだね」
つい話し込んでしまったが、そろそろいつ橋本ちゃんがいつ教室にやって来てもおかしくない頃合いだ。その上あまり長いことふたりきりでいると何事かと勘繰られそうでもある。とっとと教室に戻って席につかないと。
「ごめん。朝の忙しい時に時間とらせちゃったね」
あたしが軽く謝ると、戸に手をかけたヒガシが振り返った。
「いいよ別に。それより髪伸ばしたらどうだ。長いほうが似合うぞ」
「そう? そうしようかな、菊池のやつがウザイしカツラだと蒸れるんだよね」
「そうしろよ。それと――」
にやりと意味深長な笑いを見せて、おもむろにつけ加えてきた。
「俺はまだ諦めていないぞ」
「は?」
不意打ちに囁かれてあたしが目を丸くして固まっていると、ビカシはさっさと教室に入って行ってしまう。
お、おおお前まで何恥ずかしいこと言い出してんだ!
残されたあたしは、背後から忍び寄ってきた担任の橋本ちゃんに肩を叩かれるまで、その場で赤くなったり青くなったりしていたのであった。




