ぐーたらしてたら結局いつもどおりで終わった
西園寺も気づいたらしく、驚いた顔でこちらを見たけど、すぐさま視線を逸らして肩を並べて歩いている女子生徒に話しかける。
話かけられた女子生徒は、下級生だろうか。ショートヘアでいかにも活発そうな雰囲気の女の子であった。ちょっと前までのあたしみたいに無駄な肉は一切ついてませんってカンジ。
その子はハキハキと受け答えをして、楽しそうな声が廊下に響き渡った。
とてもじゃないけど助けを求めれるような、そんな雰囲気ではなくて、ふたりがあたし達を横切って通り過ぎていく姿をぼんやりと見送った。
あたしがぱちぱちと目をしばたたかせていると、あたしの背後で丸まるようにして隠れていた菊池がそろりと出てきて安堵の息をつく。
「はーあぶなかった。オレあのホモに狙われてるんだよね、美少年って辛いよ。しっかしなんでまた同じ学校かなぁ。これじゃおちおち廊下も歩けやしないじゃないか。……ってシズニーどうしたの!?」
あたしの様子がおかしいと感じたのか、菊池が訝しげに声をかけてくる。
返事をするのも億劫になって、「べつに」と短く答えた。
ああなんかもう、どうでもよくなってきた――
再び菊池が冊子を見せてとねだってきたので、今度はすんなりとそれを渡した。
「いいやもう。これあんたにあげる」
「マジで!? ヒャッハー、ありがとー☆」
意気揚々と冊子を受け取った菊池がパラパラとページをめくって石化したのを見届けてから、あたしはそっとその場を離れた。
◆ ◆ ◆
それからぼーっと過ごして気がついたら放課後になっていた。
あたしのゆううつな気分に伝染したかのように空はどんよりと曇で覆われ小雨までぱらつき始めていたので、今日は居残り練習などしないでまっすぐ家に帰ることにする。
逃げるようにそそくさと教室を出て昇降口にて折りたたみ傘を広げていたところで、ふいに呼び声がかかった。
「鈴木センパイ、ちょっといいですか?」
振り返ってみると、そこにはショートカットの女子生徒が立っていた。
この子どこかで見たことあるかも、とちょっとの間考えて、昼間に西園寺と廊下を歩いていた子なことに気づく。なんだよ。
「なにか用? 急いでるんで手短かにね」
べつになんの予定も入ってなかったがそれはそれ。ろくに知りもしない子と長話なんてしたくなかったのでツンとすまして答える。
するとその子は、「西園寺センパイのことで話があるんです」と告げてきた。
え、なんであたしに西園寺のことを訊いてくるわけ!?
目をぱちくりさせてると、その子は周囲を見まわして――聞き耳をたてる者がいないことを確認したのだろう――遠慮のない態度を示してきた。
「わたし、一年生で野球部マネージャーの安藤 奈津美といいます。率直に言わせてもらいます。鈴木センパイはおいくつですか?」
「へ? 14だけど」
「そうですか。わたしは3月27日の早生まれなんで、12歳になってからまだそれ程経ってないんです」
「はぁ……」
「まだ若いんです。で、鈴木センパイはいくつでしたっけ?」
「…………」
も、もしやこの子、あたしを年増だと言いたいんだろうかッ!?
まさかこの歳で年増扱いされるとは思ってもいなかったのでショックを受けていると、その子は更にまくしたててきた。
「それで人生の遥か先をいく鈴木センパイにお願いがあるんです。西園寺センパイから手を引いてください」
「はい? 言ってる意味がわからないんだけど」
「言葉どおりです。最近、嫌がっている西園寺センパイの周辺をうろちょろしていますよね? あれ迷惑なんですよ」
「なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないのさ。そりゃたしかに今ちょっと嫌われてるけど、あんたに何か言われる筋合いはないよ」
「あんたじゃなくて、なっちゃんと呼んでください。わたし、知ってるんですよ。鈴木センパイって“魔性の女”って影で呼ばれていて西園寺センパイを骨抜きにして弄んでいたんでしょ? 酷い人です」
「……西園寺のやつ、そんな風に言ってたんだ」
「いえ、自分で調べたんです。西園寺センパイは何も言ってませんよ。そんな状態じゃないんです。さっきだって、鈴木センパイと鉢合わせした後に突然泣き出しちゃって、なだめるのが大変だったんですから」
「はいィ!?」
あたしはビックリして思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
な、なんであいつが泣き出すんだよ。泣きたいのはこっちの方だよ、と苦々しく思っていると、安藤奈津美ことなっちゃんは悔しげに顔を歪めた。
「それで泣きながら鈴木センパイのことがまだ好きだから、他の男子にとられそうなのを見てるのが辛いって言うんですよ」
「え、それマジ!?」
「マジです。だから本当にもうそっとしておいてあげて下さい。今、彼は鈴木センパイのことを忘れようと必死で、わたしはそこに付け入るつもりなんですから……って、ちゃんと人の話聞いてます?」
もちろん聞いてるよ。うわの空だけどな。
ふむふむ。そっか、それじゃもう少ししつこく当たってみるか。
「わかった。これからもめげずに声がけしてみる」
「はぁ!? ちょっと、本当に人の話を聞いてましたか!?」
「ばっちりだよ。なっちゃんのおかげで元気でたよサンキュー」
そうと決まればこんなところで油を売ってる暇はない。
早く家に帰って明日に備えようっと。
なっちゃんが何やら叫んでいるような気がしたが、あたしは構わず傘を差して、雨の中を疾風のごとく駆け出した。




