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タイミング悪すぎ

 あたしはモーレツに焦っていた。

 原因は、先ほど太田が残していったいかがわしい本だ。

 人からこんなマンガを読んでると思われたらそれは破滅を意味する。

 なんとか誰にも見られずに教室に戻ってカバンの奥底に封印しないと――いやいや、抜き打ち検査なんかが行われたら最悪だ。

 このまま焼却炉に持っていって処分するべきかもしれない。

 うん。そうだ、そうしよう!

 そうと決めたあたしは焼却炉を目指して脇目もふらずに廊下をひた走った。


(早く…早くこいつを手放さないとあたしの全てが終わってしまう……!)


 後から考えたら愚かなんだけど、この時のあたしは必死だった。

 途中ですれ違った担任の橋本ちゃんの制止の声も振り切って、いくつかの角を曲がったところで、向こう側から歩いてきた生徒と出会いがしらにぶつかってしまったのだ。

 はずみで床に転がってしまい、しこたま尻を打ちつけて己の失敗を悟った。


「いてててて。……ハッ、本!!」


 慌てて落ちた冊子を手にとって胸に抱き寄せるのと、ぶつかった相手が起き上がるのが同時だった。

 相手の男子生徒はあたしの顔を見ると、驚いたように目を見開いた。


(あれ……この愛嬌ある顔、どこかで見たことあるかも……)


 なんて既視感を感じて記憶を呼び起こしていると、突然その男子生徒があたしに向かって飛びついてきたのである。

 ひいっ。なんだよこいつチカン!?


「ちょっと何すんだよ離せバカ!」

「オレだよオレオレ。き・く・ち。会いたかったんだよっ!」

「はあああああッ!?」


 思わず絶叫してしまった。

 だって、目の前の男子生徒は見上げる程に背丈があるし、体つきもしっかりしている。

 あたしと同等程度の身長でひょろりとしていた記憶の中の菊池とは、似ても似つかないのだ。

 顔だけはそれなりに面影があるが、兄だと言われるのが一番しっくりくるまでの変わりようであった。


「なんでそんなに急にデカくなってんの!?」

「え。だって成長期だもん」


 成長期ってレベルじゃねーぞ。

 たしか最後に会ってからまだ半月も経っていないはずである。

 こいつの人体構造は一体どうなってんだ、と目を瞠りながらまじまじと眺めてると、抱擁を解いた菊池がにこりと破顔した。


「でも生きててよかった。ともっちから、シズニーは翌日容態が急変して死んだって聞かされてたんだよ」

「ぶはっ。ヒガシのやつそんなこと言ってたんだ!?」

「うん。それでショックからくるストレスで胃が荒れちゃってさ、皮膚科にいったんだ。そしたら『内側は診れません』って断られちゃった。外側の肌荒れしかダメなんだって」

「…………」


 あ、でもガスターはもらえたし、待ち時間も少なくて穴場だったと得意げに話す菊池。

 ダメだこいつ早くなんとかしないと。

 早くもげんなりしてこめかみを押さえていたら、菊池は尚もしゃべり続ける。


「オレだけじゃなくて、シズニーも少し見ない間にまたずいぶんと変わったよね。さすが成長期」

「は? べつにあたしは伸びてないけど……いやだそんなに太った!?」

「というかムチムチしててえろい体つきになった。まな板だったシズニーにささやかながらも胸が出現しててびっくりしたよ。触ってもいい?」

「ちょっ、変なこと言い出すのやめてよね!!」


 お前は中年セクハラオヤジかよっ!

 だから嫌なんだ。デリカシーのない男ってほんと嫌。

 あたしはまなじりをつり上げて菊池を罵った。


「このヘンタイ!」

「よく言われる」

「スケベ!」

「それもよく言われる」

「ふざけんな!」

「しょっちゅう言われる」

「…………」


 満面の笑みでうなずき返してくる菊池に対して、早々に白旗を上げることにした。

 たぶんどんだけ罵ってもご褒美にしかならない人種だ、こいつは。

 もういいや、とにかく逃げることにしよう。

 あたしは立ち上がってじりじりと後ずさりしながら、菊池に別れを告げる。


「じゃあそういうことで。もう行くね」

「えっ、ちょっと待ってよ。せっかく感動の再開を果たしたばかりなのに。せめてクラスと学年を教えてくれないと解放できないよ」

「名乗るほどでもないでござる」

「カッコつけてないで教えてよ。ところでその手に持ってるのはマンガ?」


 うげっ。気づかれた。

 ぎくりと身をすくめてから慌てて背中に隠したがもう遅い、菊池の目はあたしが持っているいまいましい冊子に釘づけだ。

 案の定、見せてとねだってきやがった。却下だ却下。


「これは駄目。諦めて」

「えーっ! ちょっとぐらいいいじゃん」

「ムリムリ! 元の持ち主から他の人に見せないでって言われてるから」

「そんなこと言われたら余計に見たくなるよ」

「だからダメだって――ぎゃあっ、ドサクサにまぎれて変なところ触るな!!」


 菊池があたしの背中に覆いかぶさるように抱きついてきたので、蹴り飛ばしてやろうかと考えていると、それまで上機嫌だった菊池がとつじょ青ざめて震え始めた。


「アッ…アッ……」

「どうしたの?」

「ウホッ!」

「ウホ?」


 お前はゴリラにでもなったのかと問おうとして――あたしは息を呑んだ。

 前方から、西園寺が女子生徒と連れ立ってこちらに歩いて来るのが見えたのである。


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