あたしで在庫処分するな
そういえば太田さんとのやり取りも中途半端なまま終わってるよなぁ、と思って翌日彼女を階段脇の片隅に連れこんだ。
あたしに引きずられるようにして連れて来られた太田さんは、はじめ毛を逆立てた野良猫のように警戒心もあらわだったんだけど、覇気のないあたしの様子をみて気が削がれたみたい。
やや鼻白んだ声で太田さんは訊いてきた。
「こんな所に連れてきて一体何なのよ。あの女がチラついてる貴女とは、もう関わるつもりないんだけど」
「べつにどうこうするつもりはないから安心しな。あんた靴のサイズはいくつよ」
「…………23センチだけど、それがどうしたっていうの?」
「よし、いけるな。これあげる」
あたしは持っていた紙袋を、太田さんに向かって突き出した。
紙袋に入っているのは、パパからプレゼントされた例のいまいましい魔法少女グッズだ。
中身を確認した太田さんは、驚いた様子で顔を上げると、こちらをくいいるように見つめてきた。
「これ、どうしたの!?」
「誕生日に貰ったんだけど、あたしの趣味には合わないから、あんたにあげるよ。好きだったでしょ、これ」
「欲しかったのよ。こんなにいい物を貰っていいの!?」
「どうぞどうぞ。あたしには必要ないし」
ほんとはハンドバッグの方はマミさん引きちぎって使う予定だったけど、気が変わった。
このバッグを見る度に家出した夜のことを――西園寺とのことが過ぎって辛いのだ。
モヤモヤしながら使うよりかは欲しい人にあげたほうがいい。有効活用ってやつだ。
渡すもん渡したので、とっとと退散しようと踵を返したら、「待って!」と制止の声がかかった。
振り返ると、太田さんはかなり戸惑っているように見えた。
「あれだけ痛めつけたのにどうしてこんな……。私ね、鈴木さんのことを悪い魔女だと思ってた。でも、もしかしたら善い魔女なのかもしれない……」
そう言って太田さんはひとりごちた。
あたしは魔女ってなんだよ魔女って、と激しくツッコミを入れたかったんだけど、また太田劇場が始まったら困るのでぐっと堪える。しょーもない長話なんて聞きたくないからね。
あたしが黙っていると、太田さんが更に言葉を重ねてきた。
「いいわ、協力してあげる」
「は?」
「西園寺君の件よ。焚きつけたのは私なんだけど、苦戦してるでしょ。仲直りするのを手伝ってあげる」
「いいよ、べつに」
「何言ってるのよ。私の小細工の腕は確かなんだから! 貴女だって身をもって知ってるでしょ? 少しは私を信用しなさいよ」
だから信用できないんだよ。
しかしそれを言ったらまたケンカになること請け合いなので、別の言葉に置き換えた。
「気持ちだけもらっておくよ。この件は自分ひとりの力で解決したいんだ。正直しんどいけど、これはケジメでもあるから……」
「そう? なら気が変わったら私の元にいらっしゃい」
「うん。そうする」
(行くことはないだろう)
「そうだわ。これじゃ気が納まらないからちょっと待ってて。お返しをあげる」
そう言って太田さんは、あたしが渡した紙袋を大事そうに抱えながら乙女ダッシュで去っていく。
言われたと通りにおとなしく待っていると、暫くして再び舞い戻ってきた太田さんが持ってきた冊子を渡してきた。
「どうぞ。春コミ新刊よ。他の人には見せないでね」
「え……何これマンガ!? けどそれにしては薄い……」
受け取った冊子を何気なくパラパラとめくるうちに、あたしは次第に硬直していった。
はじめはまた少女マンガの類だと思って読んでたんだけど、よく見ると女のほうに胸がない。なんと男の子だった。
しかも、内容がとてつもなくエロいのだ!
「ななななにこれなんでホモッ!?」
「ボーイズラブと言ってちょうだい。女の子から人気があるジャンルなのよ」
「ちょっと! 中学生がこんないかがわしい本買ってちゃダメだって!!!」
「買ったんじゃないわよ。描いたのよ」
なお悪いっつーの。
しかしまぁようこんなもの描くわ。女みたいな男の子がオークションに賭けられていて、それを助け出した青年と2人でイチャイチャするという内容のマンガだが、明らかに18禁の代物であった。青年の股間が不自然に輝きだして、僕のエクスカリバーとか言い出すのだ。とんでもない。
あたしは慌てて太田さんに冊子を突っ返した。
「こんなのいらない。返す」
「何言ってるのよ。これゲストが豪華だしそのうちにプレミアがつくかもしれないわよ。貰っておきなさいよ」
「それでもいらない。返す」
「刷り過ぎて在庫余ってるのよ。受け取りなさいよ」
「だからいらないって。返す」
「そういえば私、鈴木さんのことを見くびっていたかもしれない。西園寺君の件で見直したわ。その……こないだは悪かったわね」
「もしもーし。ねぇ、あたしの話聞いてる?」
太田は頑として返品を受け付けなかった。
そして言いたいことだけ言ってスッキリしたのか、あたしの呼び止める声を晴れやかな顔で無視して立ち去っていく。
後にはあたしと、この冊子が残った。
ちょちょちょっとおおお! こんな物騒な本をむき出しのまま置いてかないでよ!!!
誰かに中を見られたらあたしがそんな趣味だって誤解されちゃうじゃん。
ああ、変な汗かいてきた。