アウトはいくつだよ
結局あたし達は隣の駅前に建っている百貨店にまで足を運び、手芸コーナーで無難なデニム布地をゲットした。
先ほどに比べたら遥かにマシな品揃えで今度はすんなりと決まった。ヒガシの言うとおり、最初からこちらに来てればよかった。
精算を済ませてふたりで店を出たのは、午後3時を少し回った頃だった。
「せっかくここまで来たから、他にも何か見てから帰ろうか」
時間を確認したヒガシが言う。ヒガシの提案にあたしは即座にのった。
「あ、じゃあね、花屋さんに寄りたい。この魚柄の布だけじゃあさすがに何だから、カーネーションも1本ぐらい添えとこうと思ってさ。あんたはどうする?」
「母の日のプレゼントならもう渡した」
「そっか。それならあたしだけ花屋のなかに入るから、ヒガシは店先で待っててよ。急いで済ませるから」
「了解」
話がまとまったのでヒガシを店先に残して1人で花屋に入る。ガラス戸を開けると、生花特有の生命のみずみずしさにあふれている香りが鼻をくすぐった。
そして色とりどりの花々に目を奪われていると、エプロンをつけた小奇麗なお姉さんが声をかけてきた。
あたしが素早く目的のカーネーションを指差すと、お姉さんがそれを包んでくれる。
1本だけのつもりだったけど、なんとなく3本にしてみた。
そういえば西園寺の家のリビングにもカーネーションが飾ってあったけ。あの白いのには負けるけど、これだってなかなか綺麗だ。
支払いを済まして花束を受け取ると、お姉さんがにっこりと微笑んだ。
「切花はね、台所用洗剤を1滴花瓶に混ぜると、長持ちするのよ」
へぇ、そうなんだ。
1つ豆知識を手にいれてあたしが店外に出ると、ヒガシが見知らぬ少年と話しこんでおった。どうやら知り合いと鉢合わせしたようだ。
話が終わるまで待っていようとしたら、向こうもこちらに気づいたようで、ヒガシが苦い顔をした。
それに対して見知らぬ少年は満面の笑みを浮かべて、「うわ、この子お前の彼女!?」とヒガシを小突く。
(うええ。なんだこいつ)
ぶしつけな視線に「ウザイ」と言い捨てたかったが、ヒガシの知り合いに対してうかつな行動をとるのも憚れるので、あたしは無言を貫くことにした。代わりにこいつをなんとかしろ、とヒガシに視線で訴える。
視線をキャッチしたヒガシは何くわぬ顔で口を開いた。
「そんなんじゃないよ。クラスで使う物の買い出しをしてるだけだ」
「へえ。彼女でないなら紹介し」
「言っとくがコイツは男の娘だぞ」
「…………」
ヒガシのやつがあたしをオカマにしたてあげると、肩を落とした少年は一言二言しゃべった後に足早に去っていった。
おいおい、あっけなく信じるなよ。
「あたしってそんなに男らしいのだろうか」
「いや、今はもうそんなに」
何気なくつぶやいたら真面目に返されたもんで、あたしは対処に困った。
なんだかじろじろ見られて気まずい。そういえば、今のあたしはとんでもない格好をしてるんだったけ。うへぁ。
は、話題を移そう。
「ねぇ、でもよかったの?」
「何が」
「今の、友達だったんでしょ? なんならこの場で解散して、あの男子について行っても構わなかったんだよ」
「ああ、いいんだ。俺もともとアイツのこと嫌いだから」
「え、なんでっ」
「バドミントン部だから。アイツらが体育館の窓を閉め切るせいで、バスケ部の俺らが死ぬ」
「…………」
そんな理由かよ。
なんだかんだいって、こいつも結構子供っぽいところがあるよなぁ。タッパだけはいっちょ前にあるけど、そういやまだ誕生日がきてないから13歳だったけ。まだまだ全然ガキだな。
やれやれ、と苦笑しながら次はどうしようかと問いかけようとしたところで、足のかかとに違和感を覚えた。
…………やっべぇ。
一度気がついてしまうと、痛みがどんどん押し寄せてきてもうどうしようもない。
履き慣れていない厚底パンプスは、あたしの足に少しずつダメージを与えていたようである。
◆ ◆ ◆
足が痛くなってきたからもう帰りたい、と顔をしかめながら漏らすと、ヒガシはあたしを階段の踊り場付近にひっそりと設置してあるベンチにまで誘導して、そこに腰掛けるように促してきた。そして、「ちょっと待ってろ」と告げた後にどこぞへと消えてしまった。
人のにぎわいから外れた静かな場所で、残されたあたしがエサを待ちわびる雛のようにじっと座って待っていると、視界の隅に老人が映った。
腰の曲がった老人は、弁当が入ったビニール袋を片手に、あたしの目の前をゆっくりと通り過ぎていく。
(あのおじいちゃん、エスカレーターを使えばいいのに)
なんてぼんやりと思っていると、後から茶髪のチャラチャラした大学生風の男が現れて、そのじいちゃんの肩をポンと叩いて声をかけた。
「オレだよ、オレオレ!」
こ、このフレーズは、もしや……っ!
嫌な予感がしてると、案の定大学生風の男はじいちゃんにお金をせびりだし、またじいちゃんもじいちゃんで、よせばいいのに震える手で財布を取り出しはじめたので、あたしは慌ててふたりに駆け寄った。
「ちょっと、年金暮らしのおじいちゃんからお金を巻き上げるのはやめなよ!」
あたしが声を荒げると大学生風の男は、「あ゛?」と睨みをきかせながらこちらを振り返ったが、あたしの顔を見るとすぐさま相好を崩した。
「可愛いね、どこから来たの?」
「このおじいちゃんから、お金をたかるのはやめてあげて」
「わかったわかったから。ほら爺ちゃんはもう行っていいよ。うちの爺ちゃんかと思ったけど人違いだったみたい」
大学生風の男がしっしと手で追い払うと、小刻みに震えてるじいちゃんは「そうかぁ、タカシじゃなかったんかあ…」と寂しそうにつぶやいて、そのまま去っていった。
よかったよかった。
さて、と。
無事にじいちゃんを逃がしたことだし、あたしもとっととズラかりたいのだが――大学生風の男は完全に狙いをあたしに変えたみたいで、やすやすと開放してくれる気配はなかった。
僅かに身を屈せてあたしの顔を覗き込むと、ものすごく馴れ馴れしい態度で話しかけてくる。
「本当に可愛いね、いくつ?」
「…………じゅっさい」
「マジで!? ラッキー、ど真ん中ストライクだっ♪」
げっ、こいつロリコンかよ!
しまった逆の方向にサバをよむべきだったと後悔したがもう遅い。ますますテンションが上がる目の前の男からどうやって逃れようかと、あたしは頭を巡らせた。




