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サイコロで決めんなよ

 その日の晩。

 あたしは食事と風呂もそこそこに自室に篭ったフリをしてこっそりと家を抜け出し、猫が逃げ出した周辺を1人でうろついていた。もちろん猫を捜すためだ。

 昨日までの暖かさから一転して寒気が戻ってきたようで、冷えた空気が頬をなでる。


(寒っ……)


 上着を羽織ってこなかったのを後悔した。薄手のジャージ姿では体が冷えてしかたない。

 それでも息を潜めながら懐中電灯と猫缶を片手に、点在する民家の庭先を一軒一軒のぞきこんでまわった。

 途中で『不審者に注意!』と書かれた立て看板の前を横切り、傍から見ればこんなことをしてるあたしも立派な不審者だよな、とため息がこぼれでた。職質くらったらどうしよう。


 そうこうしているうちに背後から忍び寄る足音が聞こえてきたので慌てて立ち去ろうとしたら、「僕だよ」と小声で呼び止められた。

 振り返って目を凝らしてみると、西園寺がこちらにゆっくりと近づいて来るところであった。あたしは色んな意味で安堵した。


「来てくれたんだ!」


 あの後学校では目も合わせてくれなくなったんで、てっきり今夜の約束は反故にされたと思ってた。

 あたしが気まずさを紛らわすためにへらへらと愛想をふりまくと、西園寺は相変わらず不機嫌なまま、「来たくなかったけど約束は約束だから」と言葉少なめに語った。


「それでも来てくれて嬉しい。空からも陸からも狙われてそうで正直怖かったんだ」

「だから一体何と戦ってるんだ」

「だって出たんだよ、今度は黒塗りのワゴン車が!」


 さっきあたしの目の前を通り過ぎたと思ったワゴン車が不自然に急停止してドアが開いたもんで、こりゃヤバイと全速力でこの場から逃げ出したところだったのだ。

 で、一時隠れてやり過ごしてからまた戻ってきて捜索再開したんだけど、2晩連続で恐ろしいものと遭遇してしまったからには用心もする。

 あたしがそう説明すると、西園寺のやつは案のじょう帰宅を促してきた。

 もちろんつっぱねる。


「やなこった。21時までは探すつもりでいるから、そんなに心配ならあんたがついててよ」

「君は本当に身勝手だよね」

「だって責任感じてるんだよ。あたしのこと嫌いでもいいからさ、ここは我慢してちょっとだけつき合ってよ」


 もはや猫を被る必要はなくなったので、素のまんま拝んでみせる。

 正直、この落ちぶれた姿を晒すのはたまらなく恥ずかしい。この場から逃げてしまいたい気持ちを猫のためにぐっと堪えて耐えていると、西園寺はいくらかしぶってから、最終的には折れてくれた。


 そうして西園寺に付き添ってもらって再び周辺を見て回ったのだが、――やっぱり猫は見つからなかった。


「猫の行動範囲ってのは案外限られてるんだ。だからこれだけ探しても見つからないってことは、どこぞの家庭で保護されてる可能性が高いと思う、もともと人懐こい猫だったし」

「そっか……、でもさ、もしかして保健所とかだったりして」

「それはないよ。ここに来る前に、その手の機関には確認とってきたから」

「ほんと!? へぇ、準備いいね」

「君が行き当たりばったり過ぎるんだよ」

「むっ、悪かったな! ……おっと」


 いかんいかん。昼間みたいに脊髄反射で言い返してしまうところだった。

 あたしは慌てて話を変える。


「そういえば猫缶開封しちゃったんだ。棄てるのももったいないから、この辺に置いといてもいいかな? もしかしたら食べてくれるかもしれないし」


 あたしが路地の片隅を指差すと、西園寺は首を横に振った。


「腐るし近所迷惑にもなるから、やめておいたほうがいい」

「ふむ。じゃあさっき新規の犬小屋を見かけたから、そいつに与えてくるわ」


 そう、先ほど民家を覗いてまわっていた時に、真新しい犬小屋を見かけたのだ。

 その時は猫探しが優先だったもんでそのままスルーしたんだけど、後でどんな犬が飼われているのか、ちょっくら確かめてから帰ろうと思ってたんだよね。この際だし餌付けでもしてみるか。

 あたしがそれを言うと、西園寺のやつったら、またしてもバカにしてきやがった。


「猫と犬は違うんだ。ちょっかい出して噛まれたりしたらどうするんだ」

「うるさいなぁ。あの犬小屋新品っぽかったし、きっとすげー可愛い子犬が出て来るってあたしの第六感が告げてるんだよ。いわばこれはチャンスなんだよ、なんでわかんないかなぁ?」

「だからといって人の家に勝手に入ったら不法侵入だ。こないだ僕の家に忍び込んできた子供たちに説教をたれた君が、それをするの?」

「うっ」


 痛い所を突かれてあたしは口ごもった。しかし諦めない。


「じゃあさ、犬には近づかない。垣根の隙間からボーリング形式で猫缶を投げ入れるよ。それならいいでしょ、敷地には入らないし」

「けど外して何か壊したりしたら」

「だーしつこいっ! こういうの得意だし外さねーよ。何かあっても自分で責任とるからもうほっといて!」


 ……あっ。

 言ってからしまったと口をふさいだけどもう遅い。

 失言に気づいたものの一度口から出た言葉は戻らないので、ムスッとした西園寺を放置して、あたしはひとまず己の欲望を満たすことにした。

 1人でずんずんと歩いていって目的の民家にたどり着くと、犬小屋手前に狙いをさだめて猫缶を投げ入れる。


(えいっ)


 ゆるやかな放物線を描いたそれが、みごと狙い通りに落ちたところで西園寺もやってきた。見放されなかったことに安堵しつつ固唾をのんで犬小屋を見守る。

 するとジャラッと鎖がこすれる音がして、子犬が現れた――と思ったら、なんと出てきたのは子猫だった!


「えっ、シマシマ!?」

「ニャーン」


 まさか、こんなところにいたとは。



◆ ◆ ◆



(――無事が確認できてよかった)


 心配事がひとつ解消されていくぶん心が軽くなったあたしは、鼻歌を口ずさみながら岐路に着く。

 ちょっとかなり変な飼われ方をしていたけど、いざとなりゃ鎖を解き放てばいいし(西園寺に言ったらまたウザくなりそうなのでもちろん内緒で)、これで問題ごとのひとつは片付いた。残りは……

 肩を並べて無言で歩く西園寺をチラリと盗み見る。

 残りは西園寺との関係だ。

 ごくりと喉を鳴らしてから、あたしはつとめて明るい声で西園寺に話しかけた。


「さっきはごめんね。ほらあたしって、後先考えずにしゃべっちゃうタイプだから、すぐに失敗しちゃうんだ」

「本当にね」


 即答されてムカッときたが今度は耐えた。

 ガマンガマン、今のあたしはすこぶる立場が弱いのだから。

 そうこうするうちに自宅が目の前に迫ってきたので、ためらいを捨てて言うべきことを述べる。


「ねぇ、あたし達やり直すことはできないかな」

「…………何が」

「ムシのいい話なんだけどさ、今度は友達として交流できたらいいと思ってるんだ」


 あたしが西園寺の顔を見つめながら今の気持ちを伝えると、西園寺は視線を外して冷ややかに返してきた。


「友達は無理だよ」

「なんでっ。イジメてたのは悪かったって何度も謝ってんじゃん!」

「僕が一番憤慨しているのはそこじゃない」


 西園寺は何かを思い出したらしく、突然民家の塀に頭を一発打ちつけてからあたしに向き直った。

 そこには、きっぱりとした拒絶の色が眼に浮かんでいた。


「ごめんなさい、と言われてハイそうですかと許せるもんか。僕のときめきを返してくれ。君は昔から嘘をついてばかりだし、もう何を言われたって信用しない」

「そんなァ。騙しててほんとうにごめんってばっ。これには事情があって――」

「言い訳なんか聞きたくないよ。もう君とは関わらないって、エンピツ転がして決めたんだ。じゃあそういうことで、今後はわきまえて行動してくれ」


 そのまま、元来た道をすたすたと歩き出すのを見て、あたしは慌てて追いすがった。


「まってよ。復讐はいいの!?」

「あれから色々と考えたけど、いいよもう。見返して泣かすって決めてたけど――なんか萎えた」


 うぐっ。

 そんなに冷たい眼で見つめ返さないでよ。でも、こんな眼にさせたのは、元はと言えばあたしのせいなのだ。

 このまま黙ってては駄目だ。何か言わないと……何か……そうだ。


「トラスト・ミー」

「うさんくさい」


 そっけなく言って、あたしを一瞥すると西園寺は走り出してしまった。

 またしても謝罪に失敗してまったようだ。

 小さくなっていく背中を見送ってから、あたしは胸にぽっかりと穴が空いたまま帰宅したのであった。


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