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……土下座しそこねた。

 (マズイ、愛の告白だと勘違いされてるこれ絶対勘違いされてる)


 どうやら懸念は的中していたようで、「やっと想いが通じた……」と感慨深げに耳元でささやかれた。

 いや通じてないから! つーか苦しいっ!

 比喩でもなんでもなく息もできないくらいに抱きしめられて、本気で窒息の危機を覚える。


「お…ね…が…い……離して……」

「いやだもう離したくない!」


 死ぬ。

 もうダメ、と意識が遠のきはじめたところで西園寺はようやくあたしが死にかけていることに気づいたらしく、抱擁攻撃をやめてくれた。

 あたしが新鮮な空気を求めてぜーはーしてると、今度は妙に熱のこもった目であたしの顔を覗きこんでくる。

 ちょっと、なにその目、なんかヤバイよ……。

 またキスでもされそうだと思って、あたしはとっとと白状することにした。


「違うんだ。今日呼び出したのは愛の告白なんかじゃなくて、昔のことを謝りたかったんだ」

「へ?」


 今度は西園寺がきょとんとする番だった。

 それにかまわず続ける。


「――実は、俺がお前をいじめていた張本人の鈴木静なんだ。騙しててごめんな!」


 昔の口調を意識しながらまくしたててカツラを剥ぎとると、西園寺は体を仰け反らせ、こちらが申し訳なくなるぐらい驚いた反応を示した。


「なっ……!」

「途中でちょっとは疑ったりしなかった? けっこうバレバレだと思ってたんだけど」

「そりゃたまにおかしいなと感じもしたけど、でも……」


 ビシッとあたしの顔に指をつきつけながら、蒼白の西園寺は叫んだ。


「だってあの“鈴木静”はこんなにバカではなかった!!!」


 おい。正体知ったら容赦ないのな。


「バカになってて悪かったな」

「それに背丈もこんなに小さくなかったし……」

「それはあんたが伸びたからそう見えるんでしょ。あんたの呪いのせいで、あたしはこの4年間まったく変わってないぞ」

「あとこんなに華奢ではなかった」

「はぁ!? それは最近太ったあたしに対するイヤミ!?」


 ……おっと、いかんいかん。

 思わずキレて目的を見失うところだったが、あたしはケンカをしにきた訳ではなくて謝罪をしにきたんだった。

 ごほん。

 咳払いを1つして昂る気持ちを落ち着かせると、まだ混乱の最中にいる西園寺にずずいと迫った。


「じゃあ始めようか」

「へ? 何を?」

「復讐するって豪語してたでしょ。こっちも腹をくくったし、もう逃げも隠れもしないから、あたしの体をあんたの好きなようにしたらいいよ。――それで過去を清算してよ」


 そう言ってあたしはそっとまぶたを閉じた。






 …………おい。

 なんで何もしてこないんだよ。

 てっきりすぐさま怒りの腹パンでも飛んでくるものだと覚悟していたら、いつまで経っても何も起こらない。

 我慢できなくなって目を開けてみると、そこには途方にくれたような表情をしている西園寺の姿があった。

 なんだよ。何怖気づいてるんだよ。あたしはとっとと事を済ませて関係を修復したいのに。


「どうしたの? 転校初日にあれだけ目ぇギラギラさせて息巻いてたじゃないの。早くしてよ。煮るなり焼くなり好きにしていいからさ」


 そういって促してみたものの、それでも西園寺は動かない。

 おまえはただのしかばねかよ。

 ……あ。

 もしかして反撃されると警戒してる!?

 昔は手や足がけっこう出てたことを思い出して、あたしはセーラー服のスカーフをするりと解いた。

 そしてそれを西園寺に向けて突き出す。


「いいこと考えた。これであたしの手首を縛り上げてさ、抵抗できないようにすればいいよ。気兼ねなくいたぶれるでしょ!」


 ナイスアイディアだと思ったのに、西園寺は絶句して何を考えたのかふいと横を向いてしまった。

 かんじわるっ!


「ねぇ、さっきからだんまりしてないでさ、言いたいことがあるならちゃんと口に出して言ってよ。言葉にしてくれないと不満があっても伝わらないよ?」


 それでも西園寺の黙秘は続く。

 らちが明かないので、あたしは次なる手段をとることにした。突き出していたスカーフをポケットの中にしまい、上服の裾をたくし上げる。

 そこでぎょっと慌てふためいた西園寺がようやく口を開いた。


「な、なんで服を脱ごうとするんだ!」

「は? ノートを抜くだけだよ」


 実は刺されりしたらヤバイと思って、今回も腹に大学ノートを巻きつけてきたのだ。

 こっちは太田と違って腕力がある上に年季が入ってるからな、気合い入れて15冊ほど紐でくくりつけてきた。だけども相手が尻込みしている以上は、守りを解いて攻めやすくしてあげる必要がある。

 タイムサービスだとばかりに紐をほどいてスカートのホックを緩めると、ドサドサと音を立てていくつものノートが床に滑り落ちていった。


(さようなら相棒。先に散ったカツラとともに、そこであたしの覚悟を見守っておいてくれ)


 心の中でノートに別れを告げながら着衣の乱れを整えると、あたしは再び西園寺に向き直った。


「さ、これで痛めつけやすくなったでしょ。どうぞ好きにしてちょうだい。何されたって我慢するから」


 何故か後ずさりしはじめた西園寺を壁際にじりじりと追い詰めながら、あたしは必死に言い募る。 


「ちょっと、時間も限られてるんだから早くしてよ! それとも何。今の落ちぶれたあたしじゃ手を下すまでもなかったりする!? ……そんなに情けない姿になってる?」


 そうして西園寺の顔を覗きこんだら――西園寺は真っ赤になって突然キレだした。 


「いい加減にしてくれ! そうやってまた僕をからかって遊んでいるんだろう!」

「は? あたしがいつあんたをからかったというんだよ」

「昨日の晩だって変なもんを買わさせたじゃないか!」

「もしかしてパンツのこと? あれは必要だったんだからしゃーねーだろ。男がこまかいことを気にするな」

「男だから気になるんだよ!」

「うるさいな。だいたいほっぺちゅーのほうがよっぽど恥ずかしいわッ!」


 言ってから昨日の感触を思い出して、あたしまで真っ赤になってしまった。

 き、きまずい。


「と、とにかくあたしだって昔のことを反省してるワケ。だから1発殴ってスッキリしたらそれで水に流してよ」

「――もういい」

「へ?」

「もういい。君のことなんか知らない。お前なんか……お前なんか大っ嫌いだッ!!」

「なっ……!」


 西園寺はあたしの胸をぐさりとえぐるセリフをはいた後、素早くあたしの脇をすり抜けて扉に向った。


「まって!」


 慌てて声をかけるが、振り向きもせずにそのまま放送室から出ていってしまう。

 バタバタと遠ざかる足音を聞きながら、あたしは力なくその場に座り込んだ。

 

(なんてこった。完全に失敗した)


 自分でも不思議なくらい怖気づかずにカミングアウトできたけど、逆にそれが仇となってしまったようだ。

 今更悔やんでも仕方のないことだけど、もっと殊勝な態度をとるべきであった……。



◆ ◆ ◆



 ノートとカツラを抱えてトボトボと教室に戻ると、クラスメイト一同があたしに注目してきて、「おつかれさま」「さすが魔性の女」とねぎらいの言葉をかけてきた。

 え、なにこれなんでみんな教室に残ってんの!?

 しかも何やら受け渡しに忙しそうである。

 あたしの疑問をよそに、ヒガシが前に出てきてたしなめるように言う。


「お前さ、もう少し言動に気をつけたほうがいいぞ。聞いてるこっちの方が気まずかったわ」

「は?」

「わからないならいい」

「てかやけに知ったような口をきくね」


 すると、ヒガシは無言で黒板の上に設置されているスピーカーを指差した。

 ま、まさか……!


「安心しろ。うちのクラスにしか流れていないから」

「イ゛ェアアアア!」


 あれ全部聞かれてたなんて恥ずかしすぎるッッ!!!

 それでひとしきり頭を抱えてのたうちまわった後に怒って抗議したら、こっちにだって勝負があるんだよ、と逆にすごまれてしまった。むぅ。


「集まった資金は球技大会の後の打ち上げ費用にまわす予定だからな。ちゃんとお前にも恩恵くるからガマンしろ」

「何それあたしも参加決定なの!? ――ところで西園寺はまだ戻ってきてないんだね」

「ああ。あいつなら今頃どこかで黄昏てんじゃないか?」


 言ってからさらりとつけ加える。


「無事にカミングアウトできてよかったじゃないか。何はともあれこれでおどおどする必要はなくなったし、過去のしがらみから開放されるぞ。向こうから勝手に逃げて行ってくれたんだからな」

「うん。そうなんだけども……」


 あたしがヒガシに煮え切らない返事をすると、それまで自分の席で一心不乱に書き物をしていた奥野さんが、手を止めてこちらに駆け寄ってきた。

 奥野さんは励ますように言う。


「大丈夫よ。ちょっと意地をはっているだけで、そのうちに折れてまた鈴木さんに熱をあげだすって」


 そうかなぁ。


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