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そんなわけで帰宅途中である。
いまだに西園寺の指先に噛みついて離れないハム太郎をなるべく視界にいれないようにしながら、西園寺と肩を並べて夜道をてくてくと歩いているところだ。
「星が綺麗だね」
西園寺のつぶやきにつられて夜空を仰いで見ると、視界一面に星空が広がった。
下弦の月に照らされた無数の星が深々とした群青の空に輝いていて、風流とは無縁のあたしでもこれは美しい光景だと思った。鼻腔をくすぐる草木の匂いともあいまって、しんみりと心地よい。
あんたも見てみな、とシマシマ猫を空高くかざしながらあたしは西園寺に向かって言った。
「田舎だから星はいっぱい見れるよ。西園寺君は今まで都会の方にいたんだっけ?」
「うん。あっちはあっちで夜景が美しかったけど、僕はこういった長閑な景観の方が好きだな」
「数少ない田舎の利点だからそう言ってもらえると嬉しい。正直もうちょっと他にも何かあるといいんだけれど」
ぐるりと見渡しても山と田畑と民家しか映らない。
表通りに行けばそれなりに店は出てるので生活するには困らないけど、遊べる場所は限られていた。あたしたちの年代には刺激が足りなさすぎる。
(――そういえば今年は天体観測ラッシュなんだっけ)
朝のニュース番組でしきりに金環日食がどうのこうのと言ってたことを思い出した。
せっかくだから暇があればもう少し詳しく調べてみようかな、などと頭を巡らせながらぼんやりと夜空を眺めていると、不規則な軌道をえがいて移動する球体を見つける。
それはやけにチカチカ発光しており、飛行機には到底見えない。
え、あれってもしかしてユー……
「フォーーーッ!!!」
「なっ、いきなり叫んでどうしたの!?」
「あばばばば。ににに逃げよう西園寺君、ここは危険すぎる!」
「落ち着いて鈴木さん、一体何と戦っているの!?」
「出たのよUFOが! あれを見てっ!」
慌てて上空を指差す。――が、先ほど見かけた謎の球体はどこにも見当たらなかった。
「いない……」
「鳥か何かと見間違えたんじゃないかな。UFOなんて非現実的なものは存在しないよ」
あたしをなだめるように言う西園寺。
こ、こいつ幽霊は無条件で信じるくせに、なんでUFOの存在は信じないんだよ!!
「ちゃんと見たから見間違えじゃないもん」
「きっと疲れているんだよ」
「信じてくれないならもういい。私だけ逃げるから、西園寺君は宇宙人にさらわれて人体実験されちゃえばいいんだ!」
「そんなことより猫を追おうよ」
「へ?」
西園寺に指摘されてハッと気づく。
いつの間にかシマシマ猫はあたしの腕からいなくなっており、民家の裏手へ走り去ってゆくところだった。
「ああっ、まって!」
慌てて呼び止めたものの、猫は無情にもそのまま闇にまぎれてしまう。薄情なことに振り返りもしなかった。
さっきまであんなに慕ってくれていたのに、なんだよこの変わり身の速さは!
「抱きすぎたのかも」
西園寺がぽつりと言う。なんだとっ。
「そういうことはもっと早くに言ってよね!」
遅せーよ。
そうか、かまい過ぎていつの間にかウザがられるようになってたのか。ショック。
――いや、問題はそこではない。
「追わないと……元に戻すにしろ仲間がいるコンビニに置いてくるべきなんだ。こんな寂しい場所に放すために拾ったんじゃない」
「そうだね、一緒に探そう」
そうして西園寺と周辺一体をまわって探索してみたが、ついぞ見あたらなかった。
自己嫌悪が波のように押し寄せてくる。
「……どうしてあの時に手を離してしまったんだろう。どうしよう、もしこのまま飢えて死んじゃったりしたら……」
自責の念にかられたあたしが体を震わせながら嘆いてると、西園寺が励ましてきた。
「大丈夫だよ、もとは野良だったんだからそう簡単には死なないよ」
「でも……」
「うちのハムスターだって何度山に捨てに行っても必ず戻ってくるんだ。あの子だって、そのうちまたひょっこりと現れるよ」
「そうかな……だといいけど」
「とにかくこれ以上帰りが遅くなってはいけないから、また明日改めて一緒に探そう」
「……明日、か」
明日はいよいよ懺悔する日である。
もしかしたらこんな風に話し合ったりできるのはこれが最後かもしれない。そう考えたら胸がチクリと痛んだ。
あたしがうつむくと、事情を知らない西園寺は何か勘違いしたらしくて、「どうせこんな手だし部活は休むよ」と血がしたたる手をブラブラと振ってみせてくれた。相変わらずハム太郎はくっついたままだ。
「血がたくさん出てるけど大丈夫?」
「うん。ちゃんと利き手は避けたし慣れているから」
とすました顔で言う。あんたらどっちもすげーよ。
あたしはようやく笑うことができた。
そうだな、起こってしまった出来事をいつまでもくよくよと嘆いててもしょうがない。
うん、決めた。こうなったら時の流れに任せよう。もうなるようになるさ。
「わかった、あとはまた明日にする。……協力してくれる?」
「もちろん」
「ふふふ。ありがとうね。じゃあもう行こ」
それからはお互い無言で歩いた。
いくつかの角を曲がって自宅が見えてきたところで、「ここでいい」と呼び止めて礼を述べると、西園寺が突然謝罪を口にしてきた。
「そういえばさっき応対した時につんけんしてごめん。キツイことを言ってしまった」
「は? いや謝るべきは私のほうでしょう」
今日もワガママ言いまくったような気がする。
しかし西園寺は首を横に振った。
「もうどうしようもないことを思い出して咄嗟に八つ当たりしちゃったんだ。その……僕が手放したものを持っている鈴木さんが羨ましくて」
そう言ってからぽつりと小さく付け加えた。
「せっかくじわりじわりと評価をあげていくつもりだったのに。失敗した」
おい。独り言漏れてんぞ。
あたしが気にしてないよ、と言うと西園寺はホッと微笑んだんだけど、その瞳の底にはなにかを諦めたような悲しげな光があった。
なにがあったんだろう?
尋ねてみようか逡巡していたら、西園寺がハム太郎の憑いてない側の手で握りしめていた買い物袋を突き出してきた。
「これお土産。さっき買ってきたお菓子とか入ってるから食べて」
「あ。ありがとう」
受け取って中身を確認していると、いつの間にか西園寺の顔が間近に迫っていた。
え? と思う間もなく彼の唇があたしの頬に触れる。不意をつかれた気持ちで目を見開くと、西園寺の癖のない髪がサラリとゆれて甘やかな笑顔を向けてきた。
「――電話で聞いたよ。誕生日おめでとう。今度ちゃんとした物を贈るね」
「なっ、なっ……」
「それじゃ、お休み。また明日学校で」
あたしが何か言う前に西園寺はくるりと身をひるがえして小走りで去っていく。遠ざかっていく足音を聞きながら、残されたあたしはしばらくの間金縛りにあったかのように動けずにいた。
……おい。
ちょっと待てなんだよ今のは。何すんじゃあああああああ!!!